第十七話 妖達への恐怖心
朧は、ぐっすりと寝ている陸丸達を起こさないように、千里と共に月読のところに行ってくることを、文に記載し、畳の上に置く。
その後、千里と共に南堂を訪れ、月読が待つ部屋へとたどり着いた。
「失礼します」
朧は、千里を連れて、部屋へと入る。
彼らの目の前に、月読が、静かに二人を待っていたのであった。
月読は、冷静ではあるが、どこか、神妙な面持ちだ。
何かあったのであろうか。
不安がよぎる朧であるが、平然を装いながら、月読の前に立った。
「母さん、千里を連れてまいりました」
「ご苦労だったな」
「いえ……」
「……座りなさい」
「はい」
月読が、朧と千里に座るよう話すが、間が空いた返答にどこか違和感を覚える朧。
部屋全体に重たい空気が流れ込んでいるようだ。
会議で何かあったのではないかと思うほどに。
二人は、月読の前に座るが、月読は、黙ったままだ。
沈黙が流れ、朧は、この空気が重くのしかかっているように感じる。
千里はと言うと、冷静だ。
月読の言葉を待っているかのように。
朧は、意を決して、重たい口を開けた。
「……それで、話とは何でしょうか?」
「……会議の事と婚約の事だ」
月読も、重たい口を開けたかのように話す。
だが、話の内容は、意外であった。
会議の結果を話すことは、朧も千里も予想はしていたものの、まさか、朧の婚約のことについても、話すとは思ってもみなかったことだ。
確かに、婚約の事も気になっていた。
女房達から、初瀬達は無事だという事を聞き、安堵していたが、今後、聖印京が、このような状況になってまで、婚約を進めていいものなのか、不安視していたからだ。
息を飲む朧。
彼は、月読の次の言葉を今か今かと待っていた。
「婚約の事だが、会議の後、江堵様と話してな。妖の件が解決するまで、延期になった」
「そ、そうですか……」
会議が終了した後、月読は、多忙な勝吏の代わりに、千城家の分家の屋敷へ赴き、江堵と婚約について話したそうだ。
その結果、やはり、今の状況では、婚約を進めるべきではないとして、妖の件が、解決するまで、延期となったのであった。
それを聞いた朧は、密かに安堵していた。
だが、婚約は、中止ではなく、延期だ。
先延ばしにしただけの事であり、いずれは、また、婚約の話が浮上してくるであろう。
そう思うと、少しばかり、気が重かった朧なのであった。
「あと、会議で決まった事を話そうと思ってな」
「はい……」
朧は、静かにうなずく。
問題なのは、婚約の事ではない。
会議の結果の事だ。
結果次第では、陸丸達にも影響を及ぼしてしまうかもしれない。
そう思うと、朧は、気が気でなかった。
「……これは、私達の予想だが、妖達は、操られているとみて間違いないようだ」
「そうですね……」
「面の男が操っていると思うのだが、どうやって操っているかはわからない」
「はい」
やはり、朧達の予想と同様に、妖は、操られてしまったのであろう。
今回の謎の鍵を握るのは、面の男だ。
面の男が、妖を操ったのは、間違いない。
だが、問題は、どうやって操ったかだ。
この事に関しては、朧達も月読達も、答えは出てこなかった。
彼の目的が何なのか、何者かさえも、はっきりしていない。
おそらく、千里でさえも、今の面の男の事を把握できていないのだろう。
「……そのため、現状が把握できない以上、現在、共に暮らしている妖達は、蓮城家の倉庫で、監禁することなった」
「監禁!?」
朧は、目を見開いて驚愕する。
妖達が監禁されてしまうのだから。
陸丸達も該当しているのであろう。
これは、朧が、最も恐れていた事だ。
追い出されないだけ、まだ、いいように思えるが、監禁となれば、陸丸達は、自由を奪われてしまう。
それは、最悪の事態なのではと朧は、恐れていたのであった。
「それは……決定事項ですか?」
「そうだ。いつ、操られてしまうかわからないからな」
今、聖印京が恐れている事は、いつ、妖達が操られてしまうかだ。
面の男は、赤い月の影響を利用して、妖達を操ったのではと考えてはいるが、これは、あくまで月読達の予想だ。
もし、赤い月の影響なしで、妖を操れたのだとしたら、自分達にとって脅威となってしまう。
妖達を自分達の監視下に置いておきたい。
これは、妖達のためでもある。
彼らも、操られて、人間を襲いたくないと願っているだろうから。
「……俺は、どうなる?」
「お前は、朧の監視の下、行動せよと、軍師様から、そう命じられている。だが、できるだけ、妖と気付かれぬよう行動してほしい。外に出る時は、これをかぶりなさい。その頭巾なら妖気を発しても、遮断することができる。お前が、妖だと気付かれないだろう」
「……わかった」
千里は、自分も対象となるのではと考え、月読に問いかける。
だが、千里の場合は、特例のようだ。
当然なのかもしれない。
静居自ら、朧に千里を監視せよという特別任務を与えたのだから。
と言っても、千里の姿は、一目で妖とわかってしまうだろう。
もし、そのままの姿で外に出れば、人々は、恐れ、警戒してしまう。
それを、懸念した月読は、人間のふりをして、朧と共に行動してほしいと告げて、千里に頭巾を渡した。
千里の頭から生えている角や、人間にしては珍しい髪の色を隠すためだろう。
あとは、妖気さえ、抑えておけば、人間と変わりない。
その頭巾は、妖気を遮断するために月読が、作りだしたものだ。
元々は、九十九の為に用意していたものらしい。
だが、完成する前に、九十九の存在が知れ渡ってしまい、渡せずじまいであった。
これなら、千里は、妖だと気付かれないであろう。
千里は、承諾し、頭巾を受け取った。
「ですが、母さん。陸丸達は、操られていません。あいつらなら……」
「わかっている。だが、今は、妖に対する恐怖心が再び、生まれてしまったのだ」
陸丸達は、操られていない事を主張する朧であったが、月読達も、その事はわかっている。
だが、人々は、再び、妖に対して恐怖を抱いてしまったのだ。
ここ最近、人々は、忘れていた。
妖は、自分達の命を奪う存在だと。
それは、もう、過去の事だと。
いくら、陸丸達が、朧の味方だと言っても、他の人間にとっては、妖だ。
警戒し、陸丸達を傷つけてしまうかもしれない。
陸丸達は、千里と違って、獣の姿をしている。
動物だとごまかせたとしても、妖気を発してしまえば、気付かれてしまうだろう。
そのため、陸丸達も、監禁せざるおえない状況なのであった。
「……この事は、明日、勝吏様から発表となる。陸丸達には、私から話しておこう」
「い、いえ、俺から話します」
「そうか……わかった」
明日、勝吏が、妖を監禁することを発表すれば、陸丸達も、監禁されることになるだろう。
その前に、陸丸達には、話しておかなければならない。
朧からは、話しづらいであろうと彼を気遣い、陸丸達には、自分が話すと告げた月読であったが、朧は、自分から話すと告げた。
月読に甘えているわけにはいかないのだ。
だが、どうやって、話すべきなのか、朧にとって、気が重い話だった。
「そう、気を落とすな。原因が、わかれば、対策も変わるはずだ。それまでの辛抱だ」
「はい……ありがとうございます」
原因さえわかれば、対策も変わる。
そうなれば、陸丸達も自由になれるはずだ。
そう、月読は言いたかったのであろう。
月読の優しさを感じ取った朧は、うなずき、お礼を言った。
だが、それは、いつなのかはわからない。
もしかしたら、陸丸達は、長い間、監禁されてしまう可能性もある。
不安が頭をよぎり、朧の表情は暗くなってしまった。
月読と話し終えた朧と千里は、南堂を出て、屋敷へと戻る。
だが、朧は、何か考え事をしているようであり、黙ったままだ。
千里は、朧を心配していた。
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫だ。ありがとう」
朧を気遣った千里は、尋ねるが、朧は、大丈夫だと告げる。
と言っても、内心は、不安だらけだ。
これから、どうなっていくのか、朧は、予想さえできなかった。
――妖と共存できると思ってたのに……できないのか……。
妖との共存ができたのは、柚月と九十九のおかげだ。
彼らが、命がけで戦いぬいたからこそ、今がある。
それなのに、朧は、振出しに戻ったような気分に陥っていた。
――兄さん、九十九……俺は、どうしたらいい?
朧は、柚月と九十九に問いかける。
こんな時、二人なら、どうしていただろうか。
あの二人なら、打開策を見つけていたのではないかと、考えていた。
朧と千里は、離れに戻った。
だが、その時であった。
陸丸達の怒号が飛び交っていたのは。
「じゃから、陸丸が悪いと言っているじゃろう!」
「あっしは、謝らねぇですぜ!あっしが、悪いって言うんなら、海親の方が悪いじゃねぇですか!」
「な、なんで、拙者が悪いことになってるでござるか!」
彼らの声を聞いた朧と千里は、慌てて部屋に入る。
すると、陸丸達が、一触即発状態で、言い争いをしていたのであった。
「お、おい……」
「何やってんだ!お前達!」
朧と千里は、彼らの前へと駆け寄る。
朧達に気付いた陸丸達は、言い争いを止め、驚愕して、朧達に視線を向けていた。
「朧……」
「なんで、喧嘩したんだ……」
朧は、声を震わせながら尋ねる。
千里は、朧が、怒りで体を震わせていたの事に気付いていた。
先ほどの事もあって、感情を抑えられなくなってきているのであろう。
それでも、必死で、抑え込んでいた朧なのであった。
「陸丸が悪いんじゃ!いきなり、蹴飛ばしよって!」
「あっしは、寝てたんですぜ?そんなの気付けるわけねぇですぜ!大体、海親が、あっしを押しのけようとするから……」
朧の心情を知らない陸丸達は、自己主張を始める。
どうやら、寝ている間に、陸丸が、空蘭を蹴飛ばしたことから始まったようだ。
だが、陸丸が言うには、海親も、陸丸を押しのけようとしたのがきっかけらしい。
「拙者だって、気付けるわけないでござるよ!そんなくだらない事でいちいち、怒る空蘭も大人げないでござる!」
「なんじゃと!?お主ら、反省もせず……」
「いい加減にしろ!」
海親も、反論し始める。
再び、陸丸達は、言い争いを始めようとするが、朧が、ついに、感情を爆発させてしまった。
朧の怒鳴り声を聞いた陸丸達は、驚いた様子で、朧を見る。
朧は、眉をひそめ、陸丸達をにらんでいた。
「そんな事で、喧嘩なんかするな!今、大変なことになってるんだぞ!それが、わからないのか!」
朧は、感情任せに、陸丸達を責め立てる。
陸丸達は、我に返ったようで、黙り込み、静まり返ってしまった。
朧も、我に返ったようで、黙り込んでしまう。
この状況に耐えられなくなったのか、打開策が見つからず、混乱しているのか、朧は、陸丸達に背を向けた。
「ど、どこに行くでごぜぇやすか!?」
「外に出るだけだ。お前達は、大人しく、ここにいろ。絶対に、外に出るなよ」
朧は、陸丸達に冷たく言い放ち、去ってしまった。
陸丸達を部屋に残して……。
「な、なんじゃ、あんなに怒らんでもよいじゃろ……」
「朧殿、様子が変でござるよ……」
朧が、去った後、陸丸達は、納得がいかない様子だ。
あそこまで、怒らなくてもよかったのではないかと思うほどに。
それほどまでに、朧の様子が変だったと気付いているのであろう。
朧と陸丸達のやり取りを見ていた千里は、陸丸達の前に立ち、語り始めた。
監禁のことについて、話せなかった朧の代わりに。
「そうだな。だが、それにも、理由がある」
「理由、ですかい?」
「……ああ」
千里は、冷静に、陸丸達に語り始めた。
月読と話した内容の事を。
そう、陸丸達の今後の事を……。
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