第十九話 大事な事は

 陸丸達は、反省しているようで、浮かない顔をしている。

 それもそのはず、なぜなら、千里から聞かされたからだ。

 朧が、月読から陸丸達や他の妖達を監禁する事が、決定したことを。

 その事を、朧が、陸丸達に伝えなければならず、一人悩んでいた事を。

 そんな朧の心情に気付かず、些細な事で、言い争いをしてしまった陸丸達は、後悔していたのであった。


「まさか、あっしらが監禁されるなんて……」


「朧殿が怒るのも当然でござるよ」


「わしらでは、どうしようもないからのぅ……」


 監禁の件は、自分達だけの問題ではない。

 聖印京全体の問題だ。

 自分達は、人間を襲わない事を主張した所で、何も変化はないだろう。

 だが、朧と離れて、大人しく監禁と言うのも、納得がいかない。

 解決策を探す陸丸達であったが、見つからずじまいであった。


「あっしらで、事件を解決すれば、少しはわかってもらえるかもしれねぇですぜ!」


「そうしたいが、どうやって、解決するつもりじゃ」


「今日中に解決するのは、無理でござるよ。陸丸」


「うむぅ……」


 陸丸は、自分達で事件を解決すれば、考えを改めるのではないかと提案するが、期限は、明日に迫っている。

 明日になれば、陸丸達は、監禁だ。

 その間に、解決しなければならないことになるが、原因は、不明で、面の男の行方もわからない以上、到底不可能である。

 監禁されてしまっては、行動は制限され、ますます、不可能であるだろう。

 空蘭と海親に、諭された陸丸は、言葉がつまり、うなだれてしまった。


「と、とにかく、朧殿が帰ってきたら、謝るでござる!」


「そうじゃの。まずは、謝ることが大事じゃ。よいな?陸丸」


「へい」


 まず、陸丸達が、しなければならない事は、朧に謝罪することだ。

 たとえ、朧が、許してくれなくても、それだけはしなければならない。

 そうでなければ、喧嘩別れしたまま、明日を迎えることになってしまうだろう。

 自分達が、反省している事を朧に告げなければならなかった。

 陸丸は、どうにか納得したようで、静かにうなずいていた。



 朧と千里は、聖印京へと進む。

 だが、朧の表情はどこか浮かないようだ。

 朧の周辺は、重い空気が流れているように千里は、感じていた。


「どうした?朧」


「いや、その……どうやって、謝ろうかって、考えてたんだ」


 朧は、言いにくそうに千里に話す。

 悩んでいたのだ。

 陸丸達にどう謝るべきなのか。


「素直に謝ればいいだろ」


「そ、そうなんだけど……」


 千里の言う通りだ。

 素直に謝ればそれで解決するはずだ。

 だが、そう簡単にうまくいかないのも事実。

 朧は、悩みながら、聖印京にたどり着いたのであった。

 ここまで来たら、謝るしかない。

 たとえ、陸丸達に嫌われたとしても、自分の気持ちを伝えるしかない。

 朧は、ようやく、決心がついたようであった。

 その時であった。


「て、敵襲だ!」


「妖が、侵入してきたぞ!」


 人々の叫び声が、聖印京から聞こえてくる。

 なんと、妖が、侵入したというのだ。

 声を聞いた朧は、愕然としていた。


「そんな!結界が張ってあるはずなのに!」


 聖印京は、千城家が結界を張ってある。

 妖が、そう簡単に侵入できないはずだ。

 赤い月の日は、去ったというのに。

 妖が、聖水の雨から逃れて、生き残ったという可能性も低い。

 聖水の雨の威力は、どんな妖でさえも、浄化してしまうほどだ。

 半妖でない限り。

 何が起こったのか、把握できない朧は、動揺を隠せなかった。


「急ぐぞ!朧!」


「う、うん!」


 千里は、朧を叱咤するように、叫ぶ。

 朧は、我に返り、千里と共に聖印京へと入っていった。



 侵入した妖達は、街中を暴れまわるかのように、人々を襲っている。

 人々は、逃げ惑うように、走りだし、街中は、大混乱となっていた。

 だが、任務から帰還した討伐隊が、即座に駆け付け、宝刀や宝器で妖を討伐していく。

 隊長である和巳は、先陣を切って妖の前に出る。

 部下を守るように。

 軽率な行動が目立つ和巳ではあるが、こう見えても部下想いだ。

 戦力に関しても申し分ない。

 和巳は、自慢の宝器・宝珠を駆使して戦う。

 宝器の名は、四季しき

 地水火風の四属性を生み出す宝器だ。

 扱いが、難しいのだが、和巳は、いとも簡単に扱う。

 襲い掛かる妖に対して、和巳は、四季を投げ飛ばしながら、技を発動し、妖をなぎ倒していく。

 だが、倒しても、倒しても、妖達は、増え続けていた。


「結構やるねぇ、こいつら」


「感心してる場合じゃないですよ!何とかしないと!」


 余裕を見せつけるかのように話す和巳であったが、実際は真逆だ。

 大群の妖を一気に討伐できれば楽なのだが、そうも言っていられない。

 大群の妖を前に、苦戦しつつあった。


「わかってるけど、正直、この数はね……」


 正直、和巳もお手上げ状態だ。

 かといって、降参するわけにもいかず、和巳は、顔色一つ変えず、宝珠を操って、妖達を討伐していく。

 だが、一匹の妖が和巳の前へと迫っていった。

 和巳は、わずかに反応が遅れ、妖が爪で、和巳を切り裂こうとする。

 しかし、朧が、和巳の前に立ち、一気に妖を切り裂く。

 妖刀・千里を手にして。


「朧!」


「大丈夫か?和巳!」


「何とかね。で、どうしたんだ?その刀。ちょっと、怖いんだけど」


 朧に助けられた和巳は、朧に感謝したいところだが、少々、恐怖を抱いているようだ。

 朧が手にしている妖刀から妖気を感じたからであろう。

 妖刀・千里の事は、和巳たちは、まだ知らされていない。

 そのため、なぜ、朧が、妖刀を手にしていながらも、平然としているのか、理解できなかった。


「あとで、説明する。それより……」


「こいつらか……」


 妖刀・千里について、朧も話したいところだが、今は、そんな事をしている場合ではない。

 妖は、次々と迫ってきている。

 妖達を討伐しない限り、聖印京にいる人々も、自分達も妖に殺されてしまうであろう。

 今は、妖達から、人々を守る事に専念しなければならなかった。


――朧、やれるか?


「やるしかないだろ?」


――そうだな。


 大群の妖を目の当たりにした千里は、朧の身を案じているのだろう。

 だが、朧は、千里を構える。

 もはや、戦うしかないからだ。

 彼の意思を確認した千里は、うなずいた、


「行くぞ!」


 朧は、地面をけり、駆けだしていく。

 和巳も朧を援護するように、四季を操る。

 朧は、妖達を討伐するために、向かっていったのであった。



 そのころ、陸丸達は、そわそわした様子で、部屋中を歩きまわっていた。


「お主ら、気付いておるか?」


「当たり前でごぜぇやす!妖が来てやがる!」


 陸丸達は、気付いているようだ。 

 妖達が、聖印京へ侵入した事に。

 屋敷内もあわただしい様子。

 妖達が、ここまで迫ってきているのかもしれない。

 陸丸達は、焦燥にかられた。

 朧の身を案じて。


「ど、どうするでござるか?」


 海親は、尋ねる。

 朧にここに、残れと言われた以上、自分達は、動いてはならない。 

 そう、考えているのであろう。 

 だが、朧が窮地に迫られているのであれば、助けたい。

 空蘭と海親は、葛藤していた。


「決まってるでごぜぇやすよ!朧の所にいきやしょう!」


「じゃ、じゃが、わしらが、行ったら……」


 陸丸は、葛藤し、躊躇している空欄たちに対して、朧の元に行くよう誘うが、空蘭と海親は、まだ、躊躇していた。

 もし、自分達が、行けば、人々は、自分達に恐怖を抱くかもしれない。

 そうなれば、朧に迷惑をかけてしまうであろう。 

 監禁どころか、追放されるかもしれない。

 朧も巻き込まれたらと思うと、決心がつかなかった。


「おめぇら、何、迷ってるでごぜぇやすか!あっしらが、朧を守らねぇで、誰が、守るって言うんですかい!」


 陸丸は、空欄と海親を叱咤するように叫ぶ。

 空欄と海親は、はっとした様子で、陸丸を見た。


「監禁とか、周りの事とか、そんなのどうだっていいんでごぜぇやすよ!朧の命を守る事が、大事なんでごぜぇやす!あっしらが、忘れちゃいけねぇんでごぜぇやす!」


「そうじゃの……会議で決まったことなど、くそくらえじゃ!」


「今こそ、朧殿に恩返しをするでござるよ!」


 大事な事は、先の事ではなく、今だ。

 屋敷の中で、じっと待つのではなく、朧を守る事だ。

 朧の仲間として、助けに行くことの方が大事だと陸丸に諭され、空欄も海親も意を決した。

 命令や監禁などどうでもいい。

 朧を助けに行かなければと。


「いきやしょう!」


 陸丸達は、急いで部屋を出た。

 朧を助けに行くために。


 

 朧達は、次々と妖達を討伐していくが、妖は、増え続けるばかりだ。

 体力も徐々に減ってきている。

 いつまで、耐えられるかも予想ができないほどであった。


「数が多すぎる……」


「まったく、どんだけ来るんだか……」


 朧も和巳も舌を巻く。 

 妖の個々の戦闘能力は極めて低いが、数が圧倒的に多い。

 いくら、妖の戦闘能力が引くと言えど、数が多ければ、長期戦になり、太刀打ちも困難を極める。

 なんとしてでも、妖を一気に討伐したいが、それができず、朧達は、劣勢を強いられていた。


――朧、上だ!


 千里は、叫ぶ。

 一匹の妖が、朧に迫ってきたからだ。

 だが、何者かが、妖を吹き飛ばした。

 それも、食らいついたように。


「へぇ、やるじゃん」


――間に合ったか。


「お前達……」


 窮地を救われた和巳は感心し、千里は安堵している。

 朧は、あっけにとられた様子であった。

 朧を助けたのは、巨大化した陸丸達であった。

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