第十五話 新たな仲間として
「どうして、母さんと?」
朧達の前に現れた千里であったが、なぜ、月読と共に現れたのか。
自分が眠っている間に今までどこにいたのか、千里に関して謎が多すぎる。
疑問ばかりが浮かぶ朧であったが、月読が、なぜ、千里を連れてきたのか、冷静に答えた。
「軍師様の命令で連れてきただけだ」
「軍師様の?」
千里が、ここに連れてこられた理由は、静居の命令らしい。
静居は、なぜ、そのような命令をしたのであろうか。
千里の過去を知っているのだろうかと、朧は、思考を巡らせた。
「そうだ。……朧、軍師様は、お前に、特別任務を与えるそうだ」
「特別任務?」
静居が、直々に朧に特別任務を与えると言ったようだ。
なぜ、自分に特別任務を与えたのであろう。
いや、どんな任務だというのであろうか。
朧に、緊張が走る。
今にも身が硬直してしまいそうだ。
静居が、朧に命令を下したのだから、当然であろう。
だが、月読は、どこか、言いにくそうに語り始めた。
「この者の監視をするようにと」
「監視、ですか……」
嫌な響きだ。
確かに彼は、妖ではあるが、自分に力を貸してくれた。
静居は、彼が過去にどのような事をしたのか、知っているようだが、それにしたって、「監視」と言う言葉に抵抗を覚える朧。
そんな朧に対して、月読は、説明し始めた。
朧の気持ちを察したのだろう。
かつて、自分も、柚月に朧と九十九を監視せよと、冷たく言い放ってしまったのだから。
それが、どれだけ、彼らを傷つけていたのか、今ならわかる。
罪悪感を感じるほどに。
「この者が、軍師様と何を話したのか、わからぬが、そうなったらしい。朧、お前は、妖刀・千里の所有者になったと聞いているが」
「はい」
朧は、静かにうなずく。
確かに、朧は、妖刀・千里を手にすることができた。
所有者と言われても不思議ではない。
だが、あの時を振り返ると、一瞬の出来事のように思える。
妖刀を手にし、千里と出会い、妖刀・千里を扱うことができたのは、奇跡に近いように思えた。
「……影響は、出ていないようだな」
「はい」
月読の問いに、朧は、再びうなずく。
朧が、気になっているのは、影響の事だ。
明枇を手にした時のように、傷一つついていない。
自我を乗っ取られることなく、扱うことができた。
なぜなのかは、未だに不明だ。
おそらく、今は、誰にも解明できないのであろう。
もし、解明できたのであれば、月読は、朧に真っ先に説明するはずだから。
「所有者や影響の件、そして、面の男の事も含めて、お前に特別任務を与えたのだろう」
静居が、朧に特別任務を与えたのは、妖刀・千里の所有者になれたからなのであろう。
そして、何より、妖刀・千里を手にした後、面の男を撃退したという功績を朧は、残した。
静居は、朧に期待しているのかもしれない。
朧の戦力を。
朧なら、面の男を討伐し、再び、聖印京に平安をもたらしてくれると。
かつての柚月と九十九のように。
月読は、そう想定していた。
「……期待しているぞ、朧」
「はい!必ず、果たしてみせます!」
月読に期待された朧は、うれしく思い、頭を下げる。
あの月読が、朧に期待していると言ってくれたのだ。
五年前の月読であったら、想像がつかないほどだ。
そう思うと、朧は、うれしくてたまらない。
月読の為にも、期待に応えたいと思うほどに。
「では、私は、会議に戻る」
「はい。ありがとうございました」
どうやら、会議の途中であったらしい。
朧に、千里を託した月読は、朧の元を去っていった。
おそらく、静居の命令は、緊急だったのだろう。
だから、月読が、わざわざ千里を、朧の元へ連れてきてくれたのだ。
そう思うと、朧は、月読に感謝していた。
「まさか、監視の命令が、出たなんてな……」
「お前が気にすることではない」
「う、うん」
千里と再会を果たした朧であったが、監視と言う言葉を受け入れる事ができない。
だが、千里は、今自分の置かれている現状を受け入れているようだ。
まるで、仕方がないと言っているかのように。
朧は、うなずくが、どこか納得できていなかった。
そして、彼の過去に何があったのか、気になり始めていたのであった。
「あ、紹介するよ。陸丸、空蘭、海親だ。千里と同じ、妖なんだ」
「そうか。俺は、千里だ。よろしく頼む」
「……」
朧は、無理やり話題を変え、千里に陸丸達を紹介する。
だが、陸丸達の様子がおかしい。
彼らは、あっけにとられて、千里を見ているようだ。
特に、陸丸は、何度も目を瞬きさせている。
何かあったのだろうか。
朧は、彼らの異変に気付き、彼らの顔を覗き込んだ。
「ん?みんな、どうしたんだ?」
「あ、いや、なんでもねぇですぜ。ちょっと、知り合いに似てやしたから」
「そうなんだ」
朧に声をかけられた陸丸は、慌てて返答する。
知り合いとは、妖の事なのか、それとも人間なのか。
気になるところではあるが、そこは、問いかけない。
問いかけたところで、彼らは困るだけであろう。
「よろしく頼むぞ」
「よろしくでござる」
「ああ」
空蘭も海親は、千里に挨拶を交わす。
千里は、冷静に、うなずいた。
「千里、こっちに来て、座りなよ」
「ああ、すまない。失礼する」
朧は、千里を迎え入れ、千里は、朧の前に座る。
陸丸は、朧の右隣、空蘭と海親は、朧の左隣へと座った。
だが、誰も、言葉が出てこない。
沈黙が流れていく。
いつもなら、陸丸達が、率先して千里に尋ねるはずなのに、黙ったままだ。
部屋が静まり返っている。
重い空気が流れているわけではないが、緊張感が漂う感覚に陥る。
朧は、この状況を変える為に、重たい口を開けた。
「千里、聞いていいか?」
「なんだ?」
「あの後、千里は、どこにいたんだ?」
朧は、気になっていたことがある。
この三日間、千里がどこにいたのかだ。
千里の姿は、誰が見ても一目で妖とわかってしまう。
混乱が静まり、落ち着いたとはいえ、妖を警戒するものは出てくるであろう。
となれば、容易に外に出られるはずはない。
そのため、朧は、千里に尋ねたのであった。
「……お前をここに運んだあと、俺は、軍師に連れられて、地下牢に入った」
「地下牢?」
「ああ」
朧の問いに千里は、冷静にうなずく。
なぜ、地下牢に入れる必要があったのだろう。
いくら、彼が妖と言えど、地下牢に入れる理由が見つからない。
罪を償うと言ったことと、何か関係があるのだろうか。
「……なんで、ですかい?」
陸丸が、恐る恐る尋ねる。
千里を気遣っての事だろう。
陸丸の問いに千里は、淡々と答えた。
「俺は、大罪者だからだ」
「大罪者……」
千里の言い方は、まるで、自分を責めているかのようだった。
過去の過ちを悔いているのだろうか。
彼は、何をしたのだろう。
だが、朧は、それ以上の事は聞けない。
聞いてはいけない気がしたからだ。
それでも、千里は、語り始めた。
これもまた、罪を償うためなのであろう。
「昔、多くの人間や妖を殺した。あの男の妖刀として」
「あの男って、面をかぶった男か?」
「ああ」
これで、話がつながった。
やはり、面の男と千里は、過去につながりがあった。
かつては、面の男が、千里の所有者だったようだ。
千里は、面の男に協力して、人間や妖を殺害したらしい。
つまり、千里の意志で殺していたことになる。
だから、千里は、自分の事を大罪者だと読んだのであろう。
犯してしまった罪を後悔して。
「その後、俺は、隊士達に捕らえられ、軍師の命令で地下室に入れられた。あいつは、どうなったかはわからない」
「そっか……」
静居は、千里の犯した過去を知っているようだ。
だから、千里を地下牢に入れたのであろう。
詳しく聞きたい朧であったが、それ以上尋ねられなかった。
千里は、冷静に語っていたが、自分を責め続けているように見える。
そんな彼を見ていると、九十九と重なって見えたからだ。
だからこそ、朧は、彼に問うことができなかった。
「罪を償うとは、言ったが、そう簡単に信用できなかったんだろうな。俺は、三日間、地下牢に入ってた」
「じゃが、軍師様は、解放したんじゃな?なぜじゃ?」
空蘭は、千里に尋ねる。
なぜ、三日たった今日、静居は、彼を解放したのであろうか。
大罪者である彼をそう簡単に信用できるとは、正直思えない。
何か理由があっての事なのだろうが、朧達は、見当もつかなかった。
「さあな。軍師の考えてることなんて俺には、わからない。だが、利用できると考えたのかもな。お前は、俺の所有者になったわけだし」
「所有者って言い方……ものじゃないんだし」
「物だろ。俺は、妖刀だからな」
千里は、皮肉るように話す。
朧は、ずっと、所有者と言う言葉が引っ掛かっていた。
彼は、確かに妖刀に変化できるが、彼は、妖だ。
ものではない。
彼は生きている。
だから、引っかかっていたのかもしれない。
自分を蔑む千里を見て、朧は、手を差し伸べる。
朧の行動を見た千里は、目を見開き、驚いていた。
「俺は、千里の事を仲間だと思ってる。だから、これからよろしく、千里」
「……勝手にしろ」
「そうさせてもらう」
「……変わったやつだな、お前」
朧に手を差し伸べられても、その手を取ろうとしない千里。
あの時、千里から、手を差し伸べたというのに。
おそらく、あの時は、力を貸すためであって、今は、罪で汚れた手で、朧の手に触れる事に仲間として見られることに抵抗を覚えているのであろう。
物扱いしてくれた方が千里にとってまだ楽なのだ。
だが、それでも、朧は、彼を受け入れる。
観念したのか、千里は、笑みを浮かべ、朧の手を取った。
朧達は、千里を新たな仲間として迎え入れた。
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