第十四話 お互いの身を案じて

 赤い月の日から、三日たった。

 妖により、家屋は火に焼かれ、血が飛び散った跡があったが、今では、復興に向けて動き始めている。

 けが人も宿舎へと運ばれ、治療中の状態だ。

 聖水の雨が、早く降ったからであろう。

 被害は、予想以上に少ないらしい。

 だが、問題は、山積みだ。

 復興活動を続けていた勝吏達であったが、ひとまずは、落ち着いたため、緊急会議を開くこととなった。

 勝吏と月読達、武官は、本堂へと招集された。


「では、これより、緊急会議を始める。では、初めに、討伐隊・武官。鳳城月読」


「はい。討伐隊の報告によると、死者、重傷者は、未だ、統計中ですが、前回に比べて、被害は少ないようです」


 確かに、今回、前回と比べて被害は格段に減少しているようだ。

 いや、今までと比べて、被害は少ない。

 やはり、天鬼が討伐された事と聖水の雨が、早く降った事が、減少の要因となったのであろう。


「そうか……。だが、守りきれなかったのも、事実」


「はい。しかと受け止めており、強化に努めようと思います」


「うむ、頼むぞ」


「はっ」


 減少はしたものの、死者や怪我人が出たのは、事実。

 これからは、死者や怪我人が出ないようにしたいところだ。

 もちろん、それは、極めて困難ではあるが、不可能ではない。

 月読は、そう感じており、問題解決に向けて、隊士達の強化や、配属に問題がなかったか、見直していく方針を掲げた。


「では、続いて、陰陽隊の武官・千城光行せんじょうみつゆき


「はい」


 月読の後に、報告を始めたのは、千城光行。

 あの綾姫の父親であり、琴姫の夫であった。

 真谷達が追放されて以降、武官の座は、空席となっていたのだが、各家の当主が、話し合った結果、武官は、鳳城家で構成するのではなく、各家の者に任せるべきだと判断した。

 それを判断したのは、勝吏だ。

 真谷達の件を重く受け止め、鳳城家で取り仕切るのではなく、各家の者に任せる事で、会議を円滑に進められるのではないかと考えたようだ。

 掟を変えていかなければ、同じ事件を起こすだけだと思ったのであろう。

 茶髪に橙の瞳を持つ彼は、妖の事について報告し始めた。


「妖達のことについてですが、どうやら、操られていたのではないかと。赤い月の影響を利用したのかもしれません。未だ、調査中なので、判明できていませんが」


 あの赤い月の日の後、襲い掛かってきた妖達を捕らえ、尋問することに成功した。

 彼らは、声が聞こえ、その直後、自我を失ってしまったという。

 どの妖も、同じ発言をしていた為、操られている可能性が高いと見ているが、確信は、得ていない。

 そのため、この件に関しては、未だ、調査中のようであった。


「そうか。わかった。引き続き、調査の方を頼んだぞ」


「はい」


 彼らの調査により、原因が判明すれば、今後の対策と傾向が見えてくるであろう。

 勝吏は、彼らに調査を任せた。


「では、続いて、警護隊・武官。鳳城虎徹」


「はいはい」


 勝吏に呼ばれた虎徹は、軽々とうなずく。

 相変わらず、緊張感が全くない虎徹であった。

 なんと、あの虎徹が警護隊の武官を任されたのだ。

 あれほど、嫌がっていたというのに、どういう心境の変化があったのだろうか。

 柚月がいたら、必ず驚くであろう。

 実は、虎徹は、勝吏から何度も警護隊の武官になってほしいと懇願されていた。

 その理由は、右腕として自分を支えてほしいからであった。

 各家の者達も、虎徹に任せたほうがいいと賛同している。

 だが、虎徹は、同じ鳳城家がなるものではないと断り続けたが、勝吏は、虎徹は、鳳城家と蓮城家の混血人だから問題ないと強引に懇願したのだ。

 勝吏が、しつこく懇願した結果、虎徹は、観念し、武官を引き受けたのであった。

 虎徹は、報告し始めた。


「うちの部下が、二人殺されてね。軍師様から聞いたんだけど、面をつけていた男が殺したそうだ。妖じゃなくて、人間の男の可能性が高いらしい」


「それは、真ですか?」


「軍師様が言ってるんだ。間違いないと思うけど?」


 面の男の件は、軍師が虎徹に話したようだ。

 だが、人間の男と聞いて、月読は、虎徹に尋ねる。

 確かに、面の男は、妖特有の妖気を感じなかった。

 その事を聞いている虎徹は、堂々と答えた。


「その件に関しては、討伐隊で調査してもらいたい。よいな?」


「はい。承知しました」


 勝吏に命じられた月読は、うなずいた。


「うむ。では、最後に密偵隊・武官。天城玄朗てんじょうげんろう


 最後に報告することになったのは、天城玄朗。

 矢代の夫で、透馬の父親だ。

 栗色の髪に、橙の瞳を持つ彼は、実は、天城家の者ではなく、万城家の者だ。

 万城家から、天城家に婿養子として入ったらしい。

 彼は、忍びとして、優秀であり、密偵隊の武官に選ばれたのであった。


「はっ。鳳城朧が、手にした妖刀でありますが、軍師様のお話によりますと、どうやら、自我を乗っ取られていた様子はないようです」


「その妖は、今は、どうしておる?」


「地下牢に入れられているようです。何も騒ぎを起こしている様子もなく、大人しくしているようですが」


「そうか……」


 千里は、あれから、軍師に話をし、軍師の命令で、牢に入れられたようだ。

 だが、抵抗せず、大人しく牢の中で過ごしている。

 最初、千里の事を静居から聞かれた勝吏と月読は、驚愕していた。

 まさか、千里が、本堂の地下室で、封印されており、彼を朧が手にしたなど、誰が予想で来たであろうか。

 朧は、無事だとわかり、安堵していたが、千里に関しては、彼らも警戒しているようだ。

 千里については、まったく彼らも知らされていない。

 罪を償うと言っているとはいえ、用心すべきだと思っているのだろう。 

 勝吏は、朧の身を案じ、彼について議論しようとしていた時であった。


「失礼します」


 突然、密偵隊の隊士が、現れたのだ。

 会議中に来るという事は、何か、緊急事態が起こった可能性がある。

 千里が何かしたのではないかと感じ、勝吏達に緊張が走った。


「どうした?」


「会議中すみません」


「実は、軍師様から、これを……」


 なんと、密偵隊の隊士は、静居から文を預かったようだ。

 文を授かった勝吏は、黙読し始めた。

 すると、勝吏は、目を開け、体を震わせ、驚愕し始めたのであった。


「なんと!?」


「どうした?勝吏?」


 勝吏の様子に気付いた虎徹が、尋ねる。

 勝吏は、息を吐き、心を落ち着かせ、文の内容を語り始めた。


「……軍師様から、直々にご命令が下った。牢に入っている妖・千里を解放せよと」


 なんと、静居からの文は意外な内容であり、部屋全体が騒然となった。



 朧は、真っ黒な闇の中にいた。

 そこが、どこかもわからない。

 あたりを見回しても、誰もいない。

 だが、そんな時だ。

 彼の眼の前を柚月と九十九が通り過ぎていったのは。


「兄さん!九十九!」


 やっと、二人に再会で来た朧は、二人を追いかけようとする。

 だが、朧の体は、動かなかった。


「え?」


 朧は、体を動かそうとするが、全く動かない。

 何かに止められたかのように体が動かなかった。


「か、体が……」


 朧は、必死に体を動かそうとするが、動かない。 

 その間に、柚月と九十九は、朧から遠ざかっていった。


「兄さん!九十九!待って!行かないで!」


 朧は、叫ぶが、彼の声は、二人に届かない。 

 そして、とうとう、闇の中へと姿を消してしまった。



「っ!」


 朧は、目を開ける。 

 それも、汗をかいた状態で。

 すると、見えたのは、見慣れた天井だ。

 朧は、あたりを見回すと、自分は、鳳城家の離れの部屋で眠っていた事に気付いた。

 それと、同時に、先ほどの二人が消えていったのは、夢の中だったのだという事にも気付いた。

 彼を心配するかのように、陸丸達は、一列に並んで、朧の顔を覗き込んでいた。


「お、朧、大丈夫ですかい!?」


「う、うなされておったが……」


「う、うん……」


 朧は、呼吸を整えながら、起き上がり、手で汗をぬぐった。


「大丈夫って、あれ?お前達……」


「ん?どうされたでござるか?朧殿」


「無事……だったのか?」


 朧は、心配そうに陸丸達に尋ねる。

 聖水の雨で、彼らが浄化されないが、心配していた朧であったが、どうやら、陸丸達は、無事のようだ。

 あの聖水の雨の中、生き抜いたのであろうか。

 それとも、屋敷に戻ったから無事だったのだろうか。 


「そりゃあ、そうですぜ!あっしらは、こう見えて頑丈……うわっ!」


 陸丸が、元気よくうなずき、語り始めるが、その途中で、朧が、陸丸達に抱き付いた。


「お、朧!?」


「く、苦しいでござる……」


 朧は、力強く抱きしめているようだ。

 もがく陸丸達であったが、朧は、決して放さなかった。


「良かった……無事で、良かった」


 朧は、嬉しそうに、陸丸達に話す。

 彼らが無事とわかり、安堵したのであろう。

 陸丸達は、朧に心配をかけてしまったと気付き、申し訳なさそうな顔をした。


「で、そろそろ、離してほしいんでごぜぇやすが……」


「あ、ごめん!」


 陸丸達を圧迫している事に気付いた朧は、慌てて彼らを放す。

 解放された陸丸達は、息を整えるが、微笑んでいたのであった。

 彼らにつられて、朧も笑みを浮かべた。

 五年前と変わらない満面の笑みを。


「すまんかったのって言いたいが、わしらも、心配したんじゃぞ」


「え?」


「朧殿は、三日も眠っていたでござるよ」


「え?俺、三日も寝てたのか!?」


 朧は、驚愕する。

 なんと、朧は、三日間ずっと眠っていたようだ。

 彼が、目覚めない間、陸丸達は、彼の身を案じ、ずっと、側にいたようであった。


「そうでござるよ」


「わしらが、心配したわい」


「ご、ごめん」


 自分も心配をかけてしまった事に気付いた朧は、陸丸達に謝罪する。

 だが、陸丸達は、微笑んだままであった。


「ま、無事に目が覚めたんですぜ。良かったでごぜぇやす」


「うん、ありがとう」


 朧も、また、満面の笑みをこぼす。

 お互い無事であった事を安堵しながら。

 そんな時であった。


「目覚めたようだな」


「母さん!」

 

 突然、朧達の前に月読が現れる。

 朧は、慌てて、星座をし、陸丸達も慌てて朧の隣へと移動し、月読を出迎えた。

 だが、朧が、目覚めたと知った月読は、内心安堵している様子であった。


「目覚めたばかりで、申し訳なのだが、お前に話がある」


「何でしょうか?」


「この者の事でだ。出なさい」


「ああ」


 月読に命じられ、ある人物た、静かに前に出た。


「君は……千里」


 なんと、その人物は、千里だ。

 朧達の目の前に、千里が現れたのであった。

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