第十三話 妖刀・千里

「妖刀を……制御したというのか!」


 朧が、妖刀・千里を制御した事を目の当たりにした静居は、目を見開き、驚愕している。

 誰もが予想できなかったことであろう。

 妖刀は、人間が制御できるものではない。

 妖刀を手にした人間は、妖刀に自我を乗っ取られるか、最悪の場合、命を落とすかのどちらかだ。

 だが、朧は、そのどちらでもない。

 これは、きわめて異例であろう。

 反対に、面の男は、怒りで体を震わせている。

 自分が手にするはずだった妖刀を朧が手にしてしまったからだ。


「それは……僕のものだ。そいつから、離れろぉおおおっ!」


 面の男は、泣き叫ぶように、朧に斬りかかる。

 朧は、千里で、受け止めつつ、はじき返す。

 面の男は、続けて、刀を薙ぎ払うように振るうが、朧は、いとも簡単にはじき返した。

 面の男は、何度も、刀を振るうが、朧は、全てはじき返す。

 先ほどとは違って。

 この時、朧は、感じていた。体が軽いと。

 それが、なぜだか、わからないが、まるで、千里が、朧に手を貸しているようだ。


――朧、気をつけろ。こいつは、危険だ。なるべく、距離をとれ。


「わかった!」


 千里は、冷静に朧に助言する。

 朧は、千里の助言を受け取り、迫りくる面の男の攻撃をかわしつつ、距離をとった。

 彼の助言を受けてから、戦いの流れが一気に変わっていく。

 朧が、主導権を握っているようだ。

 面の男は、朧の戦いにほんろうされ、次第に劣勢を強いられ始めた。


「なぜだ!なぜ、僕ではなく、そいつを……!」


 面の男は、千里に問いかける。

 千里が、朧に味方している事が信じられないようだ。

 自分ではなく、朧を選んだ事に納得していないのだろう。


――俺は、決めたからだ。罪を償うと。


「貴様ぁあああああああっ!」


 千里は、冷静に答えた。

 だが、罪とは、何なのだろうか。

 彼は、何をしたのであろうか。

 彼と面の男は、一体どういう関係なのか。

 朧は、疑問ばかりが浮かんだが、考えている暇などない。

 面の男は、怒り狂ったように、朧に斬りかかる。

 まるで、千里に敵意を向けたかのように。

 朧は、面の男の刀を受け止め、再び、距離をとった。


――朧、俺の力を送り込む。その力で、あいつを斬れ!


「うん!」


 千里が、朧に力を送り込む。 

 妖気が、朧の中に入り込むが、朧は、自我を保ったままでいられるようだ。

 体に負担もかかっていない。

 だが、ある変化が訪れた。

 紅の瞳から千里と同じ紫の瞳に変わったのだ。

 妖気を纏った朧は、構え、地面をけった。

 面の男は、刀を薙ぎ払うように何度も、振るうが、朧は、いとも簡単にかわしていく。

 その反応は、人間離れしているようだ。

 妖気のおかげなのであろう。


「はあああああっ!」


 朧は、雄たけびを上げながら、千里を振り上げ、面の男に向かって振り下ろす。

 その際、千里は、真っ暗な闇を身にまとったように黒く染まった。

 その技の名は、千里ノ破刀せんりのはとう

 闇の力で妖を滅する技だ。

 面の男は、妖か人間なのかは不明であるが、どちらにしても、効果はあるだろう。

 彼を倒すには、十分であった。


「がはっ!」


 胸元を斬られた面の男は、血を吐く。

 だが、傷は浅い。

 面の男は、とっさによけたようだ。

 よろめくように、後退していく面の男。

 朧は、続けて、左上から右下へと千里を振るう。

 だが、面の男は、素手で千里をつかんだ。

 朧は、とっさに距離をとろうとするが、面の男は、頑なに放そうとしない。

 面の男は、朧に斬りかかろうとはせず、荒い息を繰り返しながら、千里を見ていた。


「そうか……そういう事か……お前は、僕を、拒むんだな……。千里」


――言っただろう。罪を償うと。


 千里に斬られた面の男は、ようやく、悟ったのだろう。

 もう、千里は、自分とは違うのだと。

 袂を分かったのだと。

 面の男は、体を震え上がらせた。

 だが、その様子は怒りからではない。

 別の感情によるもののように朧は、思えた。


「ふふふふ、あははははは!」


 突然、面の男は、高笑いをし始める。

 狂ったように。


「わかったよ、千里。今日から、僕と君は、敵同士だ!次に会った時、殺してやる。お前と一緒にな。朧!」


 面の男は、千里を振り払い、距離をとる。

 彼は、札を手にして、術を発動し始めた。

 術は、面の男を覆い尽くそうとしている。

 朧と千里は、面の男が、術で逃亡しようとしている事に気付いた。


――術で、逃げるつもりか!


「逃がすか!」


 朧は、地面をけって、面の男をとらえようとする。

 だが、朧がとらえるよりも早く、先に面の男の術が完成してしまい、数秒の差で、面の男は、消え去ってしまった。

 あの面の男の姿は、どこにも見当たらなかった。


「逃げられた……か」


「そのようだな」


 面の男を捕らえられなかったことを悔やむ朧であったが、後ろから静居の声が聞こえ、振り向いた。

 静居は、術から解放され、朧の元へ歩み寄っていく。

 面の男が、逃げた瞬間、術も解かれたらしい。

 朧も、慌てて静居の元へと駆け寄った。


「軍師様!お怪我は?」


「問題ない。お主の方は、大丈夫なのか?」


「あ、はい。大丈夫のようです……」


 朧は、自分の身を確かめるように静居に告げる。

 だが、朧は、自身が無事であった事に違和感を覚えていたのか、手にしていた千里を見つめていた。


――確かに、自我を保てた。制御できたってことなのか?やっぱり、千里は、明枇と同じってことか。


 朧は、自分が自我を保っていたことに違和感を覚えていたようだ。

 それだけではない。

 妖刀・千里を手にしても、手に傷一つ負っていない。

 やはり、妖刀・千里は、明枇と同様に、刀に妖が宿っているとみて、間違いなさそうだ。

 そう思っていた矢先であった。

 突然、千里が、まがまがしい妖気ではなく、光を発した。

 朧も静居も目を見開き、驚愕していた。


「な、なんだ!?」


「これは……」


 何が起こっているのか、状況を把握できない朧と静居。

 やがて、光は、朧の手から離れ、見る見るうちに、人の姿へと変わっていった。

 その姿を見て、朧はさらに驚愕し、動揺した。


「え?さっきの……」


 人の姿となって現れたのが、あの白い世界で出会った彼であった。

 妖刀が、妖に変化したというのだ。

 これには、さすがの静居も、驚いた様子であった。


「君は、刃に宿っていたんじゃ……」


「違う。俺は……」


 朧は、千里に尋ねる。

 千里は、明枇と同じで、刀に宿っているとばかり思っていた。

 だが、そうではなさそうだ。

 千里は、自身について説明すようとするが、その会話は、途切れてしまう。

 天井から、音が聞こえたからだ。

 水が、地面に落ちるような音が。

 音が聞こえ、朧達は、天井を見上げた。


「雨の音が……」


「聖水の雨が、発動されたようだな」


 静居は、悟った。

 聖水の雨が、発動さえ、聖印京に降り注いだのだ。

 それは、死闘が終わる合図とも言えよう。

 雨音は、途切れることなく、都中に響かせていた。


「聖水の雨……そうだ!陸丸達が!」


 聖水の雨が、降っている事を知り、朧は、陸丸達の身を案じた。

 まだ、陸丸達が、外にいるのだとしたら、彼らは、浄化されてしまう。

 急いで、彼らが、無事かどうかを確かめなければならない。

 朧は、焦燥に駆られて、階段を駆けあがろうとした。

 だが、その時であった。


「っ!」


「朧!」


 朧は、めまいを起こし、ふらついてしまう。

 何とか、持ちこたえようとするが、次第に視線がぼやけていく。

 体に力が入らず、前のめりになって倒れていく朧。

 そんな朧を千里が慌てて支えた。

 その瞬間、朧は、意識を手放してしまった。


「力の使い過ぎで、気を失ったか……」


「……」


 静居が、朧の元へと歩み寄っていく。

 千里は、黙ったままだ。

 朧の事で、責任を感じているのであろう。

 そんな彼に対して、静居は、冷たい視線を向けていた。


「朧を運べ。話は、後で聞く」


「……わかった」


 静居は、進み始める。

 千里は、朧を抱きかかえ、千里についていくように歩き始めた。



 そのころ、本堂の前に、あの布をかぶった少女と青年が立っている。

 聖水の雨が、容赦なく降り注ぎ、二人の布を濡らしていく。

 周辺に、妖達は、いない。

 浄化されたのであろう。

 だが、怪我人が多く、人々は、その対応に追われていた。


「間に合わなかった」


「そうだね。まさか、彼が、あの妖刀を手にしてしまうとは……」


 少女も青年もそう語ってはいるものの、悔しがっているそぶりは見せない。

 二人は、あの面の男とは対照的に、冷静を保っていた。


「あーあ。雨が降ったから、服が濡れちゃった」


「仕方がない。聖水の雨は、妖を浄化する。降らなければ、聖印京は滅ぶ。彼らは、手段を選んだだけ」


「知ってるよ。でもさ、余計な事をしてくれるよね。いっつも。これじゃあ、動きにくい」


 水分をたっぷり含んだ布は、二人に重くのしかかっている状態だ。

 青年は、迷惑そうに語るが、少女は、何も反応しない。

 沈黙が流れるが、青年は、困惑した様子を見せなかった。


「ま、いっか。行こう。彼と合流して、作戦を練り直しだ」


「……了解した」


 二人は、本堂に背を向けて、歩き始める。

 だが、少女は、ふと立ち止まって、振り返る。

 朧が、いる本堂へと目を向けて。


「もし、真実を知った時、君は……」


 少女は、そう呟く。

 その言葉は、朧に向けてなのだろう。

 何を物語っているかは、まだ不明だ。

 少女は、何を知っているのだろうか。


「ほら、行くよ」


「……わかった」


 青年に呼ばれた少女は、再び歩き始める。

 彼らは、周囲に気付かれることなく、聖印京を出て、去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る