第十二話 会いたがっていたのは

 朧に問いただされた面の男は、首を傾ける。

 面で顔が見えない分、より一層狂気を感じ、朧は背筋に悪寒が走った。 


「僕が何者かって?何者だと思う?」


「ふざけるな!」


「ふざけてなんかいないよ。僕は、真面目だよ?」


 面の男は、笑みをこぼしながら、返答する。

 朧は、面の男をにらみつけたまま、紅椿を向けていた。

 面の男は、布をかぶり、面をつけ、素性を隠している。

 一見、妖のように見えるが、妖気を発している様子は見られない。

 だとすれば、彼は、人間なのであろうか。

 朧は、思考を巡らせるが、答えは見つからなかった。


「お前の目的は、なんだ?軍師様を狙ってるのか?」


「まさか、僕は、会いに来たのさ」


「会いに?」


「そう。彼にね」


 彼とは、いったい誰のことなのであろうか。

 奥に戸があるが、そこに彼がいるというのであろうか。

 面の男の真意が読み取れない朧は、混乱しかけていた。


「ならぬ!会わせてはならぬのだ!」


「うるさい!」


「軍師様!」


 軍師は、焦燥にかられたように叫ぶ。

 面の男は、軍師に襲い掛かるが、朧が、札を放って、面の男の行く手を阻もうとする。

 面の男は、札の存在に気付き、刀で、切り裂いた。


「邪魔をするなって言ってるだろ!」


 面の男は、怒り狂ったように叫び、朧に斬りかかる。

 朧は、紅椿で防ぎ、はじき返した。

 だが、面の男は、ひるまず、突きを放つ。

 朧は、かろうじて紅椿で防ぎきり、はじき返しながら、軍師を守るように背を向ける。

 面の男も、方向を変え、朧に向かって刀を突きつけた。


「まったく、どいつも、こいつも……僕の邪魔をしてくれる!」


 面の男は、怒りに任せて、刀を振り下ろす。

 朧は、紅椿で防ぐが、面の男は、立てつづけに、刀を振るう。

 しかも、反応が速い。

 今、彼は、どういった感情で戦っているのであろうか。

 冷静なのか、それとも、狂気に満ちた表情なのか。

 感情がわからないため、厄介だ。

 それでも、朧も、その速さにかろうじて、ついていく。

 二つの刀が、何度もぶつかる音が、響き渡った。


「軍師様!お逃げください!ここは、私が……!」


「黙れ!」


 朧は、静居に逃げるよう叫ぶが、面の男は、朧の腹に向かて、蹴りを放ち、朧を吹き飛ばした。


「ぐっ!」


 朧は、壁にたたきつけられ、腹を押さえる。

 痛みをこらえて、立ち上がろうとする朧であったが、面の男は、朧に迫り、刃を朧に向かってつきつけた。


「待て!」


 静居は、朧を助けようとするが、面の男は、術を発動して、静居を拘束してしまった。


「軍師様!」


 朧は、静居の元へ駆け付けようと、立ち上がろうとするが、面の男は、朧の頬を斬り、朧の頬から血が流れた。


「よそ見するなよ」


「……」


 面の男から、威圧感を感じる。

 朧は、面の男は、自分を殺そうとしているかのように感じ、身動きが取れなかった。

 面の男は、刃を朧の首筋に当てた。


「君が僕の相手をするって?無理に決まってる!」


「やってみないと、わからないだろ!」


 朧は、吼えるように反論する。

 この状況であっても朧は、あきらめていない。

 今、自分が殺されてしまっては、静居も殺されてしまうからだ。

 あきらめるわけにはいかなかった。

 だが、気に障ったのか、面の男の体は、震え、刃が、小刻みに動いているのがわかる。

 刃が朧の首に当たり、ひりひりと熱を感じ、首から血が流れた。


「本当、あきらめが悪いんだね。あいつによく似てる」


「あいつ?」


 朧は、面の男に問いただす。

 あいつとは、いったい誰なのか。

 いや、この時、朧は、嫌な予感がした。

 「似ている」と言う言葉が引っ掛かったからだ。

 朧に似ている人物と言ったら、柚月しかいない。

 だが、それは、柚月が、この面の男と接触していることになり、何かあったということになる。

 最悪の場合も、考えうるであろう。

 朧は、それだけは、考えたくなかった。


「わからない?君のお兄さんだよ。鳳城柚月」


 面の男は、答え、朧は、驚愕する。

 朧の嫌な予感が当たってしまった。

 朧は、体を震え上がらせた。

 それは、怒りなのか、恐怖なのか、自分でもわからない。

 この二つの感情が入りまじっているようにも感じる。

 だが、ひとつわかるとすれば、この感情を抑えられないということだけであった。


「お前、どうして、兄さんの事を……!」


「答えるつもりなんてないね!」


 朧は、問いただすが、面の男は、答えようとしない。

 それどころか、面の男は、刀を振り上げる。

 朧を、殺そうとしているようだ。

 面の男は、刀を力任せに振り下ろした。


「答えろ!」


 朧は、紅椿を握りしめ、振り上げて、面の男の腕を切り裂く。

 面の男は、不意をつかれたのか、ひるみ、距離をとった。

 朧は、立ち上がり、面の男に迫っていく。

 面の男は、すぐに体制を整えて、構えた。

 朧が、紅椿を振り下ろすが、面の男は、それを受け流す。

 それでも、朧は、体制を整えて、紅椿を振るい、面の男も同時に刀を振るった。

 つばぜり合いが、起こり、朧は、歯を食いしばりながら、力任せに、面の男を押しのけようとしていた。


「いいね!その顔、ほんと、たまらないよ!」


「黙れ!」


 今、面の男は、狂気で満たされているようだ。

 朧は、面の男の刀を力任せにはじき、突きを放つ。

 だが、面の男は、紅椿を素手で握りしめる。

 面の男の手から、血が流れた。


「!」


 朧は、驚愕し、紅椿を引き抜こうとするが、面の男は、頑なに放さなかった。


「もらった!」


「がああっ!」


 面の男は、突きを放ち、朧の鎖骨の下あたりを貫く。

 朧は、苦痛で顔がゆがんだ。

 面の男は、すぐに刀を引き抜き、朧は、前のめりになって倒れ込んでしまった。

 朧が倒れたのを見た面の男は、朧に背を向け、進み始める。

 朧は、起き上がろうとするが、激痛により、起き上がれなかった。


「待て!」


「邪魔だ!」


 静居は、術でとらえながらも、抵抗しようとする。

 だが、面の男は、さらに、術を放ち、二重にして、静居の動きを抑え込んでしまった。


「軍師様!」


 静居は、身を動かし、術を無理やり説こうとするが、それすらも叶わない。

 面の男は、戸の前に立った。


「待て!開けるな!」


 静居は、止めようとするが、面の男は、戸を開けてしまう。

 その瞬間、朧は、目を見開き、信じられないと言わんばかりの表情を見せる。

 静居は、防げなかったことを悔やんでいるのか、うなだれていた。


「あれは……妖刀?」


 朧が、見たものは、人ではなく、妖刀だ。

 妖刀が、地下室の地面に突き刺さっていた。

 それも、まがまがしい妖気を放っている。

 その妖気が朧にも伝わり、全身が一瞬だけ、震え上がったのを感じた。

 その妖刀は、恐ろしく、この面の男が手にしてはいけないと朧は、察したのであった。


「……やっとだ!やっと、会えた!」


 妖刀を目の当たりにした面の男は、喜んでいるようだ。

 まるで、再会を果たしたかのように。


「ずっと、待っていたよ。この時を」


 面の男は、妖刀へと近づいていく。

 妖刀を手に入れるために。

 だが、その時であった。


「っ!」


 面の男の動きが止まる。

 なんと、彼は、術に捕らえられていたのであった。

 何が起こったのか、理解できない面の男は、振り返る。

 なんと、静居が、無理やり、術を発動して、面の男を術でとらえたのだ。

 抵抗した為か、静居は、傷を負い、腕から血が流れていた。


「それは、渡さぬぞ!」


「軍師!」


 面の男は、怒り狂ったように、叫ぶ。

 邪魔をされた事で、怒りが頂点に達したのであろう。

 彼も、無理やり、術を解こうとして、動き始めた。


「鳳城朧!あの妖刀を奴に渡してはならぬ!あれを壊せ!」


「はい!」


 朧は、激痛を堪え、駆けだしていき、妖刀へと迫る。

 彼に抜かされた面の男は、体を震え上がらせた。

 妖刀へ向けて、突きを放った朧だが、妖刀にはじかれ、吹き飛ばされる。

 それでも、朧は、体制を整え、構えた。

 その時だった。


「やめろぉおおおおおっ!」


 面の男は、力任せに、身をよじらせ、術を無理やり、説いてしまう。

 抵抗した為か、全身、体を切り刻まれたような傷ができ、血が流れている。

 だが、痛みよりも、妖刀を手にしたいという願望が、面の男を動かしているようだ。

 面の男は、手を伸ばしながら、妖刀へと迫っていく。

 朧も手を伸ばし、妖刀をつかもうとした。

 だが、面の男は、朧の裾をつかみ、押しのけようとする。

 朧も、抵抗し、手を伸ばした。

 そして、妖刀を手にしたのは、朧であった。


「っ!」


 朧が、妖刀を手にした瞬間。

 信じられない事が起こった。

 なんと、朧は一瞬にして、あの真っ白な世界へと入り込んでしまったのだ。

 まるで、妖刀に引き込まれたように。

 今は、静居も、面の男もいない。

 朧だけが、その白い世界にいたのであった。


――なんだ?ここ?どこなんだ?


 朧は、あたりを見回す。

 一体ここは、どこなのか。

 静居と面の男は、どうなったのか。

 状況が把握できない朧。

 だが、彼の眼の前に、一人の青年が現れた。

 彼は、紫の髪と目を持っている。

 それも、彼の耳は長く、尖っている。

 頭には、二本の丸みを帯びた角を生やしているようだ。

 彼は、明らかに人間ではなかった。


「君は……誰だ?」


「俺か?俺は、妖だ。見ての通りな」


「妖?」


 朧の問いに彼は、冷静に答える。 

 やはり、彼は、妖のようだ。 

 だが、なぜ、妖である彼が、ここにいるのか、朧は、未だ理解できなかった。


「まさか、人間のお前が、俺を手にするとはな」


「どういう意味だ?」


 朧は、尋ねる。

 自分を手にするという事は、どういうことなのだろうか。

 だが、彼は、何も答えようとしない。

 自分で答えを導きだせということなのだろう。

 朧は、思考を巡らせるとある答えにたどり着いた。


「まさか、あの妖刀が……君?」


「そうだ」


 なんと彼は、あの地下室に突き刺さっていた妖刀であった。

 これで、朧は、理解した。

 面の男が、会いたがっていたのは、彼なのだと。


――妖が妖刀だってことは、つまり、明枇と一緒なのか?


 彼が、妖刀だと聞いた朧は、再び、思考を巡らせる。

 彼は、明枇と同じで、妖刀に宿った妖なのではないかと。

 朧が、考えているうちに、彼は、朧の元へ歩み寄った。


「お前に、力を貸してやる」


「え?」


 彼は、朧に告げる。

 自分の力を貸してやると。

 突然の事で、朧は、驚き、動揺した。


「あの男を倒したくはないか?」


「……倒したい」


 動揺する朧に対して、彼は、冷静に尋ねる。

 尋ねられた朧は、こぶしを握り、体を震わせて、答えた。


「あいつは、兄さんを知っている。だから、倒して、聞きださないといけない。だから……力を貸してくれ!」


 朧は、自分の想いを告げる。

 あの面の男は、柚月を知っている。

 柚月の手掛かりを得るには、彼を倒して、聞きださなければならない。

 そう考えた朧は、力を貸してほしいと懇願する。

 面の男を倒すための力を。


「……いいだろう。俺の名は……あ……千里せんりと言う。お前は?」


「朧。鳳城朧だ」


「……頼んだぞ。朧」


「うん」


 朧の想いを聞いた彼は、承諾し、手を差し伸べる。

 朧も、手を伸ばし、彼の手をつかんだ。


「っ!」


 彼の手をつかんだ瞬間、朧は、あの地下室へと引き戻される。

 朧が手にしていたのは、彼の手ではなく、妖刀であった。


「そいつから、離れろ!」


 面の男は、怒り任せに、刀を振り下ろす。

 だが、朧は、妖刀を振り上げて、刀をはじき、立ち上がった。


「嘘だろ?」


「こんなことになろうとは……」


 はじき返され、面の男は、距離を置いた。

 静居も面の男も、驚愕する。

 なんと、朧は、自我を妖刀に乗っ取られておらず、妖刀を手にすることができたからであった。

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