第十一話 面の男

 軍師・静居は、急いで、地下牢の中を駆け抜けていく。

 それも、慌てた様子だ。

 警護隊の隊士が、必死になって軍師の後を追っていた。


「軍師様!?どちらへ!?」


「地下室へ行ってくる!」


「ち、地下室ですか!?」


「そうだ!」


 静居は、焦燥にかられた様子で、答える。

 この地下牢より下はなかったはずだ。

 だが、静居も警護隊も地下室が存在するように話している。

 静居は、ある程度進むと、術を発動する。

 すると、床が隠し戸へと変化した。

 この床は、術で作られた幻影であった。

 どうやら、本当に地下室はあったようだ。

 静居は、隠し戸を開け、地下へと入っていった。


「いいか、誰も通すな!誰であってもだぞ!」


「はっ!」


 静居は、隊士達に命じ、階段を降りていく。

 未だ、焦燥にかられたままのようだ。

 頬へと滴る汗を手で拭いながら、軍師は、地下室へと急いだ。


――わずかだが、あれ・・の気配がした。


 静居は、地下室から、何か気配を感じ取ったようだ。

 だからこそ、慌てて、向かったのであろう。

 しかし、あれと言うのは、何なのだろうか。

 静居が、焦燥にかられるという事は、それほど、危険なものと見て間違いなさそうだ。


――もうすぐ目覚めるというのか!


 静居は、地下室へとたどり着くが、戸は、閉ざされたままだ。

 そこで、術を発動して、戸を開かせる。

 すると、そこには、ある物が封印されていた。



 そのころ、面の男が、本堂へとたどり着く。

 それも、いとも簡単に。

 聖印京が戦場と化しているにもかかわらず、傷一つ負っていない状態でたどり着いたのであった。

 しかも、服に多くの血をつけたまま。


「ああ、やっとだ。やっと、会える」


 面をつけているため、表情は見えないが、本堂に着いた途端、彼は、笑みを浮かべているようだ。

 彼の声が、そう物語っている。

 この日を待ちわびていたかのように。

 面の男は、ゆっくりと歩き始める。

 だが、討伐隊の隊士達が、面の男の前に立ち、宝器を向けた。


「動くな!」


「貴様、何者だ!」


 面をつけているからなのか、彼を警戒しているようだ。

 いや、何か、ただならぬ殺気を感じたようにも思える。

 隊士が、恐怖で、体を震わせているからだ。

 だが、隊士に行く手を阻まれた面の男も、体を震え上がらせた。

 恐怖ではなく、怒りを抑えきれずに。


「僕の邪魔をするな!」


 面の男が叫び、鞘から刀を抜く、その刀は、まがまがしい気配を放っている。

 まるで、妖気を放っているかのようだ。


「こ、こいつ……妖か!?」


「ち、近づくな!」


 隊士達は、面の男に斬りかかろうとするが、面の男は、一瞬にして、隊士達を切り裂く。

 体から、血が噴き出し、隊士達は、その場で、倒れ込む。

 目を見開いたまま、動かなくなった。

 面の男は、彼らを殺してしまったようだ。

 だが、彼は、血を浴びても、彼らを殺しても、何も感じていないようだ。

 面の男は、笑い声を漏らして、歩き始めた。


「もうすぐだよ」


 面の男は、本堂へと入っていく。

 刀に着いた血を床に垂らしながら。


「もうすぐで、会えるんだ、君に」


 面の男は、そう呟きながら、本堂の中へと消えていった。



 朧と陸丸は、妖達を倒し終え、進み始めた。


「なんとか、倒しやしたね」


「そうだな」


 屋根から、降りた陸丸。

 聖印京は、戦場と化しているが、被害は、少ないように見える。

 怪我した者達も、少ない。

 隊士達が、妖達に追い詰められた様子は、なさそうだ。 


――もうそろそろ、聖水の雨が、降るかもしれない。そうなったら……。


 赤い月が出現してから、時間が立っている。

 そろそろ、儀式が、完了する頃合いであろう。 

 そうなれば、妖達は、一気に浄化される。

 この戦いも終息するだろう。

 そう、予想していた朧であったのだが……。


――……待てよ。もし、聖水の雨が、降ったら、陸丸達は……。


 朧は、気付いてしまった。

 もし、聖水の雨が、降ったら、陸丸達が、どうなってしまうのか。

 朧の顔は、青ざめていき、焦燥に駆られてしまった。


「陸丸、止まれ!」


「へ、へい!」


 突然、朧が、叫ぶ。

 陸丸は、驚いたように立ち止まった。

 朧は、慌てて、陸丸から降り、立ち止まった。


「朧、どうしやした?」


「……」


 陸丸は、朧に尋ねるが、朧は、黙ったままだ。

 何か、考え事をしているように見える。 

 それも、深刻な表情を浮かべて。


「朧?」


 陸丸は、不安に駆られ、朧の名を呼ぶ。

 だが、朧は、返事をしない。

 黙ったままだ。

 陸丸は、ますます不安に駆られたが、朧が、重たい口を開け始めた。


「……陸丸、後は、俺一人で大丈夫だ。お前は、空蘭、海親と合流して、屋敷に戻れ」


「な、なぜでごぜぇやす!あっしらが、足手まといからですかい!?」


 朧に、屋敷へ戻るよう命じられ、戸惑う陸丸。

 なぜ、朧が、そんな事を言いだしたのか、理解ができない。

 自分達が、足手まといだからなのであろうか。

 だが、朧は、目を閉じて、首を横に振った。


「そうじゃないんだ」


「じゃ、じゃあ……」


「この後、聖水の雨が降る。妖を浄化するためにな。お前達も、外にいたら、浄化されてしまう。命を落としてしまうんだ」


 朧が、陸丸に屋敷へ戻るよう命じたのは、聖水の雨が降るからだ。

 聖水の雨は、妖達を浄化する。

 陸丸達も例外ではない。

 朧は、その事を懸念していたのだ。

 このまま、外にいれば、陸丸達も、浄化されてしまう。

 聖水の雨によって。


「あ、あっしらは大丈夫でごぜぇやす!だから……」


「駄目なんだ!聖水の雨は、強力だ!いくらお前達でも……」


 陸丸は、自分達なら、大丈夫だと答えるが、朧は、戻らせようとする。

 聖水の雨は、容赦なく、陸丸達を殺してしまうからだ。

 朧が、陸丸を説得しようとするが、妖達が、次々と出現する。

 それも、容赦なく。


「邪魔をするな!」


 朧は、紅椿を振りおろし、眠り姫の園を発動して、妖達を次々に斬りながら、眠らせていく。

 彼に続いて、陸丸が、爪を振りおろして、妖と討伐していった。

 だが、数匹の妖が、逃げるように本堂へと向かっていった。


「あ、待て!」


「朧!」


 朧は、妖達を追い、背を向けた妖達を突き刺した。

 妖達は、眠りにつき、その隙をついて、陸丸が、爪を振りおろして、妖達を討伐した。

 だが、朧は、本堂の入り口で、倒れている隊士達を発見し、すぐさま、駆け寄る。

 陸丸も、彼の後を追って、隊士達の元へと駆け寄った。


「大丈夫ですか!?しっかりしてください!」


 朧は、体を揺さぶり、必死に、声をかける。

 だが、隊士達の返事はない。

 朧は、彼らが、目を見開いたまま、倒れているのが見えた。


「……死んでる」


「朧!これは……」


 陸丸が、何かに気付いたようで、朧に声をかける。

 朧達が、見たものは、地面についた血だ。

 それも、点となって、続いている。

 隊士達を殺した者が、着けた血なのだろう。


「中に入ったのか……」


 なんと、その血は、本堂の中まで続いている。

 それも、果てしなく。


――まずいな。本堂には、軍師様が……。


 本堂には、静居がいる。

 おそらく、勝吏達は、まだ、本堂にいないとみて、間違いないだろう。

 つまり、真っ先に狙われるのは、静居だ。

 しかも、警護隊を殺してしまうほどの力を持っている。

 急いで、向かわなければならないと、朧は、焦り始めた。

 だが、その時だ。

 再び、妖達が、朧達の背後に現れたのは。


「こんな時に!」


 妖達の気配に気付いた朧は、振り向き、構えた。

 しかし、陸丸が、朧の前に立ち、咆哮する。

 彼らを威嚇するかのように。


「陸丸!」


「朧、行ってくだせぇ!ここは、あっしが、食い止めやすから!」


 陸丸は、彼を本堂へと入らせるために、妖達を食い止めるようだ。

 だが、このまま、陸丸を外に出しては、聖水の雨によって浄化されてしまう。

 それでも、迷っている場合ではなかった。

 静居の元へ急がなければならない。

 彼の命が、奪われてしまったら、聖印京は、滅んだも同然なのだから。

 それほど、静居は、聖印一族にとって、いや、聖印京にとって、なくてはならない存在であった。


「……ごめん!」


 朧は、謝罪し、陸丸に背を向けて、本堂へと入る。

 陸丸達の無事を祈りながら。



 朧は、床に着いた血の跡を追う。

 その途中で、朧は、刀で斬られ、血を浴びて、倒れ込んでいる隊士達を目にした。

 おそらく、侵入した者に殺されてしまったのであろう。

 朧は、ますます、焦燥にかられた。

 血の跡を追った朧が、たどり着いた先は、なんと、地下牢であった。


――地下牢に行ったのか。どうして……。


 そこは、かつて、朧と九十九がとらえられた場所だ。

 だが、なぜ、地下牢に行ったのだろうか。

 そこに静居がいるとは、思えない。 

 何か、理由でもあるのだろうか。

 朧は、さらに、血の跡を追った。

 だが、その時であった。


「っ!」


 朧は、絶句し、立ち止まってしまう。

 なんと、二人の隊士が、血を流して倒れていた。

 それも、目を見開いたまま。


「死んでる……」


 彼らは、警護隊だ。

 優秀な彼らまでもが、殺されてしまったとでもいうのであろうか。 

 だが、なぜ、彼らがこの地下牢にいたのであろうか。 


――いったい誰が……。それに、どこに……。


 朧は、思考を巡らせながら、あたりを見回す。

 すると、朧は、あることに気付いた。


――血の跡がここで、途切れている。どういう事だ?


 そう、血の跡が、途切れているからだ。

 これは、明らかに不自然だ。 

 何か、あるに違いない。

 朧は、血の跡が途切れている床に触れた。


「これは……」


 朧は、気付いた。

 その床が、隠し戸だという事に。



 そのころ、静居は、なんと、あの地下室で、面の男と死闘を繰り広げていた。

 術で開かれた戸は、閉じられていた。 

 静居が、危機を感じて閉じたのだろう。

 刀と刀が、何度もぶつかり合う音が聞こえた。

 それでも、静居は、傷一つついていない。

 やはり、さすがは、軍師と言ったところであろう。

 だが、優勢に立っているということではなさそうだ。


「ちっ……」


 舌打ちをした静居は、面の男と距離をとる。

 面の男は、追いかけることなく、立ち止まっていた。


「ははは!さすが、軍師様だ!強いねぇ!」


 面の男は、狂ったように笑いながら、静居を見ている。

 彼もまた、天鬼と同じように狂気で自分を見たいしているかのようだ。

 だが、天鬼とは、違った狂気を見せているようにも感じていた。


「けど、もう待ってられないよ。僕は、あいつに、会いたいんだ。そこをどいて」


「どかぬ」


「……どけって言ってるだろ!」


 静居に断られ、怒りを見せる面の男は、そのまま、静居に襲い掛かる。

 だが、二つの札が、面の男を襲い、その気配に気付いた彼は、刀を振るって、二つの札を切り裂いた。


「誰だ!僕の邪魔をするのは!」


 怒り狂ったように叫ぶ面の男。

 彼らの前に現れたのは、なんと、朧であった。


「お主は……鳳城家の……」


「君、誰?」


 面の男は、朧に問いただす。

 朧は、面の男に迫り、鞘から紅椿を抜いて、面の男に向けた。


「俺は、鳳城朧だ。お前は、何者だ?」


 朧は、面の男の問いに答え、面の男に問いただした。

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