第八話 鳳城家の事情

 朧は、怒り任せに、勝吏に問いただす。

 唐突に、責められた気分になった勝吏は、目を見開き、驚愕した。

 なぜ、朧が、婚約者の件について、知っているのかと思っているのであろう。

 動揺を隠せないのか、勝吏は、体を震わせていた。 


「えっと、朧、それは……誰から……」


「いいから、答えてください!」


 なぜ、知らないはずの事を朧が知っているのか、恐る恐る尋ねようとしたが、朧は、怒りが収まらず、さらに、問いただした。

 その場にいた陸丸達も慌てふためき始めた。

 ここまで、怒り狂った朧は、始めて見たのであろう。

 陸丸達は、急いで勝吏の前に出た。


「お、朧、一旦、落ち着いてくだせぇ」


「そ、そうじゃ!これでは、答えられぬ」


「ここは、深呼吸を……」


 とりあえず、朧の心を落ち着かせようと試みる陸丸達。

 だが、結果は……。


「皆は、黙ってて!」


「はい……」


 やはり、落ち着かせることなど到底できなかった。

 勝吏が、答えるまで、この怒りは、収まらないようだ。

 朧に、怒られてしまった陸丸達は、うなずき、大人しく引き下がることとなった。


「お答えください!勝吏大将!」


 なんと、朧は、いつものように「父さん」と呼ぶのではなく、「勝吏大将」と呼ぶ。

 この呼び方からして、相当、怒っているのが目に見えて分かる。

 少し、混乱しているのかもしれない。

 もう、逃げ場は、どこもないように勝吏には、思えた。


「わ、わかった。答える!答えるから!一旦、座って!」


「……わかりました。絶対に、答えてくださいね」


 ついに、勝吏は、観念し、答えると言って、朧を落ち着かせた。

 朧は、ため息つき、心を落ち着かせ、着席する。

 陸丸達も、安堵した様子で、朧の隣に座っていた。 

 だが、朧は、まだ、静かに怒りを燃やしているようだ。

 さすがに、声をかけても、八つ当たりされるだけであろう。

 そう悟った陸丸達は、黙り込んでしまった。

 勝吏は、冷や汗を手で拭い、深呼吸し、心を落ち着かせ、語り始めた。


「その……婚約者がいるというのは、本当なんだ。お、朧が……旅に……」


「出た後に決まったんですよね?お相手は、千城家の分家の姫君・千城初瀬様でしょう?」


「うっ……」


 しどろもどろになって話す勝吏とは対照的に淡々と問いただす朧。

 もう、朧が、そこまで詳しく知っていると知った勝吏は、言葉を詰まらせる。

 陸丸達は、恐れ多くて、朧の顔を見ることすらできず、ただ、勝吏に助けを求めるかのように、見ていた。

 勝吏は、さらに、冷や汗をかいている。

 相当、追い詰められているようだ。

 それでも、朧は、鬼のように、勝吏をにらんでいた。

 次の答えを待つかのように。


「その……すまなかった!」


 勝吏は、勢いよく頭を下げる。

 それも、頭を畳に着けて。

 勝吏は、反省しているのだ。

 朧に何も言わず、勝手に進めてしまった事を。

 これは、朧にとって大事な事であるはずなのに。

 朧の将来にかかわることだというのに。


「本当は、昨日、言うべきだったと思うておる!だが、どうしても、言えんかったんだ!」


 本当は、勝吏も言わなければと思っていのたが、いざ、朧を目の前にすると言いだせなかったのが本音だ。

 言えば、朧も怒る事は、目に見えている。

 早朝、話そうと思っていたのだが、隊士に呼ばれて話せずじまいであった。

 涙声で謝罪する勝吏を見た朧は、これ以上は、怒れなくなってしまった。

 勝吏が、哀れに思えてならなかったからだ。

 朧もあきれた様子でため息をついた。


「わかりました。頭をお上げください」


「……本当に、すまぬ」


 朧は、ようやく、心を落ち着かせたようだ。

 勝吏も、その事を察したようで、恐る恐る顔を上げる。 

 本当に、朧は、怒っている様子はないようだ。

 陸丸達も、少し安堵していた。

 だが、問題は、ここからと言ったところであろう。


「ですが、俺は、ただ、都に立ち寄っただけです。一か月ほどしたら旅立つ予定ですし」


「わかっておる。じゃが、跡継ぎの事も考えねばならんのだ」


 朧は、柚月と九十九を探すために、旅に出るつもりだ。

 もし、初瀬姫と結婚となれば、旅も難しくなる。

 それだけは、朧も避けたい。

 勝吏も、朧の気持ちは、わかっている。

 だが、鳳城家も問題を抱えている状態だ。

 跡継ぎの事を解決しなければならない。

 当主としての務めでもあった。


――確かに、鳳城家の後を継げるのは、俺だけしかいないって事か……。


 長女の椿は、命を落とし、次期当主であった柚月は、未だ行方がわからずじまいだ。

 となれば、跡継ぎの事で、頼れるのは、朧しかいない。

 それゆえに、婚約の話が持ち上がってしまったのだろう。

 そうであれば、勝吏を責めたところで解決にならない。

 朧は、そう、悟っていたのであった。


「お前の言いたいこともわかる。だが、悠長には言ってられんのだ。じい様達がうるさくてなぁ……」


 柚月の帰りを待っていられなくなったのであろう。

 いや、焦っているのかもしれない。

 真谷親子は追放されてしまった為、本家の後を継げるのは、本当に朧のみだ。

 もし、朧までいなくなってしまっては、跡継ぎが途絶えてしまうと、恐れていたのであろう。

 それゆえに、勝吏の祖父母は、勝吏に婚約の話を進めるよう迫ったのかもしれない。

 朧が、帰ってきた時に、初瀬姫と結婚させるようにと。

 朧も、事情は分かったが、どうしても、柚月達を探したい。

 避けられない事情と譲れない思いの狭間で葛藤していた。


「お気持ちはわかるんですが……」


「何、旅のことなら、心配いらんぞ。初瀬姫も共に旅立たせると話していたからな」


「そ、それって、いいんですか?あちらは、納得されてるんですか?」


「初瀬姫の父・千城江堵せんじょうこうど様が言っておったのだ。問題なかろう」


「いや、そうじゃなくて……」


 問題は、初瀬姫本人がどう思っているかだ。

 いきなり、婚約の話が舞い込み、その上、自分と共に旅立たなければならないなどと聞いたら、困惑するに決まっている。

 それも、本人が納得したとしても、旅は危険な事ばかりだ。

 朧本人が身を持って体験している。

 初瀬姫にそのような事をさせていいのかと、朧は、内心悩んでいた。


「とりあえず、頼む……朧……」


 勝吏は、再び、頭を下げる。

 本当に切羽詰まった状態なのであろう。

 彼の心情を察してか、陸丸達は、朧の前に出た。


「朧、ここは、承諾するしかねぇですぜ」


「跡継ぎの事は、避けられぬ話じゃ」


「勝吏殿も苦渋の選択をしたと思うでござるよ」


 まるで、親心を知っているかのように話す陸丸達。

 彼らに諭された朧は、もはや、言葉が出てこなかった。

 もう、自分が承諾するしかないと考えているようであった。


「……わかりました」


「よしっ!ありがとう!朧!それでこそ、私の息子だ!」


「あーはいはい」


 承諾した途端、すぐに顔をあげ、元気を取り戻したかのように嬉しそうに話す勝吏。

 本当に反省していたのか、切羽詰まっていたのかさえ、疑わしくなるほどに。

 だが、そこを問い詰めたところで、何も変わるはずがない。

 朧は、どうでも、よさそうに、うなずいた。

 あきれながらも。


――なんで、こうなったんだろう……。赤い月、来るんだよね?


 朧は、赤い月の日が迫っている為、帰還したのだ。

 だが、いつの間にやら婚約の話が持ち上がり、何の為に、帰ってきたのかと、朧は、嘆くばかりであった。



 勝吏との話を終えた朧達は、一度屋敷へ戻る。

 だが、朧の表情は、どんより沈んでいるかのように暗い。

 疲れているようだ。

 綾姫達が行方不明だと聞かされたかと思えば、婚約の話が出てきたのだ。

 無理もないだろう。

 陸丸達は、朧を心配するが、落ち着いてはいるようで、大丈夫だと答えた。


「それで、確か、初瀬姫と言う小娘に会うのは、いつになるのじゃ?」


「予定としては、一応、一週間後に顔合わせ、一か月後に輿入れして、婚礼の儀式を行うらしいぞ」


「これまた、早いでござるなあ。もう少し、時間をかけると思ったでござるが……」


「俺が、旅に出るから、多分、早めにやってくれるようにって頼んでくれたんだと思う」


 本当は、赤い月の日が終わり、落ち着きを取り戻したら、やるつもりであったのだろう。

 赤い月の日が、迫っているというのに、婚約の話を進めること自体、傍から見れば、おかしいと思うくらいだ。

 だが、朧は、旅に出なければならない。

 勝吏は、本当に、朧の事を考えてはいるようだ。

 そう思うと、勝吏には感謝しなければならないのだろう。


「しかし、どんなお方なんでごぜぇやしょうね。初瀬姫様は」


「綾姫様の従妹に当たる人だって言ってたな。年も近いって言ってたし」


 初瀬姫の名前は、朧も、聞いたことがある。

 だが、名前だけであり、素性はわかっていなかった。

 千城家の分家は、一度も屋敷を出たことないという噂まで出ているほどだ。

 確かに、彼らの顔を朧は、一度も見た事がない。

 それに、分家の屋敷は、鳳城家の東隣に屋敷が立っている。

 鳳城家の西隣にある千城家の本家の屋敷には、何度も足を運んだことがあるが、分家は一度もなかった。

 何か、理由があるのだろうと思っているが、初瀬姫がどんな人物なのか、朧は予想がつかなかったのであった。


「そうでごぜぇやすかぁ。楽しみで……ごぜぇやすよね?」


「はは、そうだな……」


 陸丸は、一応、朧の様子をうかがいながら、尋ねてみる。

 朧も、陸丸が気を使っている事を気付いていた為、うなずくしかなかった。

 だが、内心は、不安だらけであった。

 本当に、うまくいくのであろうかと。


――本当に、大丈夫かなぁ……。


 朧は、不安に駆られるばかりであった。

 赤い月の事も、自分の婚約の事も……。



 そのころ、山の山頂で布で顔を隠すほど深くかぶっている少女が立ち、都を見ていた。

 布からかすかに見える少女の顔は、幼いように見える。

 銀色の髪に、瑠璃色の瞳が印象的だ。

 その目は、とても、冷酷のように感じられる。

 すると、同じく布を顔を隠すほど深くかぶった青年が、少女の後ろへと立つ。

 その青年は、少女と同じ銀色の髪に、柘榴の瞳を持っていた。


「そろそろ、動く時が来たよ。準備はいい?」


「……問題ない。始める」


「……お前なら、そう言うと思ったよ。……行くよ」


「了解した」


 少女は、青年の問いに対して、淡々と答える。

 青年が、動き始めると、少女も聖印京に背を向けて、歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る