第六話 聖印一族の色男

 朧が、会いに行こうとしていたのは、和巳であった。

 久しぶりの再会に和巳も驚いた様子だ。

 と言っても、驚いているのは、朧が、急成長して帰ってきたからであろう。

 別人ではないかと思えるほどに。


「ひ、久しぶり……いつ帰ってきたんだよ」


「昨日だ。昨日、帰ってきたんだ」


「へぇ、そうだったのか」


 冷静さを取り戻した和巳は、うなずく。

 状況を飲みこめられるようになったようだ。

 それに対して、隣にいた女性は、あっけにとられている。

 それもそのはず、朧は、鳳城家の息子。

 あの鳳城柚月の弟だ。

 朧は、隊士としても優秀だったため、知らない人間はいないのであった。


「和巳様、朧様とは、お知り合いなの?」


「ああ、もちろん。俺の同期だよ。俺の友人」


 和巳は、朧と同期であり、友人だ。

 年も、和巳の方が一つ上だったため、近いこともあり、同じ班に所属していた為、仲がいい。

 それは、今も変わらないようだ。


「そうだったんですかい?」


「俺は、悪友だと思ってるけどな」


「言うねぇ」


 陸丸の質問に対し、朧は、悪友だと思っているようだ。

 もちろん、皮肉を込めているのだが。

 そんなやり取りができるのは、和巳しかいない。

 それほど、仲がいいのだ。

 気の知れた友と言っても過言ではないだろう。


「せっかくだし、俺の部屋に入るか?」


「俺の部屋?」


「ああ、俺、隊長になったんだよ」


 部屋に入るかとさそう和巳。

 だが、朧は、首をかしげる。

 隊士達は、一つの部屋を数人で使っているはずだ。

 ましてや、和巳は、天城家の人間。

 聖印一族は、任務以外は屋敷にいる事が多い。

 と言っても、和巳の場合は、宿舎にいることの方が多かったが。

 それでも、宿舎に自分の部屋があるとは思えない。

 朧は、疑問に思うのであったが、和巳は、片目を閉じて、説明する。

 そう、和巳は、討伐隊の隊長に昇格していたのであった。



 女性と別れ、朧達は、和巳に隊長の部屋に案内された。


「まさか、和巳が隊長になったなんてなぁ」


「まぁ、これも、実力のうちってところかな。俺、優秀だったし」


「はいはい」


 全くもって謙遜する気もない和巳に対して、朧は冷たくあしらう。

 こんなやり取りも久しぶりだ。

 朧と和巳は、内心、懐かしく感じていた。


「そんな隊長が、この緊迫した時に、女の子にちょっかいかけないほうがいいと思うけどな」


「こう言う時だからこそだよ。いつ死ぬかもわからないんだ。後悔したくないだろ?」


「そうですか」


 赤い月の日が迫ってきているにも関わらず、お構いなしに、いつものように女性に声をかける和巳に対して、朧はあきれた様子で指摘する。

 だが、和巳は、反省するどころか、持論を展開する。

 もはや、朧も反論する気が失せて、ため息交じりで、返答する。

 こう言うところも、ちっとも変わっておらず、和巳らしいと思いながら。


「で?そっちは?お供連れてるみたいだけど?」


「俺の仲間だ。陸丸、空蘭、海親」


「どうもでござる」


「どうも、よろしくな」


 陸丸達は、紹介されて、お辞儀をする。

 一応、今は、大人しい。

 彼らの様子を見ていた朧は、内心、安堵していた。

 和巳は、怖がらず、陸丸達に対しても、朧と同じように接し始めた。


「けど、まさか、妖を仲間にしてたなんてな。まぁ、昔から、妖を殺さずに、逃がしたりしてたから、ありそうだとは思ってたけど。どこで仲間にしたんだ?」


「……獄央山だ」


「獄央山って、あの天鬼がいたって言う?」


「うん」


 朧は、うなずく。

 三年前、聖印京を旅だった朧が向かった先は獄央山だ。

 天鬼と死闘を繰り広げ、辛くも勝利した柚月と九十九が、行方不明になってしまった場所。

 調査しても、手掛かりは見つからなかったと知ってはいたものの、朧は、どうしても、自分の目で確かめたかった。


「あの時、兄さん達の事調べてたんだけど、何にも手掛かりが見つからなかったんだ」


 洞窟の中を調べたが、ほとんど瓦礫で埋め尽くされていた。

 地獄の門すらたどり着かないほどに。

 それでも、朧は、調べられるところはくまなく調べたのだ。

 もしかしたら、まだ、何か残っているかもしれない。

 淡い期待を抱きながら。

 何でもいい、何か一つ、手掛かりがあればと願いながら、探したが、結果は、見つからなかった。

 わかってはいたものの、朧は途方に暮れ、獄央山を降りようとしていのであった。


「で、獄央山を出ようとしたら、陸丸達が、人間に殴られてたのを見つけたんだ。それも、妖だからって言う理由で」


「妖に対する理解はなかったからね。俺も、そうだったし」


 あの頃は、今に比べて、妖に対する理解はなかった。

 もちろん、九十九が、聖印京を、人々を救ったのは、理解している。

 それでも、妖に対する憎悪をそう簡単に鎮められる者などいないだろう。

 他の街の人々は、妖は、皆悪だと考えている者がほとんどだ。

 仕方がないとはいえど、朧は、それが悲しかった。

 人を襲う妖ばかりではない事を朧は知っていたからだ。

 そのため、偶然、陸丸達が、人間たちに殴られているのを発見した朧は、人達に止めるよう制止したのであった。


「うん、でも、無意味に傷つけていいってわけじゃない。だから、止めたんだ。その殴ってた人間が山賊だったんだよ」


「で、全員殴り飛ばしたってところか」


「そうそう」


 朧に止められた人間達は、なんと山賊だ。

 おそらく、陸丸達を殺して、毛皮や羽根を、皮などを売ろうとしていたのだろう。

 やめるように言っても、山賊は、食い下がろうとしない。

 それどころか、朧に金目の物を置いていけと、襲い掛かろうとする始末だ。

 そのため、朧は、止むおえなしと判断し、拳一つで、山賊達を返り討ちにしたということであった。


「はじめは、驚いたでごぜぇやすよ。人間が、あっしらのために、人間を殴り飛ばすんですぜ?」


「そりゃあ、驚くわな」


 陸丸達にとっては、驚きだったであろう。

 人間が、自分達の為に、山賊を殴り飛ばしたのだから。

 大体の人間が、放っておくところを朧は、陸丸達を救ったのだ。

 あっけにとられていた陸丸達、警戒するのも忘れてしまうくらいだったという。


「けど、ついていこうって思ったんだろ?」


「行くあてもなかったからのぅ。朧も旅をしておるって言ってたし。誘ってくれたしのぅ」


「恩返しがしたかったでござるよ」


「なるほどねぇ」


 山賊達を殴り飛ばして、追いだした朧は、陸丸達に声をかけたという。

 だが、陸丸達は、ぎこちなくうなずいた。

 それでも、朧は、陸丸達に食料を与え、優しく接してくれた。

 その優しさを感じ取った陸丸達は、朧に恩返ししたいと申し出た。

 すると、朧は、こう言ったそうだ。

 「一緒に旅をしないか?」と。

 それを聞いた陸丸達は、うなずき、旅をする事を決意した。

 朧に恩返しをする為に。

 それが、朧と陸丸達の出会いであり、仲間になった瞬間であった。


「しかし、格闘術も習っておいて、良かったな。役に立ったじゃないか」


「うん。格闘術も身に着けておかないと、身を守れないと思ったからな。……聖印能力が使えないとなると……な」


「まだ、発動できてないのか」


「うん」


 朧は、刀術、陰陽術、格闘術を身に着けており、優秀な隊士であった。

 だが、そんな朧にも悩みがあったのだ。

 なんと、朧はまだ、聖印を発動できていないらしい。

 異能の力の正体も判明していない。

 あの軍師でさえも、見抜けなかったほどだ。

 実は、紅椿を使用しているのも、自身の聖印能力が不明であるからだ。

 宝刀や宝器は、聖印能力と相性がいいように作られている。

 柚月の銀月、天月、真月、椿の紅椿もそうだ。

 そのため、椿の愛刀を借りていたのだ。

 異能の正体がわからず、聖印能力が発動できないのは、異例中の異例と言ってもいいであろう。

 朧も、自覚している。

 聖印一族にとっては、聖印能力を未だ発動できないのは、致命傷であると。

 そのため、朧は、刀、格闘、陰陽術を駆使して今まで戦ってきたのであった。

 聖印能力なしでも、自分の身を守れるように。

 今の朧は、そうするしかなかった。


「まぁ、仕方がないさ。焦ったところでどうにもならない」


「だろうねぇ」


 隊士になった朧は、当初、悩んでいたのであったが、今は、悩んでいる様子はない。

 聖印能力は、心の強さと密接している。

 焦っていても、聖印能力が発動するとは思えない。

 そのため、朧は、焦らず、心身ともに鍛えるしかないと考えたようだ。

 

「あ、そう言えば、透馬ってまだ、屋敷にいるよな」


「え?」


 透馬の事を聞かれた和巳は、驚き、動揺する。

 だが、朧は、彼の様子に気付いていなかった。


「ほら、挨拶しに行こうと思ってさ。あ、あと、先生にも。皆、どうしてるかな」


 朧は、景時と透馬に挨拶しに行こうと思っていたのだ。

 自分が帰ってきたことを報告しようと。

 久しぶりの再会を心待ちにしている朧。

 二人は、どうしているのだろうと気になっているようだ。

 だが、和巳は、黙っていたが、重たい口を開け始めた。 


「……その事なんだけど」


「ん?」


 和巳は、申し訳なさそうに話し始める。

 彼の様子に気付いた朧は、不安を覚えた。

 何か、あったのではないかと。

 嫌な予感がする。

 どうか、この予感が外れてくれるようにと朧は、祈るしかなかった。

 だが、朧の予感は、当たってしまった。


「……透馬達は、ここにはいない。行方不明なんだよ」

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