第五話 椿の香

 聖印京へ帰ってきてから次の日、朧は、部屋で、出かける準備をしている。

 陸丸達は、朧の準備ができるのを待っていた。

 もちろん、大人しく待つことはできず、彼らは、じゃれていたが。


「朧殿、準備できたでござるか?」


「うん、今できたところだ」


 陸丸に呼ばれ、立ち上がる朧。

 部屋を出ると陸丸達が、朧を待っていた。

 相当、楽しみのようだ。

 陸丸達は、目を輝かせている。

 昨日、友人に会いに行くと言ったからであろう。


「しかし、楽しみじゃのぅ。友に会いに行くというのは」


「確かに!けど、綾姫と夏乃に会えねぇのは、残念でごぜぇやすな」


「仕方がないさ。千城家は、儀式で忙しいんだ。落ち着いたら、皆で会いに行こう」


「へい!」


 朧は、景時や透馬に会いに行く予定だ。

 本当は、綾姫と夏乃にも会いたかったのだが、千城家は、儀式で忙しい。

 邪魔をしたくなかったため、会うのを断念したのであった。

 事が落ち着いたら、会いに行こうと決めて。

 朧も、仲間との再会を楽しみにしていたのであった。

 そんな時であった。


「朧!いるか?」


「父さんだ。はい!います!」


 勝吏が、慌てた様子で、朧を呼んでいる。

 朧は、返事をすると、勝吏は、本当に慌てた様子で朧の元へと駆け寄った。

 一呼吸を置く勝吏、その様子を見た朧は、何かあったのではないかと不安に駆られたが、どうもそうではないらしい。

 そう思った理由は、勝吏は、笑っていたからだ。

 不吉な事が起こったわけではないようで、朧は、安堵していた。


「おおっ、良かった良かった。どこかに出かける予定だったのか?」


「姉さんのお墓参りに。まだ、帰ってきた事を報告してなかったので」


 朧は、友人に会う前に、姉の椿の墓参りにも行こうとしていた。

 自分が帰ってきた事、柚月と九十九の事も報告しなければならないと思ったのであろう。


「そうか……。時間、あるか?」


「はい。何でしょうか?」


「じ、実は……」


 勝吏は、朧に何か言いたげな表情を見せてはいるものの、言葉が出てこない様子。

 それも、申し訳なさそうだ。

 どうしたのだろうかと、朧は首を傾げ、話の内容を聞こうとした。

 しかし……。


「勝吏様!」


 女房が、慌てて勝吏の元へと来た為、話は中断されてしまった。


「ど、どうした?」


「すみません。密偵隊の方が勝吏様にお会いしたいと申しておりまして」


「そ、そうか……。すぐ行く」


「かしこまりました」

 

 女房は、勝吏の元から離れる。

 やはり、この時期は、勝吏も忙しいようだ。

 赤い月の日が、近いのだから、当然であろう。

 呼ばれることなどしょっちゅうだ。

 だが、話を中断されてしまった勝吏は、ため息をついているようだ。

 何の話をしたかったのだろうと朧は、内心、気になっていた。


「朧、すまんが、話は、また、今夜だ」


「あの、本堂に行きましょうか?その方が……」


「いや、その……だ、大丈夫だ。私が、そちらに行くから!」


「は、はい……」


 自分が本堂に行くと言う朧であったが、勝吏は、なぜか慌てて自分が行くと言いだし、去ってしまう。


「なんでごぜぇやしたんでしょうか?」


「うーん、どうしたんだろう……」


 陸丸達も気になっているようだ。

 確かに、勝吏の様子を見る限り、何かあったとしか思えない。

 重要な話のようなのだが、どうやら、赤い月の日に関することではないように思えてくる。

 おそらく、赤い月の日に関することならば、昨日のうちに話すであろう。

 柚月と九十九の事も然りだ。

 だとしたら、他に何があるというのだろうか。


「まぁ、今夜、話すって言ってたしいいんじゃないか?」


「確かにそうじゃのぅ」


 今夜、話すということから、緊急ではないようだ。

 と言う事は、あまり気にする必要もないように朧は思えてくる。

 と無理やり、朧は、自分に言い聞かせていた。

 そうするしか、なさそうだから。


「それじゃあ、行こう」


 気を取り直して、朧達は、離れを出る。

 最初に向かった先は、椿の墓だ。

 聖印京の外に出た朧は、少し離れた墓場へとたどり着く。

 一族が眠っている場所だ。

 そこに椿の墓も立っていた。

 朧は椿の墓に花を手向け、手を合わせた。

 陸丸達も目を閉じ、祈りを捧げた。


「姉さん、ただいま。帰ってきたよ」


 朧は、椿に自分が帰還したことを告げる。

 だが、どこか、複雑な表情を浮かべているようだ。

 こうして、帰ってこれた事はうれしいはずなのだが、寂しくも感じていた。


「あ、紹介するね。陸丸、空欄、海親。旅で知り合ったんだ。俺の大事な仲間だ」


 だが、椿を心配させまいとしているからか、朧は、無理に笑顔を作って、陸丸達を紹介する。

 紹介された陸丸達は、慌てて朧の前へと並ぶ。

 それも、嬉しそうだ。

 陸丸達は、朧から、椿の事は、聞かされていた。

 自分達の大事な姉であり、憧れであった事、そして、九十九の想い人であった事を知った。

 十年前の悲劇の事も知っている。

 伝えるべきか否か、朧は、迷っていたのだが、彼らに語った。

 陸丸達に語ったのは、柚月と九十九が、天鬼を討伐しようとした理由を語るには、この事も話すべきだと考えたからだ。


「陸丸でごぜぇやす」


「空蘭じゃ」


「海親でざる。どうか、お見知りおきを」


 陸丸達は、改めて自己紹介する。

 それも、頭を下げて。

 まるで、自分を支えてくれているようだと朧は、感じていた。


「な、皆、いい奴だろ?本当、心強くて、助かったんだ」


 朧は、本当に陸丸達に助けられている。

 彼らが、いなかったら、命を落としていた可能性もあるほど、危険な事があったのだ。

 それも、何度も何度も。

 それに、柚月と九十九が、見つからず、心が折れそうになる時は、必ず、陸丸達が、励ましたくれたものだ。

 必ず、見つかる。朧が、あきらめなければ、と。

 朧は、陸丸達に感謝していた。


「……姉さん、ごめん、兄さんと九十九は、まだ、見つかってないんだ。本当にごめん……」


 朧は、椿に謝罪する。

 二人を、まだ見つけていない事に。

 椿にとっても、二人は、大事な人だ。

 だからこそ、朧は、椿に会わせたかった。

 椿は、二人の帰りを待っていただろうから。


「そういうわけだから、もう少し、紅椿、貸してほしいんだ。……絶対、見つけるから」


 朧は、椿の前で誓った。

 必ず、二人を見つけると。

 すると、陸丸達が、朧の周りを囲むように、歩み寄った。


「安心してくださぇ。あっしらがついてやす」


「任せるのじゃ」


「朧殿は、拙者達が、守るでござる」


 陸丸達は、朧を支えるかのように、椿に告げる。

 彼らが、側にいてくれるだけで、安心する。

 本当に、心強い味方だ。

 彼らは、きっと、朧の支えになるだろう。

 これからも。


「……ありがとう、それじゃあ」


 朧は、椿の墓に背を向けて歩きだす。

 陸丸達も、頭を下げ、朧と共に歩み始めた。

 だが、朧は、ふと歩みを止め、振り返る。

 その理由は、椿の香がしたような気がするからだ。

 この場にいるのは、朧達だけだというのに。

 まるで、椿が励ましてくれているかのように感じた。

 立ち止まった朧を見て、不思議そうに見つめる陸丸達であったが、朧は、再び、椿の墓に背を向けて歩き始めた。

 その背中は、たくましくなったように見えた。



 聖印京へ戻ってきた朧達は、歩き続けた。


「朧殿、今度はどこへ行くでござるか?」


「今度は、天城家……いや……」


「朧殿?」


 行先は、天城家と言いかけた朧であったが、急に黙ってしまう。

 どうしたのだろうかと覗き込む海親であった。


「宿舎に行こう」


「宿舎でよいのか?」


「うん。あいつは、きっと、そこにいるはずだ」


 行先を変更し、宿舎へ向かうと言いだす朧。

 誰に会うかは、陸丸達もわかっていない。

 あいつと言う事は、特殊部隊に所属していた天城透馬ではなさそうだ。

 誰に会うのか、わからないまま、陸丸達は、朧についていった。



 そのころ、宿舎の前で、青年が、一人の女性に声をかけていた。

 その青年の髪は、雪のように白く肩までかかっており、左右の髪の一部を後ろにまとめている。

 瞳は、海のように青い。

 とても、美しい青年だ。

 その瞳に誰もが奪われそうになるほどに。


和巳かずおみ様。今日は、任務ないの?」


「残念、今日も任務が入ってるのさ。赤い月の日も近いからね」


「え~、残念」


 和巳と呼ばれた青年は、女性と戯れている。

 赤い月の日が、近いというのに、全くもって緊張感がない。

 そんな事を気にしていないかのように。


「だから、こうして、会いに来たんだよ。かわいいかわいい……俺の小鳥ちゃんにね」


 和巳は、そう言って、女性に近づく。

 二人が、口づけを交わそうとしていた。

 だが、その時であった。


「やっぱり、ここにいた!」


「え!何?」


 突然、声をかけられた和巳と女性は、驚き、慌てふためく。

 すると、彼らの目の前に、朧が仁王立ちで立っていた。

 それも、三匹の妖を連れて。


「予想通りだな、和巳。相変わらず、まだ、女の子にちょっかいかけてんのか」


「え?誰?なんで、俺の名前、知ってんの?」


 朧は、和巳に対して、あきれ返っているようだ。

 朧が、会いに行こうとしていたのは、目の前にいる青年・天城和巳てんじょうかずおみだ。

 天城家の分家であり、透馬のはとこ。

 朧の同期であり、悪友でもある。

 和巳の性格は、今に始まったわけではない。

 女好きは、昔からであり、朧もよく知っていた。

 だが、和巳は、目を見開き、きょとんとしている。

 隣にいた女性もだ。

 二人は、目の前にいるのが、誰なのかわかっていないようであった。


「誰って、俺だよ。鳳城朧」


「お……朧!?」


 和巳は驚愕する。

 やはり、目の前にいる人間が、朧だと気付く者は、少ないようだ。

 もう、何度目のやり取りであろうか。

 朧は、困惑しつつ、ため息をついた。


「久しぶり、和巳」

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