第四話 語りあえる思い出

「久しぶりだなぁ、朧。一瞬、誰かわからなかったよ」


「お久しぶりですね!師匠!」


 朧は、虎徹の元へ駆け寄る。

 それも、再会を喜んでいるようだ。

 柚月なら、顔を引きつらせていただろう。

 嫌な予感がすると。

 朧は、そんなそぶりを全く見せない。

 師として尊敬しているようだ。

 陸丸達も朧の後を追うように、虎徹の元へと駆け寄った。


「その様子だと、元気にしてたみたいだなぁ」


「はい、おかげさまで。師匠は、どうして、ここに?」


「お前さんが、帰ってきたって聞いたからな。会いに来たんだよ」


「ありがとうございます」


 虎徹は、朧が帰ってきたと聞いて、会いに来てくれたようだ。

 朧は、虎徹にお礼を言って頭を下げる。

 だが、虎徹は、あることが気になっていたようだ。

 それは、朧の後ろにいる陸丸達の事だった。


「それで、そちらさんが、お前さんのお供の妖か?」


「そうです。陸丸、空蘭、海親です」


 朧は、虎徹に陸丸達の事を紹介する。

 陸丸達は、慌てて、虎徹の前へと駆け寄った。

 先ほどとは違って、緊張している様子はない。

 おそらく、この場の空気になれ始めたのだろう。

 陸丸達は、堂々としていた。


「陸丸でごぜぇやす。どうもでごぜぇやす」


「わしは、空蘭。初めましてじゃ」


「拙者は、海親でござる。よろしくでござる」


 陸丸達は、改めて、自己紹介をする。

 虎徹は、きょとんとし、彼らを不思議そうにまじまじと見ていた。


「こらまた、変わった妖を連れてるなぁ。九十九も変わってたけど」


「そ、そうですね……」


 虎徹は、どうやら、陸丸達のしゃべり方が気になったらしい。

 確かに、陸丸達は、他の妖とは違ったしゃべり方だ。

 最初は、朧も驚いたが、今では、慣れてしまっている。

 九十九も、しゃべり方が、どこか独特で、人間らしいように思えたからなのかもしれない。

 そのため、そのしゃべり方は、彼らの個性なのだと感じて。

 独特だが、彼ららしさがにじみ出ているようにも思えた。


「しかし、背高くなったぁ。柚月よりも高いんじゃないか?」


「ははは……どうでしょうねぇ」


 朧は、虎徹から褒められる事は、うれしいと感じていたのだが、柚月と比べられるのは、どこか複雑だ。

 寂しいからではない。

 柚月は、女顔で背が一般男子並み。

 低いわけではないが、高い男子に憧れを持ち、嫉妬すらもしていたように思える。

 もし、ここに柚月がいたらと思うと、虎徹に対して、殺意を抱いていたであろう。

 柚月と再会しても、この事だけは、本人の前で言わないでほしいと願う朧なのであった。


「顔つきも、男らしくなったし。柚月がいたら、いい反応しそうだなぁ」


「はは、はははは」


 と思っていたが、朧は、確信した。

 虎徹なら、ためらいなく、柚月の前で言ってしまうだろう。

 いや、言う気満々だ。

 虎徹は、柚月をからかうのが大好きだったのだから。

 その日が、来てしまうことを朧は恐れ、顔が引きつってしまった。


「で、お前さんは、どのくらい滞在するつもりなんだ?」


「一か月くらいは」


「一か月か。また、ずいぶんと長く滞在するんだな」


「それくらい、油断できないってことですよ。赤い月は」


「そうだな」


 赤い月は、妖を凶暴化させ、多くの人々を殺す力がある。

 朧は、そう思えてならない。

 五年前の、あの赤い月の日は、地獄絵図のように感じたからだ。

 虎徹も、あの日の事ははっきりと覚えている。

 重傷を負い、一度は、死を覚悟していたのだから。


「あ、そう言えば、お前さん、勝吏から話を聞いたか?」


「話?状況なら、聞きましたけど?琴姫様の従妹が儀式の務めを果たすんですよね?」


「そ、そうそう。そういうことだ」


 虎徹に尋ねられた朧は、儀式の事だと思い、聞いたと話すが、虎徹は、どこか反応がぎこちない。

 だが、朧は、何も気付いていなかった。

 この時、虎徹が、尋ねたのは、まったく違う話であった事を。


「それでは」


「おう」


 何も知らない朧は、虎徹と別れ、陸丸達を連れて、去っていった。

 虎徹は、手を振っていたが、まるで、困ったような顔を見せていた。


「あいつ、話してないんだな。あの事、どうするつもりなんだ?」


 虎徹は、そう呟いた。

 何か、心配をしているようだ。

 そう、彼らが抱えているのは、赤い月だけではない。

 それは、朧の人生を変えてしまう話なのだから。



 朧達は、鳳城家の屋敷にたどり着く。

 空は、もうすっかり、夕焼け色だ。

 今日は、忙しかったように思える。

 智以を助け、聖印京へと歩き、勝吏、月読、虎徹と再会したのだから。

 時の流れが、早いと感じた朧達は、屋敷の中へと入っていった。

 すると、奉公人や女房が朧の元へと駆け付け、朧達を出迎えてくれたのだ。

 嬉しそうに出迎える者、涙ぐむ者もいた。

 皆、朧の帰りを待っていたのだ。

 無事に帰ってくるようにと。

 久しぶりに朧に会えてうれしかったのだろう。

 彼らも、自分が帰ってくるのを待っててくれた事を改めて感じた朧は、うれしく思っていた。

 奉公人や女房は、陸丸達も温かく迎え入れ、歓迎してくれた。

 その後、朧達は、離れにたどり着いた。


「ここが、離れですかい?」


「うん、そうだよ」


 朧にとっては、久々の離れだ。

 広々とした空間や庭は、五年も立つが、何も変わりない。

 それは、まるで、時が止まったようにも思えた。


「広々としとるのぅ。広すぎる気がするのじゃが」


「前に、皆でここに住んでたんだ」


「朧殿、皆と言うのは……?」


「ほら、前に話しただろ?特殊部隊の皆」


「おお、そうでござったな」


 そう、五年前、朧は、柚月、九十九、綾姫、夏乃、景時、透馬と共にこの離れで暮らしていた。

 たった、七人でこの広い離れで暮らしていたが、とても、賑やかで穏やかな日々のように思えた。


「皆で一緒に食事て、任務のこととか話したり、あ、兄さんは、よくかわかれてたっけ。兄さん、真面目だったから、いっつも、皆に振り回されてたんだよな」


 朧は、思い出す。

 彼らと共に食事を楽しんだ時の事、景時、透馬、九十九にいつもから変われていた柚月を綾姫、夏乃と共に楽しそうに見ていた時の事、女顔、女々しいと言われ、柚月が、九十九を追い回した事、柚月が、大事な話をしているにもかかわらず、九十九が狐に化けて自分の膝で眠ってしまい、柚月が怒りで、九十九を投げ飛ばし、喧嘩になった事。

 どれも、いい思い出だ。

 だが、今は、思いだせば思いだすほど、寂しく感じる。

 取り残されてしまったように思えて……。


「もう、五年も立つのか……」


 あの思い出からもう、五年も立つ。

 時が立つのは早いように思えた。

 朧の表情が次第に暗くなる。

 そんな彼の様子を陸丸達は心配していた。


「朧?」


「あ、ごめんごめん。つい……」


 陸丸に呼びかけられた朧は、はっとし、謝罪する。

 陸丸達に、情けない表情を見せて申し訳ないと感じながら……。


「謝ることなどないぞ。寂しがるのは、当たり前じゃ。良き思い出なのじゃから」


「そうでござる。けど、朧殿の思い出は、いつか、戻ってくるでござるよ」


「空蘭、海親……」


 空蘭、海親は、朧を励ます。

 今は、寂しく感じてしまうこともあるだろう。

 だが、いつの日か、思い出は戻ってくる。

 柚月と九十九と共に。

 彼らは、そう感じていた。


「あっしらに任せて下せぇ。柚月も九十九も、絶対見つけやす!」


「陸丸……ありがとう」


 陸丸も朧を励ます。

 朧の為に、必ず、柚月と九十九を見つけると朧に誓って。

 彼らに励まされた朧は、心が穏やかになった。

 どんなに苦しくても、前を向いて進める気がした。


「朧様、お食事のご用意ができました」


「あ、できたって。行こう!」


 女房が、朧に声をかける。

 朧は、陸丸達を連れて、女房の元へと走っていった。


――そうだ。絶対に見つける。見つけて、取り戻すんだ!


 朧は、改めて誓った。

 柚月と九十九を必ず見つける事を。



 朧達は、夕食を終え、一休みしていた。


「は~、食った、食った。うまかったでごぜぇやすよ」


「本当にここの食事は、うまかったでござる」


「わしは、もう、おなかがいっぱいで、食べれぬわい」


 陸丸達にとって、ここの食事は、美味しかったようだ。

 たらふく食べ、ご満悦と言ったところであろう。

 確かに、陸丸達は、美味しそうに食べていた。

 その様子を見ていた朧は、とても、穏やかな気持ちで、夕食を共にしていたのであった。


「よかった。喜んでもらえて。五年前の事、思い出したよ」


「聞いてもいいでござるか?」


「うん」


 海親は、朧におずおずと尋ねる。

 おそらく、朧の事を気にかけているだろう。

 朧が、また寂しがってしまわないかと心配なのだ。

 だが、朧はうなずく。

 なぜなら、彼らにも聞いてほしかったことなのだから。


「九十九も、美味しそうに食べてたんだ」


「そうだったんですかい?」


「うん。ほら、俺、呪いにかかって、全部料理を食べれなかったって話したろ?」


「うむ、聞いたことがあったのぅ」


「それを九十九が、全部食べてくれたんだ。美味しそうに」


 朧は、思いだしていた。

 九十九が、陸丸達同様、美味しそうに料理を食べる姿を。

 料理を豪快に食べる九十九は、本当に、人間のようだと朧は、感じた。

 それもまた、朧にとって良き思い出なのであった。


「いい思い出でごぜぇやすな」


「うん」


 朧は、うなずく。

 それも、嬉しそうだ。

 先ほど、陸丸達に励まされたからなのだろう。

 彼の表情を見ていた陸丸達は、安堵していた。


「あ、明日、出かけるけど、皆は、どうする?」


「どこに行くんですかい?」


「そりゃあ、もちろん、皆に会いにさ」


 朧は、笑顔で、陸丸の質問に答えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る