第三話 朧の意思
朧は、三年ぶりに、勝吏と月読と再会を果たす。
勝吏と月読は、変わらず元気そうであった。
それどころか、立派になって帰還した朧を見て、目を見開き、まじまじと見ていた。
久しぶりの再会に朧は、感動していた。
「お久しぶりです。父さん、母さん」
「お、おお……」
久しぶりの再会に感動しているのは、朧だけではなさそうだ。
月読も顔には出さないが、目を潤ませているのがわかる。
そして、勝吏も、感動しているのか、体を震わせているように見えた。
と、思いきや……。
「朧~!」
突然、勝吏が、両手を広げ、朧の元へと走っていく。
いや、突進していくといった方が正しいであろう。
さすがの月読も勝吏の行動に驚愕した様子を見せている。
勝吏は、本当に、突っ込むように飛び、朧に抱き付こうとしていた。
だが、朧は、冷静になり、すっと、よけた。
「ぎゃっ!」
朧によけられてしまった勝吏は、そのまま壁に頭突きしてしまう。
頭をおさえ、うずくまる勝吏。
涙ぐんでいた月読は、勝吏にあきれてしまい、涙がこぼれることなく、ため息をつく。
朧も、勝吏は、まったくもって変わっていないと確信し、あきれ返っていた。
陸丸達は、勝吏の言動に驚きつつも、負傷した勝吏を心配するかのように、歩み寄った。
「えっと……大丈夫ですかい?」
「う、うむ……」
陸丸に声をかけられた勝吏は、うなずき、とっさに振り返る。
なぜかは、知らないが、勝吏は涙ぐんでいた。
いや、もうすでに涙がこぼれ落ちていた。
それは、痛みのせいなのか、はたまた、朧に避けられたからなのか。
どちらでも、いいけれど……。
「なぜだ!朧、なぜ、逃げたのだ!」
「す、すみません……つい……」
なぜか、責められた朧は、勝吏に謝罪する。
そりゃあ、いきなりあんなことをされれば、誰だって避けるであろう。
と、内心、思っていたのだが、朧は喉から出かかった言葉を無理やり、飲みこんだ。
勝吏は、寂しがり屋だ。
朧が、旅立って、寂しがっていたのだろう。
だからと言って、勝吏の言動は、当主、いや大将としてはあるまじき行為でなのだが。
「よしてください、勝吏様。朧も、驚いているでしょう」
「わかっておる、わかっておるのだが……ん?」
月読は、あきれつつも勝吏に注意した。
もちろん、勝吏も、あるまじき行為ではあったとわかっているようだ。
朧を見て、つい、行動に移してしまったのであろう。
反省した勝吏なのであったが、陸丸達に気付いたようで、じっと見ていた。
「お、お主達は?」
勝吏は、まじまじと陸丸達を見ている。
見られた陸丸達は、突如、体を硬直させてしまった。
「えっと……あっしらは……お、朧様のお、共の……陸丸でごぜぇやす!」
「わ、わしは、空蘭じゃ!」
「り、陸丸でござる!よろしく頼むでござる!」
陸丸達は、勝吏に、見られて緊張しているのだろう。
どこかぎこちない。
こんなに緊張した陸丸達は、初めてだ。
いつもなら、堂々としているというのに。
当然なのかもしれない。
こんな父親であっても、勝吏は、聖印寮の隊士を取りまとめる大将であり、鳳城家の当主だ。
おそらく、どこかで威厳を感じたのだろう。
全くないはずなのだが。
「な、なんでごぜぇやす?」
紹介しても、何も言わず、まじまじと見る勝吏に対し、陸丸は、恐る恐る尋ねる。
やはり、妖である自分達が、ここにいては、まずかったのだろうか。
そう考え、不安に駆られていたのだが、勝吏は、再び、当主、大将としてはあるまじき行動に出た。
「かわいいではないか!」
「ぎゃっ!」
なんと、勝吏は、思いっきり陸丸に抱き付いた。
これには、朧達も、月読も再び驚いている。
陸丸は、足をバタバタさせ、抵抗するが、勝吏は、頑なに放そうとしなかった。
それどころか、顔をすりすりしている。
陸丸達を気に入ったようだ。
「何と、かわいらしい妖だ!この者たちが、朧を守ってくれたのだな!」
「く、苦しい……」
勝吏は、思いっきり陸丸達を歓迎しているようだ。
陸丸達の事は、朧から聞いていた為、朧と共に旅をし、朧を守ってくれた彼らに感謝しているのだろう。
だが、思いっきり抱き付かれた陸丸は、息ができない様子。
このままでは、窒息死しかねない。
空蘭、海親は、慌てふためくが、勝吏を止められそうにない。
勝吏を傷つけてしまっては、ならないと迷っているのだろう。
その時であった。
「んぎゃ!」
朧は、陸丸を抱きかかえ、無理やり勝吏から引き離す。
その勢いで、勝吏は思いっきり床に頭を激突させることになった。
二度目の頭突きとなった勝吏は、頭を手で抑え、うずくまる。
だが、朧は、勝吏に詫びることなく、容赦なく微笑んでいた。
「父さん?話をしたいんですけど?」
「お、おお、すまぬ」
笑っているにも関わらず、朧から怒りを感じた勝吏は、慌てて部屋に入り、朧達も、部屋に入る。
だが、勝吏も陸丸達も察していた。
――朧が、黒い……。
と。
心を落ち着かせた朧達は、畳の上に座る。
月読は、ため息をつきながらその様子を見ていた。
勝吏は、場の空気を変えるために、わざとらしく咳をした。
「では、気を取り直して……。よくぞ帰ってきたな、朧。元気にしておったか?」
「はい、おかげさまで」
「本当に、立派になったな」
「あ、ありがとうございます」
勝吏と月読に暖かく迎え入れられた朧は、頭を下げる。
親子の会話は、三年ぶりだ。
先ほどのやり取りは、除外してだが。
とても、懐かしく感じる。
そう、思いたいのだが、朧は、表情を曇らせた。
どうして、伝えなければならないことがあったからだ。
「ですが……兄さんと九十九は……」
その伝えなければならないというのは、柚月と九十九の事だ。
三年間、旅に出て、探したというのに、見つける事はできなかった。
二人に会わせたいと願っていた朧にとっては、どんなに悔しいことだろうか。
朧の事を思うと陸丸達も心苦しくなる。
彼らも、柚月と九十九に会わせてあげたいと朧と共に旅をしていたのだが、見つからず、無力だと感じ、悔やんでいた。
だが、朧の心情を察してか、月読は、温かく、優しく、微笑んでいた。
「朧、そう悲しむな」
「しかし……」
「お前が、立派になって帰ってきた。こんなに、うれしいことはない」
「母さん……」
もちろん、月読も柚月と九十九に会いたい。
だが、朧が、あんなに幼かった彼が、立派になって帰ってきたことは、母親にとってうれしい事だ。
月読は、本当に、心の底からそう感じていた。
「それに、柚月と九十九なら、きっと、見つかるはずだ。聖印寮も捜索を続けている。いつか、見つかるはずだ」
「父さん……」
勝吏も、柚月と九十九は、どこかで生きている。
そう信じる者の一人だ。
聖印寮の隊士も未だ、捜索を続けている。
彼らも、朧と同じように柚月と九十九の行方を探しているのだ。
だからこそ、信じていた。
いつか、二人は、見つかると。
「はい!ありがとうございます!」
二人に励まされた朧は、涙ぐみそうになるが、ここは堪える。
立派になったと褒められたのに、ここで泣いてしまうわけにはいかない。
朧は、うれしさをかみしめ、二人に感謝の言葉を述べた。
「ところで、赤い月の日は、いつ出現する予定ですか?」
「二週間ぐらい後と聞いておる。今回は、琴姫の従妹が儀式を務めることとなったそうだ」
「そうですか」
朧が、帰ってきた理由は、赤い月の日が来ることを予測しての事だ。
勝吏も月読もその事を知っており、朧に今、知っている情報を告げた。
赤い月が出現する日は、二週間後とされているが、思った以上に早い。
だが、もしかしたら、もっと早く出現する可能性もあるだろう。
朧は、思考を巡らせ、あることを勝吏と月読に依頼した。
「なら、一か月ほど、滞在させてはもらえないでしょうか?」
「よいのか?そんな長く……」
なんと、朧は、一か月間、聖印京に滞在させてほしいと告げたのだ。
だが、そんなに長く滞在していいものなのだろうか。
朧の事だ。
赤い月の日が過ぎたら、すぐにでも、再び旅に出たいはず。
それなのに、なぜ、一か月間も滞在したいと懇願したのか、勝吏と月読は、疑問が浮かんだのであった。
「俺がここに戻ってきたのは、聖印京を赤い月から守るためです。ですが、それだけではありません。赤い月の日は、被害が起こるはず。何か、できることをしたいのです。もしかしたら、もう少し、長く滞在するかもしれませんが……」
朧は、一か月滞在したい理由を語り始める。
赤い月が出現すれば、被害は増大する。
五年前や十年前のように多くのけが人や死者がでる可能性もあるだろう。
朧は、聖印京の復興が完了するまで、滞在するつもりなのだ。
人々や妖の為に。
「そうか、そこまで考えていたのか……。しかし、お前達は、良いのか?」
勝吏は、朧の気持ちを理解した。
彼の強い想いに勝吏や月読は、感動していたのだが、陸丸達は、どう思っているのだろうか。
そう思うと、勝吏は、陸丸達にも尋ねた。
「あっしらは、朧についていくでごぜぇやすよ」
「朧が、ここに残ると言うなら、わしらも残るだけじゃ」
「どこまでも、お供するでござるよ」
もちろん、陸丸達も朧についていくつもりだ。
そのために、ここに来たのだから。
彼らの答えを聞いた勝吏は、彼らは、まるで人間のようだと思えてならない。
いい仲間を見つけたと陸丸達に感謝する勝吏と月読であった。
「頼もしい仲間ができたなぁ。よかったな、朧」
「はい」
「鳳城家の離れを使いなさい。屋敷の者には伝えてある。陸丸達の事もな」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
朧は、頭を下げる。
自分の事を支えてくれる両親に感謝して。
話し終えた朧達は、一度部屋を出た。
「立派になったなぁ、朧は」
「そうですね。はじめ見た時は、別人かと思いました」
勝吏と月読は、改めて朧が立派に成長したと感じていた。
二人もまた、柚月と九十九に今の朧を見せてあげたいと思うほど感動していたのだ。
それほどまでに、朧が、身も心も強くなって帰ってきたのだから。
「しかし、あの事……話さないといけないだろうか……」
「まぁ、一応は、話さなければならないでしょうね。先方も朧が帰ってきたことは、報告されるでしょう」
「……そうか。……気が重いなぁ」
「……仕方がありませんよ」
「うむ……」
なぜか、勝吏は、表情が暗くなる。
まだ、朧に話していないことがあるようだ。
月読も、どこか、困ったような表情をしていたのであった。
二人が、そんな会話をしているとは知る由もない朧達は、外に出ようとしていた。
「緊張しやしたぁ……」
「わしもじゃ……」
勝吏と月読の会話を終えた陸丸達は、息を吐く。
相当、緊張していたようだ。
「だろうね、でも、前よりは、話しやすくなったんだよ」
「本当でござるか?」
「うん、特に母さんは」
朧は、月読の表情を思いだす。
彼女は、以前と比べて、表情が和らいでいるように見えたからだ。
自分と九十九の裁判が決着して以降、彼女は変わった。
おそらく、牡丹と和解したからなのであろう。
あんなに厳しかった月読が、自分をほめて、励ましてくれている。
朧は、それが、うれしく、励みになっていた。
そんな時であった。
「朧殿、誰かいるでござるよ」
「ん?」
海親が入り口付近で誰かがいる事に気付いたようだ。
朧は、入口の方を見ると確かに人がいる。
それも、自分達を待っているかのようだ。
近づくと、その人物が、誰なのか、朧は、気付いた。
「よう、朧」
「師匠!」
彼らの目の前にいたのは、虎徹だ。
なんと、朧は、虎徹とも再会を果たしたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます