第二話 三年ぶりの帰還
朧は、門をくぐるため、陸丸達を一度、石の中へと入らせる。
景時が、天次を召喚する時に使っていた石と同じだ。
朧は、旅に出る時、もしかしたら、妖を仲間にするかもしれないと思い、その石を月読から譲り受けていたのであった。
「ほら、出すぞ」
門を潜り抜け、ある程度進んだ後、朧は、陸丸達を石から出す。
陸丸達は、解放されたかのように、外に飛び出した。
「ふー、あの石の中は、窮屈じゃわ」
「仕方がないでござるよ。我慢するでござる」
「わかっておる」
「ごめんな。結界が、張ってあるから、こうしないと入れないんだ」
聖印京は、未だ、結界を張ってある。
当たり前の事なのであろう。
聖印京は、安全な場所でなくてはならない。
もちろん、ここの人々は、いい妖もいる事を知っている。
それでも、命を奪うために、人間を襲撃する妖の侵入を防ぐために、結界を張らなければならなかった。
朧もその事をわかってはいるものの、こうでもしないと陸丸達を聖印京に入れてやれないのが、心苦しかった。
「まぁ、わしらは、妖じゃからの」
「あっしらが、こうして、受け入れられるようになっただけでも、ありがたいのかもいしれねぇですぜ」
「うん」
陸丸達も、自分達が、妖である為、石の中に入らなければ、聖印京に入れない事は、承知の上のようだ。
と言っても、妖が入れないというわけではない。
妖を連れている者は、許可証を手にしていれば、妖を聖印京へ入らせることができる。
朧も、勝吏から送られてきた許可証を手にしていた為、陸丸達を聖印京へ入らせることができたのだ。
そのためか、聖印京の中でもちらほら、妖を見ることができる。
それも、人々と共に。
聖印京も、少しずつではあるが、変わりつつあるのだと、朧は改めて実感した。
「あ、朧殿、あれ!」
「ん?」
海親が、何かを発見したようで、朧を呼ぶ。
朧は、視線を海親が見ている方法へと向けると、隊士達が、妖を連れて、聖印門へと向かっている様子が目に映った。
「本当に、妖を連れていってるんだな……」
朧は、旅の道中で、月読から手紙を受け取り、聖印京の状態を知ったことがある。
少しずつではあるが、人々は、妖を受け入れ、共に暮らすようになった事、隊士達も妖を受け入れ、共に戦うようになった事。
まだまだ、時間はかかるが、人と妖が共存する日も近いと考えていると、そう手紙には記されていた。
その手紙を読んだ朧は、うれしく思っていたのだが、先ほど、隊士達が妖を連れているのを目にした時、改めて、人と妖の共存が叶いつつあることを実感していたのだ。
「柚月と九十九にも、見せてやりてぇですなぁ」
「うん」
朧は、常に思っていたことがある。
人と妖が共に暮らしているのを目にした時、柚月と九十九がこの場にいたら、どんなに、喜んでいただろうかと。
いや、喜んでくれるだろうと思っていた。
なぜなら、人と妖が共に暮らしていけるようになったのは、柚月と九十九のおかげだからだ。
彼らが、命がけで、天鬼を討伐したからこそ、実現した。
だが、どこに行っても彼らはいない。
そして、聖印京にも。
そう思うと、やはり、寂しい。
そんな朧の心情を悟ったのか、陸丸は、朧に語りかける。
彼らも、柚月と九十九に見てほしいと願っていたからだ。
朧は、静かにうなずいた。
そして、誓ったのだ。
必ず、二人を見つけると。
朧達は、進み始める。
あたりを見回すが、やはり、街は、賑やかだ。
そこは、あの頃と変わらない。
前と同じだ。
朧は、そう思うと、穏やかな気持ちになった。
すると、料理のにおいが、近づいてくる。
陸丸は、その匂いを嗅ぐと、上機嫌になって歩き始めたのであった。
「いいにおいがしやすなぁ。朧、ちょっと店に……」
「立ち寄らないぞ。行くところがあるから」
「やっぱり」
「我慢せぬか」
「へいへい」
陸丸は、朧を店に向かわせようとするのだが、止められてしまう。
朧が、目指している場所は、店ではないようだ。
陸丸は、がっくりとうなだれると、またもや空蘭に言われてしまう。
だが、陸丸は、口を尖らせつつも、我慢してうなずいていた。
「それで、朧殿、どちらに?」
「父さんと母さんの所さ。陸丸達の事も紹介しないと」
「わしらの事を紹介してくれるのか?うれしいのぅ」
「うん」
朧が、目指す場所は、勝吏と月読がいる場所、つまり、本堂のようだ。
勝吏と月読には、手紙で、今日、帰ることを伝えてある。
もちろん、陸丸達を連れてくる事も。
その後、勝吏から、月読と本堂で待つと返事が来たのだ。
久しぶりの両親との再会に朧は、内心胸を弾ませた。
柚月と九十九の事を話さなければならないと思うと少し、気が重いが。
「皆に会うのが楽しみだって言ってた。もしかしたら、美味しい料理も出るかもな」
「なぬ!それなら、早く行きやしょう!」
「こら、またぬか!」
勝吏達は、陸丸達を歓迎してくれるはず。
だから、そこで、ご馳走を食べれるだろうと陸丸に告げると、陸丸は、嬉しそうに駆けだしていく。
空蘭は、注意するように陸丸を追いかける。
朧も海親も、あきれつつも陸丸と空蘭を追いかけ、本堂へ向かった。
しばらくして、朧達は、本堂へとたどり着いた。
「ここが、本堂。父さんと母さんがいる所だ」
「ここにご馳走が……」
「すぐには、出ないと思うけど」
「そうですかい……」
すぐに料理が出るのかと思ったのだろう。
陸丸は、また、がっくりとうなだれる。
朧達は、苦笑していた。
だが、朧は、本堂へ近づくにつれて、入口に立っている隊士達の視線が気になっていた。
おそらく、自分が陸丸達を連れているのが、気になっているのだろう。
見知らぬものがいると警戒しているのかもしれない。
名を名乗れば、通してくれるとは思うが。
「あの、すみません」
「ん?見かけない奴だな……。名を申せ」
「あ、申し遅れました。鳳城朧です」
「ほ、鳳城朧!?」
朧の名を聞いた隊士達は、慌てふためく。
当然だ。
朧は、鳳城家の息子。
そして、天鬼を討伐した柚月の弟だ。
朧を知らないわけがない。
目の前にいる人物が、朧だと気付かなかったようだ。
それほど、朧は、急成長したという事だ。
「し、失礼いたしました!少々、お待ちくださいませ!」
一人の隊士が、慌てて本堂の中へと入っていった。
「朧、何したのじゃ?あ奴、朧の名を聞いて、慌てたが?」
「いや、何もしてないんだけど……」
隊士の慌てる様子を見て、空蘭は、不思議に思ったのだろう。
朧に尋ねてみるが、朧もなんと答えていいのか、わからず、困惑していた。
だが、すぐに、隊士は、朧の元へと戻ってきた。
「お待たせいたしました!さあ、こちらへ!」
「あ、あの、陸丸達は……」
「その妖達の事も、伺っております。ご案内しろと勝吏様から」
「そうですか」
「さあ、どうぞ!」
朧達は、隊士に案内され、本堂の中へと入る。
中へ入った途端、隊士達が、一斉に朧達に視線を向けた。
「なんか、見られてますぜ、朧」
「もしかしたら、朧殿ではなく、拙者たちが見られてるのかもしれないでござる」
「ふん、堂々としておればよいのじゃ」
「そう言われたって、気になってしょうがねぇんですぜ」
おそらく、隊士達は、朧と陸丸達の両方を見ているのだろう。
朧は、三年ぶりに帰ってきたのだ。
それも、男前になって。
彼らは、目の前にいる朧が、別人のように思えてならないのであろう。
さらに、朧は、陸丸達を連れて、本堂を歩いている。
妖を受け入れてはいるものの、気になって仕方がない様子だ。
最も、気になって仕方がないのは陸丸の方らしいが。
「もう少しの辛抱だ。ほら、着いたぞ」
朧達は、勝吏と月読がいる部屋の前へと立ち止まった。
「では、失礼いたします」
「ありがとうございました」
朧達を案内した隊士は、頭をさげ、持ち場へと戻っていった。
「いいか?絶対、大人しくしてろよ?でないと、ここから、追いだされるぞ」
「わかっておりやす!な?」
陸丸に尋ねられた空蘭と海親は、うなずいた。
それも、何度も。
「本当かな……」
朧は、どうも、彼らを信じていない様子だ。
なんせ、何度も彼らは、喧嘩している。
特に、陸丸と空蘭が。
朧は、大丈夫だとは、思いたいが、半信半疑であった。
とりあえず、今は、信じることにした朧なのであった。
「失礼します」
朧は、御簾を上げた。
すると、部屋には、勝吏と月読が、朧達を出迎えてくれた。
「おお、朧か!」
「待っていたぞ、朧」
「ただいま帰りました」
朧は、三年ぶりに勝吏と月読の元へ帰還した。
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