第一話 故郷へ

 最後の一匹の妖を気絶させた朧達は、化け狸を連れて、華押街へと入っていく。

 陸丸達が、華押街へ入っていっても、恐れる者はいない。

 五年前に、九十九が、柚月と共にこの街を救ったことで、ここの街の人々は、妖を受け入れるようになったのだ。

 そのためか、数匹の妖が、人々と家族のように接しているのを見た朧は、柚月と九十九に見せたいと願っていたのであった。

 そして、たどり着いたのは、牡丹の店であった。

 朧達が化け狸を連れて帰ってきたと知った牡丹と凛、そして、保稀は、朧達を出迎える。

 牡丹は、ますます、美しさに磨きがかかり、妖艶だ。

 あの頃と変わらず、若く見える。

 凛は、五年前よりも、大人びていて、美しくなり、成長している。

 保稀も、美しくなっていた。


「朧はん、ありがとうね」


「助かりました」


「いえ、ご無事で何よりです」


 朧にお礼を言う牡丹と凛。

 すると、陸丸が、勢いよく朧の前に出た。


「あっしも、大活躍したんでっせ!」


「ふん、わしの方が、陸丸より活躍したわい」


「二人ともやめるでござるよ」


 陸丸が、自分も活躍したと牡丹に告げると、空蘭があきれて前に出る。

 しかも、陸丸よりも活躍したと告げて。

 そんなやり取りを見ていた海親は、二人にあきれながらも、制止した。

 こんなやり取りは、いつもの事だ。

 牡丹も凛も知っている。

 朧が、彼らを連れて、何度も彼女達の所へ足を運んでいるからだ。

 朧は、あきれて困り顔となっていたが、牡丹と凛、保稀は、ほほえましく思ったのか、ふと笑みをこぼした。


「ええ、知ってるわ」


「ほんに、ありがとうな。ほら、智以ちい。あんたも、お礼言ってや」


「うん、本当に、ありがとう!朧!」


 智以と呼ばれた化け狸は、牡丹と凛と共に暮らしている妖であった。

 話によると二年前に出会ったらしい。

 智以が、外で、おなかをすかせて、うずくまっていたため、妖とわかっていながらも、牡丹が、食べ物を智以に与えたところ、すぐに懐いたとか。

 そんな智以を放っておけず、牡丹は、智以を家族として迎え入れることとなった。

 それ以降の事だ。

 華押街で、数匹の妖達が家族として、迎え入れられたのは。

 智以は、朧達にも、懐き、今では、友のように接していた。


「どういたしまして。もう、勝手に一人になるなよ」


「わかってるって!」


 朧に忠告された智以は、元気よくうなずく。

 智以は、牡丹達と外で出かけている頃、好奇心がうずいて、一人であちこち行ってしまったらしい。

 そこで、妖達に目をつけられ、さらわれてしまったそうだ。

 朧達が、近くを通りかかったおかげで、智以は、助けられたが、そうでなければ、智以は、危険な目に合っていた頃だろう。

 そう思うと、牡丹達も朧がいてくれて助かったと心から感謝している。

 智以も、それなりに反省はしているようで、朧達に感謝していた。


「にしても……」


 突然、牡丹は、朧の顔をまじまじと見る。

 朧は、どうしたのかと思い、あっけにとられていた。


「なんでしょうか?俺の顔に何かついてます?」


「いや、男らしくなったと思うてな。柚月はんは、美男やったけど、朧はんは、男前やなぁ。惚れ惚れしてしまうわぁ」


「あ、ありがとうございます」


 牡丹にべた褒めされ、朧は、困惑した様子で、笑っていた。

 確かに、五年前に比べて、朧は、男らしくなった。

 それは、顔つきだけではない。

 朧の声は、声変わりを経て低くなり、男らしさを感じる。

 言葉遣いも、五年前は幼く感じたが、快活で男らしい言葉を使うようになった。

 一人称は、「僕」から「俺」に変わっている。

 さらに、兄と同様、朧は、強くなった。

 まさに、急成長と言えるであろう。

 だが、朧本人は、まったく自覚がなかった。

 それもまた、朧の良きところなのであろう。


「それで、これから、どないするんや?」


 牡丹は、朧に、尋ねる。

 朧は、華押街を立ち寄っただけのようだ。


「一度、聖印京に戻ろうと思ってるんです。陸丸達を連れていってやりたいと思ってたんで。それに……」


「それに?」


「赤い月の日が、そろそろだと思うんです。確証は、ありませんが……」


「そやなぁ。心配やもんなぁ」


「はい」


 五年に一度訪れるあの赤い月の日が、再び到来する。

 天鬼の支配から解かれた妖達は、一斉に襲ってくるとは、思えないが、万が一という事もある。

 朧は、ある人物から赤い月の日が、もうすぐ来ると予知されたと聞かされ、戻ることを決意した。

 もちろん、陸丸達を連れて。


「そろそろ、行きます。ありがとうございました」


「きいつけてや、勝吏達にもよろしく言っといて」


「また、遊びに来てくださいね」


「はい」


 そろそろ、朧は、出立するようだ。

 陸丸達を連れて、三年ぶりの故郷へと帰るために。

 牡丹も凛も、そして、智以も、微笑んでいた。


「あ、兄さん達がここに来たら、教えてもらえますか?」


「わかっとるよ」


「絶対に、教えるから!」


「ありがとう。それじゃあ」


 朧は、頭を下げ、背を向ける。

 陸丸達も、頭を下げ、朧と共に歩き始めた。

 牡丹達は、手を振って、朧達を見送る。

 彼のたくましい背中が、見えなくなるまで。

 

「ほんに、男前になったねぇ、あの子は」


「はい。柚月さん達にも見せてあげたいくらいです」


「……ほんまやね。いつ、会えるんやろうか」


「……本当にね。早く、会えたらいいのに」


 本当に、朧は、立派に育った。 

 それも、男前になって。

 牡丹達も、久しぶりに朧と会った時は、別人だと錯覚したほどだ。

 だが、まだ、朧は、柚月と九十九に会えていない。

 それでも、朧は、あきらめず、探し続けている。 

 そんな朧を健気に思い、いつの日か、朧が、柚月と九十九に会えることを心から祈っていた。



 朧達は、先へ進む。

 目指すは、朧の故郷聖印京だ。

 三年前、朧が聖印京を出てから、まだ一度も帰っていない。

 そのため、勝吏や月読に会うのを楽しみしていたのだ。

 もちろん、赤い月の事もあるため、不安はあるが。


「のう、朧。その聖印京と言うのは、どんなところなんじゃ?」


「にぎやかで、楽しいところって感じかな。皆もきっと気にいるはずさ」


「それは、楽しみでござるなぁ。朧殿の故郷に早くいきたいでござる」


 朧の話を聞いた陸丸達は、楽しげに語る。 

 聖印京にたどり着くのが待ち遠しいようだ。

 朧も、彼らに早く、聖印京を見せてあげたいと願っている。

 賑やかで暖かな聖印京を。


「で、その聖印京って言うのは、どこなんですかい?」


「まだ、先だ」


「まだ、先ですかい」


 まだ、先だと聞かされた陸丸は、げんなりしている。

 確かに、華押街を出発してから、時間が立っている。

 歩き疲れているわけではないが、楽しみを先延ばしにされた気分なのであろう。

 そんな陸丸の様子を見ていた朧は、笑みを浮かべて、語りかけた。


「西に比べたら、近いほうだって」


「そうじゃ、もう少し、しんぼうせい。情けないのぅ」


「何をぉ」


 空蘭が、諭すように陸丸に言うと、陸丸が空蘭に突っかかっていく。

 二人は、いつものごとく、火花を散らせて、一触即発になるが、朧と海親は、無視して歩いていた。

 さすがに、何度も止めるのは、疲れたからである。

 それに、いつものように、そのうち治まると予想して。


「朧殿」


「ん?」


「久々の故郷と言うのは、どんな感じなのでござるか?」


「そうだな……。ちょっと、複雑かもしれないな」


「そうでござるか……。申し訳ないでござる」


 海親は、朧に謝罪する。

 なぜ、朧が、複雑な思いを抱いているか、察したからだ。

 おそらく、柚月と九十九の事であろう。

 彼らを探して旅立ったというのに、まだ、見つかっていない。

 勝吏達、そして、綾姫達になんと話そうかと、考えているのかもしれないと思うと、心苦しかったのだ。


「謝らなくていいって。それに、ちょっと、楽しみでもあるんだ」


「そうでござるか?」


「うん。皆、どうしてるかなって、気になってたし。だから、楽しみなんだ」


 確かに、まだ、見つかっていない事を告げるのは、複雑な気分ではあるが、あれから、聖印京の皆がどうしているのか、朧は、気になっていた。

 だからこそ、会うのを楽しみにしていたのだ。

 それに、彼らなら、陸丸達を快く迎え入れてくれるであろう。

 朧は、そう思っていた。


「ほら、着いたぞ」


 朧は、ふと立ち止まる。

 彼に続いて、陸丸達も立ち止まり、聖印京を眺めた。


「ここが、聖印京ですかい」


「うん」


 彼らの目の前にそびえたつのは、聖印京。

 朧の故郷だ。

 巨大な聖印門が朧達を出迎えてくれているように見える。 

 その奥に見える街並み、さらに奥に立ち並ぶ立派な本堂を囲んだ屋敷。

 どれも、懐かしい風景だ。

 三年たっても、変わっていないように、朧は、感じていた。


「いいところじゃのう」


「中々、広いでござるな」


 陸丸達も、聖印京を見て、あっけにとられているようだ。

 ここで、朧が育ったのかと思うと感慨深いのだろう。


「……もう、三年になるんだな。俺が、ここを旅立ってから」


 朧は、聖印京を見て、懐かしく感じていた。

 未だ、柚月と九十九が見つかっていない事に、寂しさを感じながら……。


「帰ってきたよ、兄さん、九十九……」

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