第1章 魔術師のステンドグラス_2

 カーティスは用事があるらしく、けてしまった。そのままばんさん会におもむくので、もどりは明日になると言う。残されたジルはライナスとともに、三階へ上がった。

 ニヤニヤもヘラヘラもしていない彼の様子は、ジルの想像からかけはなれていた。むしろ感情のすべてをどこかへ置き忘れてきたかのような、終始冷ややかな態度なのだ。

(社交の場で女性を相手にしたら、変わるのかしら。でも、そうも思えないのよね。おかしいわ)

 首をかしげそうになるジルに、ライナスは事務的に言った。

「ここが君の部屋だ。トランクを置いたら銀王宮を案内するよ。一度で覚えてくれ」

「はい」

 芸術棟とうの三階、南東のこぢんまりとした部屋だが、窓からは庭園が見下ろせた。

 なが、テーブルと二脚きやくの椅子、クローゼットなどの調度品はどれもらしく、シングルサイズのベッドはてんがい付きだった。ふっくらとベッドメイクされた純白のリネン類も、上質だと一目でわかる。

 ジルがゆかにトランクを置くと、室内に入ったライナスは、なぜか奥にあるドアに向かった。

「あの……ライナス様、どちらへ?」

「僕の部屋だ。この格好では出歩けないからね。ベストと上着がいる」

 あっさりと答えたとたん、ドアの向こうへ消えてしまった……って?

(……え? ここは私の部屋で、その奥のドアの向こうがあの方のお部屋……なの?)

 思考停止でしばらく固まっていると、今度はろうから声がした。

「君、案内する。こっちだ」

 り返ったジルは、上着のそでに腕を通す彼を見て、混乱のあまりそつとうしそうになった。

「ま、待ってください! あの、どういうことですかっ」

「なにが?」

「あ、あなたのお部屋と僕の部屋は、つながっているのですか!?」

「そうだけど?」

 しゆんさつ。なぜ、これだけの広さがある建物内にあって、この部屋がジルにあてがわれたのか。

「い……いままでの助手の方も、ここに?」

「ああ。なにか不都合でも?」

 ジルは絶句した。そうめいかしこいとの父からの褒め言葉が、この瞬間無ざんくずれ去るのをジルは感じた。もうダメだ、さすがに冷静でなんていられない。

「お部屋、たくさん、ありますよね……?」

「どこもだれかしらの物でふさがってる。空いているのはここだけだ。もしかして君は、僕がなにかぬすむとでも思っているのか」

ちがいます! そうじゃないです、けっして! ただ……」

「ただ、なに?」

「か、かぎは……鍵はついていないのですか」

「ないよ。ここはもともとペットの部屋だ」

「ペ……え?」

 ライナスは面倒そうに髪をかき上げた。

「ここが僕たちのアトリエになったのは、三年前からだ。もとは廷臣のサロンで、愛犬といつしよ宿しゆくはくできるよう、設計されたままになっている」

 その廷臣のサロンはとうよくに移築され、ここが彼らのアトリエになったらしい。実家のジルの部屋よりも、愛犬の部屋のほうが広くて立派だなんて、どういうことなのか。

 それに輪をかけて、鍵もつけずに助手を住まわせて、平気でいる彼のことが心底信じられない。

(マイペースどころじゃないわ。この方はもしかして、とっても適当なのでは……?)

 ライナスはどうだにしないジルを見ると、けげんそうにまゆを寄せた。

「いったいどうしたって言うんだ。いままで君のように、文句を言う助手はいなかった。誰しも学舎で男子寮りようの経験があるからね」

 あきらかにしんがられている。このままをとおしたら、いよいよかくしきれなくなりそうだが、最後に一つだけ問いたい。

「カ、カーティス様が、なんとかしてくれるのではありませんか。建築家ですし」

「べつにこのままで、不便を感じたことはない。そもそも僕は、あまりここできしないんだ。しきに戻ることが多いし、部屋にたいした物も置いていない。カーティスの手をわずらわせることもないだろう」

 そうなのかと、ジルはホッとした。それならば、気にむことはなにもない……たぶん。

「わかりました。細かいことをたずねて、申し訳ありませんでした」

 部屋を出たジルは、ドアを閉めた。他人に興味がないとの情報どおり、彼はジルをいぶかるでもなく、それ以上追ついきゆうしてはこなかった。



 おたがいの作品や言動に、なるべくかんしようしない。それが芸術棟のルールだそうだ。

 芸術棟はあくまでも各個人のアトリエであり、四人は友人でも仲間でもない。国王たっての希望で集まっただけのあいだがらだと、ライナスは説明した。

「芸術棟には専用の使用人がいない。僕らそれぞれの従者も連れていない。大勢の人間が集まれば、それなりにいざこざが生まれる。アトリエにそんなさわがしさはいらないからね」

 彼らが国王に引き立てられ、ここをアトリエとした三年前から、互いのあるじを尊敬する従者同士のけんが絶えなかったらしい。その騒がしさにいやがさした主たちは、半年前から従者の立ち入りを禁じ、その代わりに一人の助手を共有することにしたのだそうだ。

「芸術棟にいる間は、完全に一人になって創作にぼつとうできる。貴重な時間のじやをされたくないし、身なりを整える程度のことは自分でもできる。それに、僕たちには貴族としての仕事もあるから、領地へ行くこともあるし、屋敷へ戻るのも日常茶はんだ。従者にはそのときに、仕事をしてもらえばいい。だからここにいる間は、一人の助手でこと足りるんだ」

 芸術棟にいる間は、一人の芸術家としての顔。屋敷へ戻ったときは、従者をともなう貴族としての顔。過ごす場所で二つの顔の区別をしているのだと、ジルはなつとくした。

(私の仕事は、貴族としての彼らではなくて、芸術家としての彼らを支えることなんだわ)

 ライナスは歩きながら続けた。

「決まった日に王宮の使用人がそうに来てくれるから、掃除はしなくていい」

「わかりました」

「食事は王宮の料理長が用意してくれる。君にはそれを、ちゆうぼうから食堂まで運んでもらいたい。でも、レイモンドは創作に没頭して食事をよく忘れるから、彼の分だけはしよさいに運んで、無理にでも食べてもらってくれ」

 レイモンドとは、残り二人のうちの一人。作家であり音楽家でもある人物の名だ。

「はい。でも、ほかの方は今、どちらに?」

「ピアノの音程がくるっていて、レイモンドは屋敷に戻ってる。調律師が昨日修理してくれたから、明日には来るかもしれない。アンドリューはアーヴィル地方から戻ったばかりで、まだ屋敷にいるんだろう。彼もそろそろ来るはずだ」

 アーヴィル地方は、名職人を多数輩はいしゆつしていることで有名だ。おそらく仕事で向かっていたのだろうと、ジルは予想した。

 食事を運ぶこと以外にも、助手の仕事はある。週に二日、決まった曜日と時間に芸術棟は開放されて訪問者を招く。そのとき、誰を通し誰を帰すかの判断が任される。そのほか、用事を言いわたされた場合は順番に手早くこなし続け、夜の食事を食堂に運んで一日が終わるのだ。

「明日、開放される日ですね」

「たいていの人は通してかまわない。ただ、僕に会いに来た女性だけは、誰であっても通さないでくれ。僕には身に覚えのない女性ばかりだからね」

 素っ気なさに輪をかけて、冷たくき放すような語調だった。

(身に覚えがないだなんて、さすがにおかしいわ)

「お……つきあいをされている〝方々〟……に、お会いしないのですか?」

 ジルをするどく流し見たライナスは、はじめて皮肉げにんだ。

「なるほど。君は新聞の記事をみにしていたわけだ」

 ジルはまどった。あの記事は、うそなのか?

「も……申し訳ありませんが、そうです。ではあれらの記事は、真実ではないのですか」

 歩みを止めることなく、ライナスは単調に答えた。

「社交の場で、ごくたまに笑むことがある。東洋の絵画がかざられていたり、めずらしいものを目にしたときなんかにね。そういうときに女性と目が合うと、自分にれて笑いかけてくれたのだとかんちがいさせてしまうらしい。で、そういった女性が集まると、僕を取り合い騒ぎが起こる。それを聞きつけたどこかの記者が、おもしろおかしく書きたてるというわけだ。貴族のゴシップはよく売れるそうだからね。助手の女性関連も同じだ。自分のめいのために言っておくが、僕はなにもしてない。真実は以上だ」

 なおに落ちた。これほどの容姿とかたきの相手を、女性たちがほうっておくわけがないのだ。ただ女性にモテていただけなのに、記者の手によって大げさならくに変わっていただなんて、思いもしなかった。事実、げきの少ない暮らしのなかで、そういった記事はジルにささやかな楽しみを提供してくれていたのだ。ずかしさでいたたまれなくなり、ジルはもうせいした。

「僕はずっと、記事を信じておりました。出過ぎたことを言って、失礼いたしました」

「かまわない。そういうわけで、女性は誰も通さないでもらいたい。わかったね」

「はい。……けれど、新聞社にこうしてはいかがですか」

「僕にとってはまつなことだ。彼らの食いうばうつもりはないし、なによりどうでもいい」

 ライナスの口調はしん的でやわらかいが、態度は常にぶっきらぼうでれいたんだ。助手がわるたびに、同じように接してきたのだろう。不親切でおざなりな案内から、へきえきしているのがよくわかった。

 足をみ入れてはならない王族の居住区は、口頭で位置を説明しただけ。季節やもよおしもので替わる絵画やちようぞうが保管されている宝物棟とうは、とびらを指さして通り過ぎただけだ。

 その後、厨房へ向かう。料理長や使用人たちとのあいさつを終えると、次の書庫が最後だと彼は告げた。

「覚えただろうね」

「はい。いまのところは」

「それはいい。こっちだ。早く終わらせたい」

 こちらを思いやる様子のない言動だが、男性に親切にされたことのないジルには、むしろ心地ここちよかった。興味をもたれるよりも、空気のようにあつかってもらったほうがやりやすい。バレる可能性がその分減るからだ。そう思うと、いつもの落ち着きと冷静さがもどってきた。

 書庫へ向かうろうのいたるところに、歴代の王族やえいゆうたちのしようぞうが飾られていた。

 優美な調度品、とうかんかくに配されたかつちゆう。それらをすみずみまでわたしながら、ここは本当に銀王宮のなかなのだとジルは実感した。

 夢のようだといきをついたとき、貴族然とした身なりのそうねんの紳士が、一枚の絵画を前にして立っているところに出くわした。ライナスは立ち止まることなく、彼のうしろを過ぎる。ジルもあとに続いたが、銀細工のがくぶちに守られた絵画を見たしゆんかん、無意識のうちに足が止まった。

 光りかがやくシフォンを身にまとい、おどる等身大のがみ

 四人の天使が彼女を守護するように囲み、イルタニアをしようちようするしろはとを女神に差し出している。純白のかべえる、そのやくどう的なげんそう世界に、ジルはいっきに引き込まれた。

(なんて美しいの。これはきっと、王女殿でんこんやくを祝福しているものだわ)

 ライナスを追いかけることも忘れて、ジルは見とれた。そんなジルに気づいた壮年の紳士が、ふとり返る。ジルをれいに無視すると、廊下の奥を向きにんまりと笑んだ。

「これは、ロンウィザーこうしやく!」

 ジルを待っていたライナスは、紳士の声にとっさにあい笑いを作った。

「バーリーきよう

 軽くしやくしたライナスに、バーリー卿は近づいた。

殿でんが婚約式を祝う絵画をいていると、さいしよう閣下から聞いてはいたのですよ。それがやっと飾られたようで、いやあ、かんしようできて感激ですな! まことらしい……!」

 おもねるようなさんに、ライナスは感情のこもらない笑みを返す。

「ありがとうございます」

「ときに、我がまなむすめの肖像画を描くことについては、考えていただけましたかな? 貴殿の絵画を飾っている貴族は、いまだ一人もいない。さらに肖像画ともなれば、私の所有するすべての屋敷以上の価値となるでしょう。ぜひとも私が一番に、そのえいにあずかりたいと考えているところなのですがね。いかがですかな、侯爵?」

 ライナスの笑みが、苦いものに変わっていく。バーリー卿の提案を、快く思っていないのはあきらかだ。

(この方はライナス様の絵画を、まんの種にしたいだけみたい。なんとかしてこの失礼な会話を終わらせないと、ライナス様の笑顔がいまにもくずれてしまいそう!)

 ジルが内心ハラハラしているにもかまわず、バーリー卿はライナスにめ寄った。

「侯爵、いかがですかな。我が一族繁はんえいのために、ぜひとも──」

「──あの! 申し訳ございません、ライナス様。お約束があったことをすっかり忘れておりました」

「……約束?」

 ライナスはこんわくをあらわにして、ジルを見た。そんな約束などないと言いたげだ。あるわけがない。口からでまかせなのだから。振り返ったバーリー卿は、ジルを見てまゆを寄せた。

「……なんですかな、君は」

「本日から芸術棟の助手となりました、ジル・シルベスターと申します。僕はすぐにうっかりしてしまうので、お約束の時間を過ぎていたことを忘れていたようです。大変申し訳ございません、バーリー卿。うっかりな助手にめんじて、このお話はまた日をあらためていただけますでしょうか」

 ライナスはどうもくしておどろく。そんな彼に、バーリー卿は同情のまなしを向けた。

「なんともまあ、今度はうっかりな助手とは! 大変ですな、侯爵。さて、何日もつことやら」

 助手がめていくことは、周知の事実らしい。たんそくしたバーリー卿は、ジルに向かってあからさまにれいしようした。

「なにはともあれ、約束があるということであれば、ここはあきらめて立ち去るしかなさそうですな。ではまた、日をあらためさせていただきますよ、ロンウィザー侯爵」

「……ええ。バーリー卿」

 会釈したバーリー卿は、ジルを見て鼻で笑うと、そそくさと立ち去った。はあ、とジルはあんの息をつく。ライナスのこわばった笑顔が、最後まで崩れずに済んでよかった。

「立ち止まってお時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。でも、本当に素晴らしい絵です」

 ジルは絵を振り返りながら、ライナスに近寄った。と、彼はジルを、まるではじめて自分の視界に入れたかのように見つめていた。──なに?

「あの……?」

「君はかしこいな。おかげで僕の愛想笑いが保たれた。あと一分でもおそかったら、バーリー卿をあくの形相でにらみつけていたところだよ」

 そう思って口を挟みましたと、ジルは心のなかで返答する。と、ライナスは一瞬だけニヤッとし、ジルに背中を向けて歩き出した。

「急ごう。またあんなやからに会うのは、うんざりだからね」



 書庫に着いた瞬間、ジルの胸はときめきではちきれそうになった。

 可動式のハシゴがいたるところにかけられた、てんじようまでとどく壁一面のしよだな。通路の左右にも、書棚が壁のように連なり、合間にテーブルが置かれている。

 読みたかった物語が全巻揃そろっている。歴史書にてつがく書、他国の本。そして、芸術にまつわる書物。その所蔵数は、どんな貸本屋にもまさっていた。

「高価な本がこんなに!」

「資料として君にたのむことがあるから、どこになにがあるのか、あらかじめ覚えていてもらえると助かる。そのほかの本は、好きに読んでかまわないよ」

「えっ! 本当ですか?」

「ああ、どうぞ」

 感激で目がくらむ。この書庫は夢の国だ。

(ああ……! 続きを待ちわびてた『愛と裏切りのはん』の最新刊まで揃ってるわ!)

〝壁の花〟とうわさされようが、ジルは十八歳の女の子だ。こいに対するあこがれはちゃんとある。この本はそんな思いをかなえ、なぐさめて寄りってくれるから好きだった。けれど、女性だけが好む本をあからさまにはつかめない。

 冷静になるべく息をいたジルは、その本よりも読まなければならない書物に目を向けた。

(この機会を、に過ごすわけにはいかないわ。独学でもできるだけ学ばなくては)

「お手数ですがライナス様。芸術入門にふさわしい指南書を、教えていただけませんか」

 書棚からライナスに顔を移すと、彼はそうぼうを見開いていた。

「なん……ですか?」

「過去の助手たちとあきらかにちがう君の言動に、驚いているだけだ」

「それは、いままでの方々が芸術家を志していて、すでに学ぶ必要がなかったからだと思います。けれど、僕は違います」

「違う?」

「僕の知識は、芸術雑誌によるものだけです。ですから、だれよりも学ばなくては」

 そう言った瞬間、ライナスはまばたきもせずジルに見入った。

「ずいぶんけんきよだね」

「いえ……無知なだけです」

 ジルの内面をさぐるように、片目を細めた彼はうでを組んだ。

「……君、年は?」

「十八です」

「部屋の件をのぞけば、君はいままでずっと冷静だ。さっきもバーリー卿への礼節を保つために、自分を小さく見せたね。その機転、まるで老成したけんじやのようだよ」

「それは……ありがとうございます」

 ライナスは苦笑した。

めてない。ねんれいらしい若さがないと言ってるんだ。さあ、おこっていい」

 ──怒る? いったいなにに?

「泣いたり怒ったりしたところで、現実が変わるわけではありませんから、感情に左右されることが苦手なのです。それに、賢者だなんて光栄です。僕はうれしいです」

 彼のひとみにどこか意地悪そうな、それでいて楽しんでいるような光が宿った。

「名前はたしか……」

「ジル・シルベスターと申します……が、まさか、覚えていただけるのですか?」

 覚えたくないはずでは? 首をかしげるジルを、彼は興味深げに見つめてくる。

「まあね。君は初日にして、僕の死に絶えていた部分を、見事に生き返らせてしまったようだから」

「えっ……死に絶えていた部分?」

「他人に対する興味だ。ずいぶん久しぶりに、他人の顔をまともにおくしたよ。そのせいで賢者然としている君のあわてふためく顔が、しように見たくなってきた」

 ──マズい。

「い……いえ。僕はたいした人間ではありませんので、死に絶えていたその興味は、ぜひ、ほかの方に……!」

「へえ、やっと少し慌てた。君は興味をもたれることも苦手らしい」

 そのとおりだ。なぜなら男装してここにいるのだから。

 ジルはおそれた。他人に興味のなかった人間が、いったん誰かにその感情をいだくとどうなるのか。あまりにも想定外な展開に、やっと持ち直した冷静なじようが、もろくも崩れそうになる。

 だが、ジルはん張った。鉄仮面さながらに表情をこわらせて、さっきまでの彼以上にたんたんと告げる。

「ぼ……僕は取るに足りない人間です。興味をもっていただいたところで、おもしろくもなんともないと思うのですが……」

「面白いかどうか、決めるのは僕だ。君じゃない」

 そうだった。彼はマイペース、なのだ。もういやな予感しかしない。

 とつじよ変化した彼の態度に、ジルはカーティスを前にしたとき以上のあせを、額に感じた。

 ──あせったら、負ける(バレる)!

 かくして、ジルの男装の日々はこうして幕を開けた。

 あと三六四日。無事に勤め上げることができるのか、ジルはこの夜冷や汗とともに、朝まで思いなやむことになるのだった。

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