第3話
東宮より夜のお
昼は
香子はすでに
夜も
「よし、こんなものかな」
「つい夢中になっちゃったけど、さすがに手元が暗いと
油のことを気にしなくていいことに、あとすこしあとすこしと思ううちにすっかり
「家とは
油の心配はいらなくなったが、
後始末をして急いでひきあげようとした百合は、しかし、
「──きゃぁぁッ」
御帳台の方から聞こえた悲鳴に、
「御息所さま?」
「だれか!」
またも聞こえた悲鳴に近いそれに、百合は片手で
自分以外は局にひきあげてしまったあとなのか、はたまた悲鳴にただならぬ気配を感じて
百合は御帳台の
「御息所さま、深草式部です。いかがなされました」
「ひっ、あ、あやかしが…っ」
「あやかし?──失礼いたします」
さっと帳を
「ほら、そこッ」
「──
「なんですって!?」
人慣れしているのか、近づいても
「どこからかまぎれこんだようですね」
「……」
ひとつ
「……きて」
「御息所さま?」
わなわなと
「どこかに捨ててきてって言ったのよ!
「ですが、」
「なによ、逆らうつもり!?」
もはや聞く耳を持たない香子に、百合は
「──かしこまりました」
失礼いたします、と猫を抱いたまま再度香子の横をとおりすぎれば、彼女は
「
いれ
自分の姿にか、抱いた猫にか
「
「申しわけありません…っ」
背後から聞こえてくるやりとりに
戸を
「捨ててこい、って言われてもね」
あきらかに人慣れした様子といい、手入れされた
「それにこの子って、もしかしなくても、
暴れるでもなく腕に顔をなすりつけている
とはいえ、ここで放して再び
「──どなたかまだ起きているといいけど」
ここは梨壺付の女房にひきとってもらうほかはないか、と再び息をついたあと、百合は梨壺へと重い足をむけた。
東宮のお召しの際に
東宮に仕える
「だよね……」
百合は肩をおとしながら、
百合は北舎と梨壺を繫ぐ渡廊をさらに渡って、
──あ、よかった……起きてる人がいるみたい。
こうなったらいっそここで猫をおろして
さっさとこの子を
しかし、いきなり開けるような
「もうし──」
細く開いた
「ったく、
漏れ聞こえてきたそれに、寸前で言葉を
──男の人……? え、女房のだれかのところに、
「そう? ずいぶんとうまくやっているみたいじゃない。
今度は
警護にあたっている武官たちだろうか、と頭をよぎるが、庭先ならまだしもこんな場所で? と違う疑問が
──なんにしても、声をかけられる
それこそ『厄介ごと』の
ここはこの子(猫)を置いて早々に退散しよう、と抱いていた猫をそっとおろそうとした百合は、次に聞こえた
「女房の
「
「……え?」
耳に届いた会話に知らず
どうやら気づかれてはいないようだ、と扉のむこうに動きがないことをたしかめ、こわばった
──今のって、どういう意味? 女房の鑑って、まさか……。
いや、と
けれど、否定する
──あの方は出仕に際して東宮さま直々のお
似てる、と無意識のうちに
あ、と思った時には百合の腕から
なぁ──とあがった甘えたような鳴き声に、どきっと鼓動が
──まずい!
このままでは見つかる、と
「──ああ、いないと思っていたら、散歩にでもいっていたのかい?」
猫にむかってかけられたのだろう言葉に、どっと
よかった……と
猫を『小丸』と呼び、
──わたしはなにも聞かなかった。
自らに言い聞かせながら立ちあがろうとしたその足元から、ギシ…ッ、と低い軋みがあがる。
「……っ」
「! だれだ!?」
はっとした
──なんで今気づいて、きた時には気づかないのよ…っ
焦りのあまり
思考も手足も働かず、
漏れた
「おまえは──」
「ま、さか……」
目の前の人物は
「──
なおも信じられない思いで
くつろげられたあわせは、今にも胸の
本来ならそこにある、
「ははっ、まさか。男じゃ──んぅっ」
あるまいし、と続けようとしたところで、いきなり焦った形相を浮かべたその人に口を
「こい」
おまけに、
──どういうこと……!?
あり得ない出来事の数々に、百合は
「──いいか、騒ぐなよ」
騒いだらどうなるかわかっているだろうな、とうしろからのぞきこむ形で目顔で
今までどうして気づかなかったのかと思うほど、その人はどこまでも『男の人』だった。
「……」
どくどくと痛いほどに
これから自分はどうなるのかと
こくり、と
一度、遠く
──この方が、
「彼女は?」
品のある優しい顔立ちに
「桐壺のところの
こちらは隠さない冷ややかさが、耳元をかすめる。どうしてこの声を耳あたりがいいなどと思ったのかと、百合は小さく
「たしか、
「ああ、彼か。通常は
だったら
今の『大丈夫』は一体どういう『大丈夫』だろうか。
放置しておいても問題ない、という『大丈夫』なのか、それとも──
「里へさがらせても、うるさく言ってくることはないだろうし。発言力のある人じゃないから、もし三位局は実は男だって言いふらされたとしても、だれも相手にしないだろう」
「まあ、こいつの口止めの必要はあるだろうがな」
「そういうわけだから──」
「残念だけど、あなたには里に帰ってもらうことになる」
「! そんなっ」
宣言されたそれに、百合は背後にいる人物のことも忘れて身をのりだしていた。
「そんなの、困ります!」
「おい」
しかし、すぐに肩を
「ご存じのとおり、父は発言力どころか、
ここで出世どころか出仕の道も
出仕してすぐ里に帰されるなど、なにかあったと告げているも同じで、そんな姉のいる妹のもとにまともな相手がかよってきてくれるはずがない。
百合はすがりつくように肩を摑む手を
「お願いします! あなたのことを
「──なるほど、追いだされるのは困る、と」
「はいっ」
「なら、なんでもこっちの言うことを聞くってわけだ」
「はい!……って、え?」
勢いよく
「そうか……そういう手もあるね」
うしろから聞こえた声に、百合はぎこちなく背後へ首を
こちらもまた
「ちょうどいい。
「そうだね、君のほかに動くことのできる人手があっても損はない」
「あ、の……」
近すぎる男たちの顔と不穏さに、前もうしろも見られない。
父親以外、これほど身近に感じたことのない異性の存在に、ともすると顔が熱を持ちそうになる。が、身に
赤くなったり青くなったりと
びくっと肩を
「ってわけだ。俺たちに協力するよな?」
「ことがすんだあかつきには、あなたが望むなら梨壺付の
耳元で
前からの脅しと、うしろからの
「……はい、喜んで」
そう答えるよりほか、百合に残された道はなかった。
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