第2話
その中心であり、帝が住まわれる区画を、内裏とも
そして、内裏のさらに奥向き──帝の常の
その東の一画、
「──で、庭に
あれって本当だったんだ、と話に聞いたことしかなかった桐に
それからさほどの時が流れたわけではないのに、慣れない日々の慌ただしさに、月日の感覚が
「
どうしたのかとかかった、ようやく耳慣れてきた呼び名に、「今いくわ」と返して、百合は手にした布地を抱え直して、
東宮の女御である香子が、
──これって、絶対うちをからかう意味もはいってるよね。
草木花は自然にあるがままがいい。
そう言って父は庭に手をいれようとはせず、生えるがままに放置している。おかげで夏などはどこの野原だと思うような有様だ。
まさに、深い草の中の百合、というわけだ。ちなみに、式部は父親が
「まあ、そのとおりなんだけど」
ここのように手入れのいき届いた庭に
「だからこそ、感性をこうして
そう、思ったとおりの色に染めあがった布へ目をおとして、百合は我知らず口元を綻ばせた。
命あふれるみずみずしい
こうして、自然を写しとったかのような色合いに染まった布や
実際に染めあがるまで、どんな色に仕上がるかわからない。たとえ同じ
「いつもとは勝手が違うから、うまくいくか不安だったけど」
よかった、と
「きゃあ!」
「いやだ、ごめんなさい。わざとじゃないのよ、ね?」
百合は声のした方を気にかけながら、そっと御簾を
そこに
「……御息所さま、また?」
近くにいた女房の一人に
「
どうやら負けの気配が
──あの方にも困ったものだわ。
よくあれで
桐壺御息所──東宮の女御となった香子は、大納言家の
ちやほやされていないと気がすまず、気にいらないことや思うようにならないことがあると、すぐに
与えられた殿舎が桐壺という、清涼殿から一番遠い、後宮の
──ここ桐壺が
東宮の
これで自分が
「
呆れ混じりに独りごちていると、ついっと御簾が持ちあがり、母屋から
三位局だ。
百合とは反対の切れ長の
しかし、それも
ついつい
それらにどぎまぎしている間にこちらへと歩みよってきた三位局のまなざしが、
「
【画像】
「は、はいっ」
すこし低い、けれど艶のある耳あたりのいい声が耳をなで、予想外の事態に
「美しい色……これは、あなたが?」
「そうです」
おちつけ、と自らに言い聞かせながら、百合はぎこちなく
当面の
そんなところからもこの入内が慌ただしいものだったことが
「
「いえ、そんな」
それを買われた身ではあるが、面とむかって
「これくらいでしかお役にたてませんから。三位局さまは……」
大変ですね、と口からでかかった言葉を
わざわざ碁の相手に彼女を選んでは、勝てば手を
だが、碁盤に注がれた視線と表情で言わんとすることを感じとったのだろう。三位局がすこし困ったように微笑んだ。
「本日は御息所さまの
その言葉に『本日も』だろう、と聞いていただれもが思ったに違いない。しかし、口を開く者はいないまま、「では」と去っていく三位局の姿を見送った。
そうして気配が遠のいたところで百合は、ほう……と息を
「あいかわらず、
「本当に。御息所さまの
「
百合の
「今まで
「なんでも、どちらかの宮家の
香子にはそれも気に食わないことのひとつらしい、とはだれも口にしないものの、共通した
女房と
三位という位と一室を
当代一の
とはいえ当の本人は
──あの方こそが、わたしがめざすべき理想の姿だわ。
百合は布地の下で、ぐっと
なかなかに
「さあ、わたしたちも自分の仕事にとりかかりましょう」
まずは任された仕事を
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