第1話
「わたしが
春とはいえすこし暑いくらいの気候に、御簾を半分ほど巻きあげ、妹と
「そう、
「わたしが、後宮に……」
にこにこと頷いて
東宮の女御付の女房になる、ということはすなわち、女御に仕える者として内裏へあがるということだ。
「おや……
「いえ、ぜひ!」
反応の
宮仕えなど、簡単にできるものではない。身分はもちろん、見目のよさや仕えるにふさわしい才覚が必要になる。
なにより必要なのは、
それがむこうから転がりこんできたのだ。断る理由はなかった。
──血筋はいいのに、
撫子もそろそろ裳着を
──
そもそもその北の方は、
かえって、左大臣のような色好みに
「──そうなる前に、撫子にはわたしがきちんとしたお相手を見つけなきゃ」
妹の器量なら、夫の方がいれこんで早々に北の方として自身の
東宮女御の女房として内裏にあがったところで、さしたる収入が得られるわけでもないだろう。かといって、雲の上の人々に
しかし、才覚を示して上の方々の目に留まることができれば、のしあがる機会も
めざせ立身出世、と意気込んだところで、そういえば……と百合は父親の顔を改めて見上げた。
「ところで、どうしてわたしにお声がかかったの?」
「すこし前に、右大臣さまの
「父さまが出仕姿で参加しようとした、あれよね」
「あの時に着ていった
「そう、なんだ」
使い回しをそうまで言われると、いささか
「百合は仕立てだけでなく、染めも得意だから、お役にたてるだろうと思ってね」
それに、と父の笑みが深まる。
「女御さまのもとでなら、うちではめったに手にはいらない染料も
「父さま……」
自然を
──でも、そっか……。
あるものだけでどこまで思う色がだせるか苦心するのも
「さすがに
帝と東宮しか
その
「そのお話、お受けしますと大納言さまにお伝えしてください」
「わかった。そう伝えよう」
「……姉さま、内裏へあがられるの?」
うんうんと
百合は妹の方へむき直ると、そっとその手をとった。
「今、聞いたとおりよ。わたしは内裏でがんばるから、撫子は父さまのことよろしくね」
この家に父と妹を残していくことにうしろ
母親はなく、
おっとりした父と気質のよく似た妹だけにするなど、むしろ不安しかない。それでもこの機会を
──姉さまががんばって、いい
心の中で
「ああ、そうそう」
実茂が思いだしたように声をあげた。
「
「今月末!?」
思わず耳を疑って、百合は勢いよく父へと首を巡らせた。口にした当の本人は、なんでもないことのように首を縦にした。
「そううかがったよ。だから、人を集めるのをお急ぎでね」
「今月末って、あと十日もないじゃない!」
いくらなんでも早すぎる。
「その日を逃すとよき日がだいぶ先になってしまうらしい。──お断りするかい?」
「しません!」
宣言するなり、すっくと立ちあがった百合は、出立までにするべき
後宮にあがるのが今月末ということは、すくなくともその前日、ことによると二、三日前にはこの家をでることになる。父のように屋敷から内裏へ
そこから出立の日まで、撫子と満足に別れを
自らの用意を調えるとともに、先々のことを
そんな
「──まだ早いけど、夏物は用意しておいたから。
「わかりました」
「なにか困ったことがあったら、
「はい。姉さまも便りをくださいね」
「そうね、宮中の様子など書いて送るわ。──ああ、でも、やっぱり心配……」
本当にこの二人だけにして
別れを惜しむ姉妹に、実茂が「ほらほら」と声をかけた。
「そんなことではいつまでたっても出立できないだろう」
「わかってます」
父の言うことももっともだとひとつ息をついて、百合はすっと背筋を正した。
「──では、いってまいります」
「うん、いっておいで」
「姉さまもお
そうして父と妹の二人に見送られ、期待と不安を
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