序
鳴る神の 音のみ聞く 富士の
いかでかしらむ 燃ゆる思ひを──
ふと感じた人の気配に、
「父さま?」
その姿につと
「父さま、出かけるの?」
大きく日も
「おや、百合」
「なに、右大臣さまの
「ちょっとって……父さま!」
いかにも気軽に告げて再び歩きだそうとした父を、百合は
「待って、その格好でいくつもり!?」
「そうだけれど?」
なにかおかしいか、と言わんばかりに
「右大臣さまのお
「そうかい?」
「ああ、もう……いいから、ちょっと待っててっ」
心底不思議そうな父親にぴしりと言い置いて、百合は
「大方、右大臣さまに琵琶を
「今からなら、宴の中心は夜よね」
日が暮れる前からはじまり、酒を
「たしか、
「──姉さま、どうかされたの?」
「
首だけで振りむくと、そこには妹の撫子の姿があった。
首を
──これでまだ
成人したあかつきには、なよ竹のかぐや
「──て、そんな場合じゃなかった」
ふるっと頭をひとつ振ると、百合は実茂を目で示した。
「ちょうどよかった。撫子、父さまの
「? わかりました」
おっとりと
──
貴族の
そこには
その
「父さまなんかは禁中で直衣が許される身分でもないしね……っと、あった」
百合が唐櫃からひっぱりだしたのは、表地を
昨年の秋、宮中で開かれた宴で実茂が琵琶を奏でた際、その見事さを
帝より賜ったとはいえ、実茂の官職は正五位下の
身分の上下なく纏うことを許された、ゆるし色──
「
広げてほつれなどがないか
妹によって袍を脱がされた父のもとへと足早にむかえば、あら、と撫子がそれに目を留めた。
「姉さま、それは
「そうよ」
頷きながら、百合は『移菊』と呼ばれた直衣を父へとさしだした。
移菊、とは色目の名のことだ。
その色の重なりは、季節ごとの草木花の
けれど、
「桜で紫を使うなら、
言いながら、さしだされるままに父が纏った直衣の形を整えていく。
「この方が夜桜の
まあ……と撫子が小さく目を
桜のかさねなら、
「それに、季節ごとに衣裳をあつらえる
そう、百合は独りごちるようにつけ加えた。
「ものは
秋の色目だろうと、使えるなら使わない手はない。
当の実茂はといえば、
「やあ、これは立派な衣だ。さすがは百合だね」
「はいはい、
「うん、いってくるよ」
改めて
やれやれ、と百合は撫子とともにその背を見送った。
このことが自分の運命を変えるとは、
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