第3話
ジェーンが教えてくれた方へ、レリンは急いだ。以前の授業で製作したハンカチと
(穴や
そう
ここからはちょうど、
その人が手に持っているのは、白いハンカチ。
「あっ……! あの、すみません……!」
走りながら声を上げたため、
ハンカチを拾った人物は
学校の
だがその人は女性ですらなかった。聖堂学校の
「……男の人?」
秋風が吹く。
レリンのフードが外れ、内巻きの茶色の
レリンの目の先でも風が吹く。ハンカチを拾った男性の、柔らかそうな
女子校の敷地内に男性がいること、その男性がレリンのハンカチを持っていることに
(こ、こういうときは、どうするんだっけ?)
ここはハンカチを拾ってくれたことに
「こんにちは。聖堂学校のお
男性の声は、
「……は、はい、そうです」
舌がもつれそうになる。
相手はとても丁寧な
ハンカチを拾ってくれた恩人の顔を見ようと、レリンは
「……『王子様』?」
つい、ぽろっと出てしまった。
「え?」
不思議そうな声が返ってくる。レリンははっと己の口を手で
そんな彼の姿から
レリンのハンカチを拾ってくれた紳士はまさに、あの「王子様」である。
──そう、まさに絵本に出てくる、王子様のように。
ぼん! とレリンの顔から火が出る。おそらく今、自分は紅葉した落ち葉のように、はしたないくらい赤面していることだろう。
(わ、私ったら何てことを!)
真っ赤な顔のまま
「申し訳ありませんが、私は王子と名乗れるような身分ではございません。それでもよろしければ、こちらを受け取っていただけませんか?」
「っ! もちろんです! ありがとぶございます!」
(
みっともない失態にますます
直視するだけで
ヨランダたちがきゃあきゃあはしゃいで「王子様」と呼ぶ気持ちもよく分かる、おとぎ話に出てくるような騎士様。それに対して、はしたなく赤面するし貧相な身なりだし舌も嚙むしで、残念な自分。
これ以上泥を付けないようにハンカチを上着のポケットに入れたレリンは迷いつつも、青年に声を掛ける。もう舌を嚙まないよう、努めてゆっくりと。
「あの、本当にありがとうございました。……その、どうしてこちらへ?」
「男性である私がなぜ聖堂学校内に、ということですね。実は私は本日、フランチェスカ王国王女ルディア
「そう、でしたか……お勤め中にお手を
やはり相手は、自分ごときが気軽に接することができるようなお人ではなかった。
普段は
(どうしよう、こういう時って改めて
これからどう動こうか迷うレリン。今まで「黒騎士団」と話をすることなんてなかったので、これからどういう風に話を持っていけばいいのか、分からなかった。
──レリンは俯いていたので、気づかなかった。
戸惑うレリンの
何かを思い出そうとしているかのように、目を細めて──
「レリーン! ハンカチ見つかったー……あれ?」
のほほんとした明るい声。この声に助けられたのは、本日で二度目だ。
校舎の
そしてジェーンの小さな
「あらやだー、お取り込み中?」
「それはこ」
「ちっ、違うわよっ!」
青年が何か言いかけたがそれより早く、レリンは
(わ、私が騎士様と「お取り込み中」なんて! ありえない!)
騎士の前で無礼な
「格好いいお兄さんじゃない。学校内でレリンをナンパするなんて、やるわねぇ」
「……めっそうもございません」
「レリンはかわいいから、声を
「ジェーンっ!」
声が裏返る。
見ず知らずの青年にもズバズバと失礼なことを言うジェーンに、レリンは気を取られていた。そのため、青年がヒクヒクと頰を引きつらせ、射殺すような
「あのねっ、こちらの騎士様は私のハンカチを拾ってくださった親切な方で……すみません、ジェーンに悪気はないのです」
ジェーンに説明した後、急ぎレリンは振り返って青年に謝罪する。
とたん、青年はそれまでジェーンに向けていた険悪な眼差しを引っ込め、
青年は
「構いませんよ。さあ、そろそろ殿下の馬車が到着します。この辺りは行列になるでしょう」
「そう、ですね……あの、本当にありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ」
何が「こちらこそ」なのかは分からないが、青年の
謝罪は述べた。やるべきことは終わった、はずだ。
レリンは頭を下げた後、ジェーンが抱えていた布をごそっと回収し、
(とても、
足早に歩きながら、レリンは思う。
(王子様みたいに格好よくて、優しい人。でも、私とは
今日の出来事は、一生に一度、あるかないか──なくても当然と言えること。平民の
(もう二度と、お話しすることなんてできないよね……)
明日からはまた、上級学校のグラウンドに立つ彼を遠くから見つめるしかできない。優しい甘さを
レリンはそっと、自分の頰に冷たい手の平を当てた。
まだそこは、ほんのりと温かかった。
茶色の
後に残された「ジェーン」はしばし、友人の背中を見つめていた。そして青年を振り返り見、ニヤリと──とてつもなく意地の悪い笑みを浮かべ、とてとてと友の後を追っていった。
青年は腕を組み、片頰を引きつらせて「ジェーン」を見送る。
「……何やってるんだ、あの人は……」
低い声で呟く。先ほど茶色の髪の少女に別れの
青年はくしゃりと
「……フォルス」
ざわり、と風が
名を呼ばれ、青年は振り返った。そこには自分とお
彼の身長は自分よりも高く、体格もいい。
「『
「
青年は片手を挙げて答え、先に歩きだした
拾ったハンカチには作りかけの
あの
──レリン、とその名を呼ぶ。
その声は自分でも
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