第2話
レリンは針を進めていた。今日の課題は、
教師が指示した通りのハンカチができたならば、残りの時間でステッチを入れてもいいということになった。
「……もしもーし。お隣、いいかしら?」
レリンはこの裁縫の授業を受講する誰より、作業が速い。速さだけでなく、縫製や糸の始末など、クラスメートの
「えーっと、こんにちはー。隣、座ってもいいですか?」
「……え?」
ポンポンと
そこには見慣れない少女が立っていた。真新しい裁縫箱を大切そうに胸に
「初めまして。私、今日から裁縫の授業を受けるの。シスター・イデアから、あなたに教わるといいと言われて」
シスター・イデアとは、
レリンは体ごと少女の方に向け、
「そういうことなら……隣、どうぞ」
「ありがとう! 私、ジェーンっていうの」
ぴょんと
この教室の机は、二人が
「私ね、今日編入してきたばかりなの。それでね、裁縫の教室がどこにあるのか分からなくって、迷って
えへへ、と舌を出して笑うジェーン。
編入生、知らない少女、ということで最初こそ
(明るい子……私と同い年なんだよね……?)
「そうだったの……私はレリン。よろしくお願いします」
「レリンね。こちらこそ、よろしく!」
差し出された手を、レリンは迷わず取った。
その手は、レリンが思っていた以上に
シスター・イデアがレリンをジェーンの「お世話係」に任命した理由は、ジェーンの手先を見ていれば──
針に糸を通す方法、型紙通りに布を
レリンは作業が速いので、隣でジェーンの補助をすることができる。これをシスター一人に任せると確かに、骨も折れるし他の生徒の
しかしジェーンは不器用なのか、丸一時間かけてもまともに直線縫いすることもできなかった。他のクラスメートは、とっくに課題を完成させているというのに。
「私ね、お
授業後、ジェーンはあっけらかんと教えてくれた。
「私、家の都合でなかなかここに入学できなかったのよ」
「ジェーンは王都にお住まいなのですか?」
「そんな
子どもが
ルディア王女が編入するという
編入当日は午前中の授業が
「レリンは本当にいいの?」
「ええ。なんだかもみくちゃにされて、
レリンは
ヨランダたちはこれから、王女のお越し行列を見に行くのだという。今朝から学校内は王女お
(ヨランダにはああ言ったけれど、本当はちょっとだけ、見たかったかも。……ドレス)
自室に
(
レリンは
「……うん、無理だ」
午後からは通常授業が始まる──はずだ。楽しみな裁縫の授業もある。これだけは休講にならなくて本当によかった。
しばらく椅子の上でため息をついた後、裁縫箱を
人混みで混雑する廊下を
校舎を壁伝いに進むと、ブーツが地面に降り積もった落ち葉を
この小道を抜けた先の中庭は、
「もしもし、
一応声は掛けたが、誰もいない。好条件だ。
ベンチの
今日の授業用の課題は
「布団……そうだ、
「秋……落ち葉、赤、黄色……いいかも」
ちょうど、先ほど払い落とした落ち葉のように。落ち葉と一言で言っても、赤や黄色、オレンジ色に緑が残った色など、様々だ。イメージが
こうやって、思いの向くままに針を進めるのが好きだ。もちろん、授業で課題を仕上げるというのも創作意欲を
裁縫をしていれば、余計なことを考えずに済む。
そう、余計なことを──
『あら、あんたにしてはいいものを作ってるじゃないの!
どうして。それは
『……何なの、その目? 養子のくせに、生意気な!』
レリンは泣いて
『お
必死に
代わりに与えられたのは、製図用の定規による
「あれ、レリン?」
のほほんとした明るい声が、暗い
レリンは目を
「ごきげんよー。
間延びした喋り方は、彼女の
ひらひらと手を振りながらやって来る彼女を見ているととたんに、
レリンは
「こんにちは、ジェーン。……午前中は休講だしいい天気だから、お外で裁縫の練習をしようと思って。……ジェーンは? ルディア様を見に行かなくていいの?」
「ん? 興味ないから」
「ないの?」
「わざわざ見に行かなくても、これから学校でいくらでも見られるでしょう? それに私、あんな人混みの中に
「ああ、それは私も。ヨランダたちに
「だよね」
レリンの
(ジェーンは、不思議な子)
とても
それでいて、気が強い。彼女は現在の聖堂学校の、「平民の生徒は貴族の生徒に道を譲る」などといった風習を快く思っておらず、編入して十日程度だというのに
レリンは
そこへジェーンが
ジェーンはレリンと下級生を背に
最初はジェーンを張り飛ばさんばかりの勢いだった相手も、「女王の思想に逆らう」と言われると額に青筋を立てつつ、退散していった。女王メルテルは貴族相手でも、
そういうわけでジェーンは早速貴族の生徒たちに目を付けられてしまい、昨日はついにどこぞの令嬢に裁縫授業の後で呼びだされていった。レリンはヨランダたちと
(ジェーンは、強い)
体の中に清らかな光を宿しており、周りの者たちにその
彼女の側にいると、レリンまで温かな気持ちになれる。
ジェーンの声を聞いていると、体に
レリンはジェーンに気づかれないよう、ぎゅっと自分の
あと数年、
レリンは
「おっ、
「ええ、別のことを考えていると、思い通りの形にならないから」
「そういうもんなんだ……」
ジェーンの視線を浴びつつ、レリンが糸切り
──ひゅっ、と
「あっ」
「おっ」
並んで座るレリンとジェーンの間に、
「わー、見事に飛んだね」
「そ、そうね!……ごめんなさい、ジェーン! ちょっと回収するの手伝って!」
「
ジェーンは
彼女の周りに落ちているのは、ほとんどが端切れ。先ほどまで作っていたパッチワークは重量があるからか、飛ばずに済んだ。
(……あっ、
はっとして裁縫箱を見るが、そこにはほとんど何も残っていない。箱の底の方に作りかけの刺繡入りハンカチを入れていたはずだ。刺繡の授業を受講できないため、独学による作品だ。
それも、ない。
さあっと青ざめたレリンの背後で、ジェーンが声を上げた。
「おっ、あっちに一枚行ったよ、レリン。あのサイズは……ハンカチかな?」
「っ、ありがとう、取ってくるわ!」
「はーい!」
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