第1話

「お兄ちゃん、だいじょうぶ?」

 見て見ぬふりができなくて、思わず声をけてしまった。

 母親と共に公園に遊びに来ていたレリンは、ベンチにこしけてうつむく少年を見つけた。こうべを垂れてだつりよくする姿がなんだかつらそうで、さびしそうで、心配になってしまったのだ。

 レリンに話しかけられた少年は、ゆっくり顔を上げる。ややり気味の目が、まどったようにレリンを見上げてきた。少年の額に赤い筋が走っているのを目にし、レリンは息をむ。

「けがしているよ! えーっと……これ、あげるね」

 ごそごそとエプロンのポケットをさぐり、たたんだハンカチを取り出した。綿めんはん品だが、すみにはつたなしゆうほどこされている。レリンが刺繡の練習で母に教わりながら仕上げたものだ。

 少年はぽかんとしたままハンカチを受け取ろうとしないので、ちょっとごういんだとは思いつつも、彼の額の血をぬぐってあげる。血液はほとんどかわいていたようだが、少し力を入れてこすると大半はき取ることができた。

 困った人がいたら助けてあげなさい、と両親から教わってきたレリンは、一仕事終えて満足し、少年の手にハンカチを持たせた。一方の少年はハンカチが赤黒いみまみれになったのを見、ぎょっと目を見開く。先ほどまで無気力状態だったとは思えない狼狽うろたえぶりだ。

「ご、ごめん! せっかくのきれいなハンカチを……」

「いいの。それね、レリンがししゅうしたの。まだお店には出せないから、いいの」

 きれいなハンカチ、と言われたレリンは、ぽっとほおを赤らめてしまう。まだ母のようにはうまく刺繡できないし店先に出せるものでもないが、められるとうれしい。

 少年は目を丸くし、手の中のハンカチをしげしげと見つめた。

「君がししゅうしたの?」

「ん、そうなの。レリンね、大きくなったらさいほうしさんになるの。だから、れんしゅうしてるんだ」

「へえ、すごいね。これだけきれいなししゅうをするんだから、きっとすてきなさいほうしになれると思うよ」

「ほんと!?」

「うん、君ならできるよ」

 レリンは目をかがやかせる。両親のような立派なさいほうになって、店を持つこと。それがレリンの夢だった。その夢をこうていされ、おうえんしてもらったことが、嬉しい。

「ありがとう! それじゃあ、お兄ちゃんには、夢はある?」

「ぼく?」

「うん。レリン、お兄ちゃんの夢も聞きたい──」

「レリン?」

 背後から母親の声がする。残念、もう時間のようだ。

 本当はもうちょっと、この少年と話をしたかった。レリンだって、彼に夢があるのなら応援したい。でも、もう家に帰らないといけない。

 はーい、と返事をし、レリンはベンチに座る少年に手をり、け出した。遊歩道の先で待っていた母は、じようげんで飛びついてきたレリンを見、首をかしげる。

「何かいいことでもあったの?」

「うん! とってもいいこと!」

 力作のハンカチはゆずってしまったけれど、それ以上にたくさんのものを得られた。

 ──また、会えるかな。

 吊り気味の目をやさしくゆるめ、レリンの夢を応援してくれた彼に。

 これからの楽しい日々と明るい未来を信じるレリンのがおは、まぶしいくらい輝いていた。





 フランチェスカ王国の中央に位置する王都サランは、秋という物寂しい時季にとつにゆうしてもはなやかさを失わない。大通りは赤や黄色、色とりどりの広葉樹にいろどられていた。

 そろそろ市街地をける風もはだざむいものになってきたため、市民たちは上着やショールを羽織って秋冷えから身を守る。店先に季節の野菜や果実、めずらしい外国の織物やこつとう品を並べる商売人が、声をらして客引きにいそしむ。女王陛下のおひざもとであるサランの街は、一年中どの季節でもにぎわっていた。

 そんな大通りを外れると、いつぱん市民の暮らす住宅エリアに入る。おだやかな街並みが広がるこの一帯を抜けると、王都でもひときわかんせいな場所に出る。聖堂学校は、この王都の外れに位置していた。

 もともとは純白だったかべは、流れる年月の中でやや灰色っぽくくすんでしまった。だからといって、みすぼらしいふんではない。王国の中でも長い歴史をほこる聖堂学校は、若い生徒たちの学びの場にふさわしい、落ち着きと気品をたたえていた。


 少女たちの笑い声がさざめき合う、聖堂学校のろう。今はきゆうけい時間なので、生徒たちは友人とおしやべりしながら教室移動をしていた。

 ゆいしよただしく歴史も古い聖堂学校であるが、ここに通うのは十代の女子生徒。授業中はしんまなしをしていても、彼女らとてとしごろの少女。休憩時間はかたの力を抜いて、雑談に興じている。

「……ってことで、三番区カフェのオーナー、昔はうちで学んでいたらしくて。この制服で行くとちょっとだけオマケしてくれるの。先生にはないしよだよ、って言って」

 そう語る女子生徒はあどけなさの残る顔をほころばせ、友人の顔をのぞき込む。

「レリンも、一度は制服で街に行ってみたら? オマケしてもらいなさいよ」

「私?」

 同級生と共に廊下を歩きつつ、彼女らのお喋りをもつぱら聞く側になっていたレリンは急に名を呼ばれ、茶色の目をおっかなびっくり見開いた。

「制服で行くだけで、そんなにちがうものなの?」

「そうそう。しかも、お店でオマケしてもらえるだけじゃないのよ。街のお兄さんや上級学校のてきせんぱいたちから声を掛けられたって、フローラも言ってたもの」

「素敵な先輩……かぁ」

 レリンはつぶやき、自分の体を見下ろしてみた。

 十六歳のほっそりとした体を包むのは、ここフランチェスカ王国がかかえる女学校の制服。フード付きの上着はすっきりとしたボレロタイプ。上着の落ち着いたえん色の中に、スカートのレースとむなもとのリボンの愛らしさが同居している。この制服は城下街でもかなりの評判で、「かわいい!」と街の少女たちにも大人気なのだそうだ。

 頭にはフードをかぶるので、かみのほとんどがかくれてしまう。目元まで引き下げるのがはんではあるが、額の位置でピンで留めたり少しずらして被ったりと、生徒たちも校則に反しない程度に個性を見せていた。

 ちなみにレリンは制服などの身だしなみのほとんどすべてを校則の模範通りにしているが、フードだけはほんの少しだけ後ろにずらしている。頭部全部すっぽりおおおうとすると、内巻きのくせのある茶色の髪がフードの中で大暴れし、背後から見られたときのシルエットがもこもこしたものになると、友人たちに教えられたからだ。

 この聖堂学校は教師も生徒も女性ばかりの女子校だが、入学・編入する生徒の身分は問わない。しゆう内容や受講科目に差はあれど、平民でも貴族でも、資金と身元保証書があれば学ぶことができる。レリンも二年前の初秋に平民枠わくとして入学し、現在三年生である。

「レリン、裁縫師を目指しているからって、常に校則ガッチガチである必要はないのよ」

 友人ヨランダに言われたので、レリンはしようした。将来の夢のことを話題に出されると、少しだけくすぐったい気持ちになる。

「うーん……でも、品行方正である方が後にも有利だって、シスター・イデアもおっしゃるし」

「ま、確かにね。授業もあれだけに受けてるんだし、裁縫ではだれも、レリンには勝てないものね」

「でも、制服で遊びに行くのは校則違はんじゃないでしょ? そりゃあ、厳しいシスターからのウケはよろしくないけど……あ、まずっ」

 廊下の向こうから、背筋をぴっとばした女子生徒の一群がやってくる。彼女らはレリンと同じ三年生だが、生まれが違う。貴族のれいじようだ。お喋りしていたレリンたちは口をざし、何も言わず彼女らのために道を空けた。

 道を譲られた女子生徒たちは、レリンたちにはいちべつもくれることなく歩き去っていった。彼女らがだいぶ遠ざかってから、レリンたちはふうっと息をついて顔を上げる。

「……ああ、やだやだ。何がいやって、貴族のために反射的に道を譲ってしまう自分が、嫌だわ」

「仕方ないわよ……何か問題が起きてもいけないし」

 おのれの身の上をなげくヨランダをなだめるレリン。別の友人も、肩を落として呟く。

「これってまだましらしいわよ。私のお母さんがここにいたころは、今以上にせん格差が激しかったそうだから」

「メルテル陛下のになる前よね。うわさでは、その頃は私たちみたいな平民が貴族のお嬢さんとしようとつすると、気絶するほどたたきのめされたそうだから」

 みな、そのことを想像してぶるっとぶるいする。たとえ貴族の令嬢相手に無礼をはたらいたとしても、公衆の面前でせつかんされるなんてあんまりだ。

「メルテル陛下のご温情よね。……きっとルディア様もすばらしい女王陛下になられるわ」

「……そういえば、近いうちにルディア様がうちに編入されるって噂が流れているけれど、本当かしら」

 少女の呟きに真っ先に反応したのは、ヨランダ。

「え? ルディア様って、もう王太子位をがれているでしょう?」

「そう、だから私も半信半疑。フランチェスカは女性しか王位を継げないでしょう? ルディア様には上と下に王子様がいらっしゃるだけ。王太子に就任したというのに、ひょっこりと学校に編入できるものなのかしらね?」

 友人たちの噂話を耳にし、レリンは自分が知っている王女の情報を頭から引っ張り出す。

 ルディア・レイ・ステイラー王女は、確か今年で十六歳。レリンと同い年だ。ずっと城で教わっていたので、学校に通ったことはないとのことである。

「もし本当に編入されたなら、私たちと同じ学年ね」

「レリン……それはそうだけど、どうせそうなっても親衛隊がほつそくして、王女様は四六時中包囲されるわ。私たちじゃ、後頭部を拝むことすらできないわよ」

「……そうよね」

 しゅん、とレリンは気落ちする。もし本当に王女が編入するなら、さいしよくけんで有名な彼女──とそのドレスを見てみたいといううま精神があったのだが、確かにかないそうもなかった。


 お喋りをしつつ、レリンたちは次の教室へ向かう。次の授業のことを考えると自然と足取りは軽くなり、だんだんと胸も高鳴ってくる。

 次の授業は、レリンの一番得意な裁縫だ。

 本校の教育課程では、貴族はしゆう、平民は裁縫、と履修科目が決まっている。貴族の令嬢は生きていく上で、大判の布を切ってってペチコートやはだを作る必要なんてないからだ。

 三年生で裁縫の授業を受講しているのは、二十名ほど。そしてレリンたちが入室したときには、彼女ら以外全ての女子生徒たちがそこにそろっていた。

 ……とはいえ、着席して大人しく授業開始を待っているわけではない。

「……ほら、あそこ! 今、木のかげに……」

「えええ……ちょっとけてよ! もう十分見たでしょ!」

 きゃっきゃとはずんだ声。机にぽつんと放置された裁縫箱たちと、窓辺に密集して押し合いへし合いする女子生徒たち。

 クラスメートたちはこぞって、南向きの窓にさつとうしていた。南向きの窓は複数あるが、彼女らが集まっているのは一番東側の一角。その窓ガラス二枚分のわずかなスペースに、十数名の少女たちが殺到している。

 彼女らが授業開始時間ギリギリまで窓に張り付く理由。それはレリンも知っていた。

「あー! っもう、じやなのよ! あのでっかい見習い!……あら、ヨランダたちじゃない。おそかったわね」

「今日もいらっしゃっているの?」

 自分の席に裁縫箱を置き、レリンはとことこと窓に歩み寄った。押し合いへし合いしていたクラスメートも今し方到とうちやくしたレリンたちを見て、ちょいちょいと手招きしてくる。

「そうそう。……ヨランダたちも見たら?」

「今日もあの格好いい『王子様』、来てるんだよ!」

「え、あの噂のお方?」

「そうそう!」

 クラスメートに手を引かれ、ヨランダたちと同様にレリンも窓辺に立った。そして、ドキドキしつつ窓から外を覗き込む。

 聖堂学校は王都サランのこうがいに位置している。この辺りは王都のけんそうからはなれているため、若者が勉学にはげむにはもってこいの立地である。聖堂学校の東側には同じ理由で、上級学校が建っていた。女子ばかりの聖堂学校とは対照的に、この上級学校は男子校である。

 聖堂学校と上級学校の間には高いかべが設置されているので、会話やこいぶみのやり取りはもちろん、のぞき見さえすることができない。あの高い壁をよじ登ってまでとなりしんにゆうするはいなかった。いたらいたで、通報されてじゆんかい兵に引きずり下ろされるだけだ。

 だが、この裁縫教室だけは別だった。ぐうぜんにもこの教室は上級学校のグラウンドに面している。校舎周辺は壁で囲まれているが、グラウンドは囲まれていない。この教室のこの窓からはぎりぎり、樹木のすきを縫ってたちの訓練風景を覗き見することができるのだ。

 この位置からはちょうど、グラウンドわきにある教官用のベンチが見える。裁縫教室の仲間たちのねらいは、これだ。だんは中年の教官がいるだけなのだが──

 広葉樹の陰から、背の高い人物が姿を現した。とたん、裁縫教室を黄色いかんせいが飛びう。

「きゃああ! 来たわ、来たわよ王子様!」

「ちょっ! どけて! 見せて!」

「嫌よ! さっき見たばかりでしょ! そっちで見習いでも見ててよ!」

「何言ってるの、いもと花のどっちがいいって言われたら、花を選ぶに決まってるじゃない!」

 見せろ、嫌だ、のやり取りをするクラスメートをよそに、レリンは呼吸も忘れて「王子様」をぎようしていた。噂には聞いていた「王子様」だが、ちゃんとかいたのは今日が初めてだった。それは、いつもレリンと同じく遅めに教室に到着するヨランダたちも同じで、彼女らも息をんで、「王子様」に見入っている。

「見て……あの赤茶色のぐし! きらきらしてて、お日様みたいね!」

「なんかもう、こうごうしい……どうして私のかみは、王子様みたいにさらさらじゃないの!?」

「なんて引きまった体! 私、あの『黒騎士団』のしつこくの軍服が大好きなのよ!」

「そういえば、ヨランダは軍服が大好きだったね」

「くうっ……こっちを、こっちを見てくれないかしら……ご尊顔を拝見したいのに……」

 口々に「王子様」をたたえる同級生たち。レリンは何も言わずに「王子様」の後ろ姿を凝視しているが、すでに心臓はバクバク鳴っている。

 上級学校のけんじゆつの授業に、せいえい騎士団である「黒騎士団」の若手騎士が数名、はんとしてやって来ていた。どろにまみれながら特訓する上級学校の男子生徒とちがい、本場の騎士の佇まいはりんとしており、美しい。少年たちが「黒騎士団」にあこがれる気持ちも、よく分かる。

 ふいに、かわよろい姿の男子生徒が彼の元にけてくる。彼と騎士は数度言葉をわした後、それぞれこしに下げていた剣をいた。あっ、と隣で誰かが熱っぽいため息をつく。

 おそらく少年は、騎士に教えをうたのだろう。騎士の剣がひるがえり、少年の剣と数度打ち合わせた後、ここまで届くんだ鋼の音を立てて剣を打ちはらった。

 きゃあっ! とレリンのすぐ隣にいたヨランダが悲鳴を上げてふらつき、その隙に別の少女が身をねじ込ませてくる。

「かっこいい……!」

 思わず、レリンのうすくちびるからもかんたんの声がれてしまった。それくらい、騎士の剣技は見事だった。

 騎士は相手の少年に何かを言い、その背を押してグラウンドに帰してやった。きっと先ほどの打ち合いでのアドバイスをしてやったのだろう。

「あああああっ! もう、せっかく王子様の剣技が見られたと思ったのに!」

 剣技を拝見することができなかったクラスメートがもんの声を上げ、バシバシとまどわくを叩く。それも、騎士の耳に届くくらいの音で。

 剣をさやに収めた騎士が、ゆっくりとり返った。てっきり背後からだれか来たのかと思いきや、彼が見つめるのはこちら、さいほう教室の窓。

 あまりにもうるさかったからだろうか。教室の窓から女子生徒が覗き見しようと歓声を上げようと、今までいつさい構ってこなかったということで評判の彼が、こちらをちらと見た。

 彼がこちらを見たのは、ほんの数秒のこと。だが、視力が悪くないレリンはその数秒で、しっかり彼の容姿をかくにんできてしまった。

 美しい顔立ちだ。目はり気味で、薄い唇をきゅっと引き結んでいる。騎士、というといかつくてゴツゴツした印象があるのだが、彼はそれこそ、物語に出てくる王子様のように優美な顔つきをしている。

 だが、その表情は険しかった。おそらくけんには深いたてじわが刻まれているのだろう。

 こちらを見つめる──というよりにらんでくるので、その眼力たるやすさまじい。簡単に言うと、こわい。「やかましい」と、そのそうぼうが語っている。

「……睨まれちゃった」

「何言っているの、レリン。私のハートは今、騎士様のまなしにかれたわっ!」

「──ハートを射貫かれるほどてきな騎士様もいいですが、そろそろ授業にいたしませんか?」

 ──いつからそこにいたのだろうか。

 きようたくわきに座っていた裁縫教師のおっとりした声で、少女たちは我に返ったのだった。



 ──裁縫師は、貴人の前に出てはならない。

 これは、今から約二十年前までのフランチェスカ王国における常識だった。

 貴婦人がドレスを仕立てるとする。きやくの注文をデザイナーが受け、裁縫師が指示通りに商品を作製する。完成したら、デザイナーが完成品の入った箱を持って貴婦人のしきを訪問し、その場で着付けやアクセサリーのアドバイスなどを行う。

 つまり、ドレスを製作する立場の裁縫師が顧客の前に出ることはない。むしろ、出てはならない。裁縫は、平民の仕事だから。

「……しかし、当代女王メルテル陛下のになってからは、その風習も変わりました」

 二年前、一年生だったレリンが最初に受けた裁縫の授業で、教師はそう語った。

みなさまもご存じの通り、メルテル陛下は先代女王メリジェンヌ様の妹君。そく前は、騎士団に所属してらっしゃいました。メリジェンヌ様が若くしてほうぎよなさった後、即位した陛下ですが……やはり、十数年間騎士としてたんれんを積んだ陛下には、当時の王宮の風習は非常に息苦しく、不可解なものだったのでしょうね。陛下がふくしよく史に関することで改革なさったことを、誰かご存じで?」

「陛下は、ドレスを仕立てるときにデザイナーだけでなく必ず裁縫師を呼ぶようにと命じられる、って聞きました」

 同級生の誰かがきびきびと発言し、教師はうなずいた。

「そうです。陛下はそれまでの常識をくつがえしたのです。──なぜ平民だから、裁縫師が自分の前に出てはならない?──なぜ製作者本人の話を聞かずに服を仕立てさせる? 陛下はドレスの製作過程に関心を持たれ、陛下自ら裁縫師とデザインの打ち合わせをし、完成した際には裁縫師にドレスを運ばせ、裁縫師の意見を聞いて着付けを行うようになさったのです」

 メルテルの思想の柱は、大きく分けて二つ。「使える人間は誰でも使う」ことと、「自分の目で見たものを信じる」こと。

 服飾関係のみならず、女王は様々な「常識」の壁にぶつかり、それらの壁をたたつぶし、おのれの道を切り開いてきた。

 メルテルの思想はざんしんで、保守的な貴族からは反発の声も上がった。だが数年もすれば、皆が女王にならうようになった。貴族の屋敷に平民の裁縫師が招かれ、気に入った者は貴婦人の専属クチュリエールとなる。平民のようしようれいする女王の方策により、城にも裁縫師が多く招かれるようになった。城下街には、貴族の女性も来訪するような平民裁縫師の店ができた。

 女王のぎようはそれ以外にも数多く存在するが、レリンの夢をかなえる上で、裁縫師に対する女王の改革は非常に有りがたいばかりだった。昔ならば、レリンのような平民が王家に認められる裁縫師になるなんて、夢のまた夢だった。だが今は、実力と機会があれば夢を叶えられる。

 夢を叶えるために、レリンは──

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