おったまげー
満腹感で気が緩み、強い眠気が襲って来る。
空調が心地よく船を漕ぐのをやめられない。すぐソファーに足を上げて眠りの体制に入りたいのを我慢しているのが本当に辛い。
なんとか眠気を覚まそうと首や肩をぐるぐるまわしていると、彼が戻って来た。
「食後にコーヒーはいかが?」
「あ、はい。いただきます」
ナイスタイミング。丁度コーヒーが欲しかった。
「砂糖とミルクはいる?」
「いや、ブラックでいい」
「これ飲んだら書斎へ行こうよ。この部屋でも鑑賞会は出来るけど、向こうの方が楽しめるからさ」
「ん? そうなんだ。楽しみだな」
「きっと壮ク、あ、あの水森さん......」
今日会ってから、彼は僕の事を呼ぶ時に何か言い直している。
「あの、何か僕の事呼ぶのに......」
何かあるのかと問うと、彼は気まずそうに白状した。
「水森さんの事、本当は壮クンって呼びたいっていうか、こっそり呼んでた」
「えっ、そうなの?」
「ダメかな?」
「え、いや、別にいいけど......」
みちるや家族くらいにしかそんな風に呼ばれた事がない。あまりにもレアな出来事で困る。それにまた僕の事を視線のビームで焼き殺す。
恥ずかしくて顔を上げられない。
変な汗をかいて眠気なんて一気に吹き飛んだ。そして僕は彼の事をなんとお呼びして良いのだろう。
あの、とか適当に呼んでいた事に気付く。名前も呼ばずにいるなんて本来失礼な事なんだろう。でも、なんて呼んだらいいのかな。苗字、それとも名前? 名前なんてハードル高すぎるわ! どうしよう。
「あの......僕の事は好きに呼んだら良い。でも、僕はなんて.....」
なんて呼んだら良いの? と聞くのが小っ恥ずかしくて尻窄みになる。もじもじしていると、彼はソファーに腰掛けている僕の足許に跪き、俯いていた僕の顔を覗き込み、破顔した。
「俺の事は友弥でいいよ!」
名前で呼ぶなんて恐れ多い。無理だ。
「そんな、名前でなんて......」
「俺は名前で呼んでくれた方が嬉しいよ。嫌だ?」
嫌じゃ無い。恥ずかしいだけ。顔を横に振る。
「じゃあ、今から俺の事は友弥って呼んでね。壮クン」
「うん」
この歳で呼び名でもじもじするなんて、思っても見なかった。ちらっと視線をあげると彼、否、友弥がやたらと楽しそうにしているのを見て僕はまた恥ずかしくなる。
気恥ずかしさを払拭するのにコーヒーに口を付けたらもうぬるくなっていた。それでも香り高いコーヒーは、美味しくてあっと言うまに飲み干した。
「壮クン、そろそろ向こうに行こうか」
PCデスクの上に置いて有った、本日のメインイベントのDVDを手に取り、友弥が僕を誘導する。
僕、今ナチュラルに友弥って言っていますが、かなり、かなり恥ずかしいのを堪えております。いつになったら慣れるか判らないけど、初めての友達名前呼びに、実は喜びを噛み締めております。
少し、自分の感情に素直になってみた。
そして友弥の後をついてゆき、書斎のドアを開けた時、そのスケールにまたもや驚愕する。
「まって、何これ......」
「あは......」
ここは、図書館? と思うほどの広さ。友弥の部屋の本棚にも驚いたが、ここはレベルが違いすぎる。気の遠くなりそうな量の書籍の数々。でもすべてが綺麗に整頓されていて、雑多な感じは一切無い。
端の方には大きめのソファーが鎮座。その向かいの壁には何やらスクリーンが有り、両端には縦長のスピーカーが設置されていた。近くにある棚にはDVDやブルーレイなんかが有る。ドラマCDも相当な量だ。凄い。
「あれって、ホームシアターってやつ?」
「そうなの。今日はあれを使って大きな画面で見ようね」
「こんなの初めてだ」
ささ、どうぞ! と、友弥に促されソファーに腰掛ける。
なんてハイスペックなシステム。全身全霊でBLを楽しむ為だけに作られた部屋に感動。
友弥が機材の準備をしている時に、話しの流れで彼の母と姉のペンネームを聞いた。
あまりにも知っている作家様で、今年一番の大声で驚愕の雄叫びを上げてしまった。
「マジでぇぇぇぇぇぇぇぇーッ」
友弥は気まずそうに、苦笑いしていた。
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