卑屈な腐男子なんです

 若干イラつきながらも郵便局の外へ出ると、北国の初夏らしい爽やかな風が吹いていた。清々しい風に晒されていると、先程までのイラつきが少しづつ和らいでゆく。

「あーあ」

僕はひとつため息をつく。

みちるの良い様に改造されてから僕の事をじろじろ見る輩が増えた。みちるに『壮ちゃん、すっごい可愛いっ』と言われると悪い気はしない。 

 僕はこれまで身なりには無頓着だった。

 高校を卒業して就職し、実家暮らしだった為、金銭的に余裕が有っても費やす部分は趣味の読書やゲームなどで、季節ごとに新しい服を買い求めたり、小洒落た美容室でカラーやカットをする様な事は考えた事も無かった。

 しかし、事あるごとに外出を共にするみちるがいい年頃になると、僕の無頓着な身なりがあまりにも恥ずかしくて『ごめんね壮ちゃん。ちょっと離れてくれる?』と一緒に歩く事を拒否されたのがあまりにも悲しくて、僕は妹に泣き縋った。

 みちるは『壮ちゃんはベースが良いから、いくらでも変身できるよ! 全て私に任せて』と言うと、毎月の給料の中から趣味にかけていた分を半額にし、残りを僕の改造費に割り当てた。

 そして僕は動く着せ替え人形となり、みちるはとても楽しそうに僕をいじり倒した。男性もスキンケアが必要と言い、顔に色んなモノを塗ったくられたり、挙げ句の果てにはネイルも、なんて言って僕の爪に透明や真っ黒なマニキュアを塗ったのだ。

 僕は日々変わりゆく自分に戸惑った。

 内面は全く変わらないのに、もっさりから、きらびやかに外見が少しでも良くなると、周りの反応の変化はあからさまだった。

 今まで僕に見向きもしなかった会社の派手な事務員は、色目を使い甘ったるい匂いを纏い、胸を寄せながら近づいて来るし、外出先ではやたらと視線を感じる。

 みちるに言わせてみれば『私の作戦大成功』と太陽の様な笑みを向けてくれるので、好奇の視線を向けられる事はこの際、目を瞑ろう。

 しかし、ただ外見が変わっただけで近づいて来るなんて僕は許せない。どうせ僕の本質を知ればみんな去って行くんだ。

 みちるに意固地になるなと言われるけれど、僕が実はヲタクで腐男子だと知れば、女性どころか男だって僕から離れて行くんだ。

 そう、僕の愛読書はボーイズラブなのだ。

 マイノリティの中で産み出される、胸を締め付けられる様な恋愛模様が大好きだ。同性だが、どこか現実離れしていて自分には関わりの無いものとして読めるから嫌悪感は全く感じない。

 感情移入して読んでしまうから、感動的ハッピーエンドなら思わず涙してしまうくらいなんだ。

 でもね、世間の見方は違う。女性ならまだしも、男だと腐男子と言うだけでマイノリティだ。

 以前に酒の席でぽろっと趣味の事を零した事かあり、その時周りに居た連中にドン引きされた記憶がある。

 奇異なモノを見る目。

 なぜ僕をそんな目で見るの? 人それぞれの嗜好があるじゃないか。

 男が男同士の恋愛ものが好きなのがそんなに人様に迷惑を掛けるのか? ただ好きなだけで、現実では違うし誰かに迷惑掛けている訳でもないのに......。

 食べ物だってそう。納豆が臭い腐った豆だから嫌いだと言う人もいれば、あの匂いや糸引くネバネバが最高に美味いと言う人だって居るんだ。

 人それぞれの嗜好に対して自分の価値観を押し付けるんじゃない、と声を大きくして言ってやりたかった。

 だけどこれ以上空気がまずくなるのも難だと思い、その場は適度な時間を見計らって飲み会から辞した。

 リア充にはきっと僕の気持ちなんて判らないんだと、それから僕はますます人嫌いが加速した。

 しかし、人嫌いといえども僕だって本当は恋に憧れだってある。

 実際、僕が明るい性格だったなら、なんとかなっていたかも知れない。多くはいらないから、たった一人の人と深く愛し合いたい。けっして美人じゃない、欲を言えば普通の外見の人。

 身なりに磨きを掛ける事を悪いとは思わないが、僕は長い爪に変な石っころをくっつけて、まともに米研ぎも出来ない様な女性よりも、見た目は平均以下でも僕だけを愛してくれる家庭的な人が良い。

 家事を頑張り過ぎて手が荒れていても構わない。逆にそこが素敵にさえ思える。そこで僕がひとつ2千円も3千円もする高いハンドクリームをプレゼントしてあげたいくらいだ。

 でも臆病で内気な僕には、やはり縁の無い事なのだろう。恋に恋してこじらせてしまったダサが、付け焼き刃で外見が変わった位では素直に心まで変われる訳が無い。

 注目される事により卑屈さに拍車が掛かり、どんなに見目麗しいひとに言い寄られても心が揺さぶられない。

 どうせ、どうせ本性を知ったら逃げるクセにと意固地になるから、折角みちるが僕を良い様に改造してくれても、なんの進歩も無い。

 でもいいんだ。僕には可愛い妹もいるし、擬似の恋愛に浸るのに愛読書もあるから問題無い。

 誰にも心を乱されないまま、ひっそりと生きていたいんだ。でもみちるに弄られてから、僕の好むひっそりから少し離れているけれど、少しきらびやかになった僕を見て、みちるが喜ぶからこれでいいや。

 

 僕はそんな事を考えながら家路に着く。午前も後半に差し掛かり、日差しは高く、気温はさほど高くは無いけれど、半袖の肌をジリリと焼く感触。僕は無意識に街路樹の影を探して歩いていた。

 郵便局の近くにある銀行に、きっと仕事で向かって居るのだろうスーツの似合う男達がチラホラ見える。

 世の中の良い男はみんな敵だ。

 やーいやーい、リア充なんて爆発しろーっなんて、心の声で囃し立てる。

 なんて卑屈なんだと自分でも思うけれど、長年染み付いた習慣は簡単には治せないんだよな。

 そして僕は近くのコンビニに寄り、ビールを1缶、浅漬けを1パック、ツナのおにぎりをひとつ購入して自宅へ帰った。

 実家にいた頃、夜勤明けに飲み食いして寝るなと、みちるにクギを刺されていたけれど、腹は減るし、見目麗しい男にガン見されたのも気に食わないし、これは発散する為には飲むしかない! と1人で勝手に盛り上がり、袋をぶら下げて帰路に着く。

 寝る前に飲み食いすれば肥えるから止しなさいとみちるは言うけれど、疲れた体に染み渡るアルコールと、炭水化物のコラボレーションは最高に良い。

 きっと後5年もこんな事をしていたら、腹も盛大に出っ張り、見事な中年の仲間入りになるんだろうけど、別に僕は構わないのさ。

 見た目よりも、中身が大事さ。僕はそう思いながらビール付きのブランチを一気にたいらげた。

 ああ、きっと僕はこのまま残念な中年になるんだろう。あっと言う間に三十路を過ぎ、魔法使いへ昇格するんだと、ボリボリと尻を掻いて自嘲し、僕はベッドにも入らずにそのままソファでうたた寝を始めたのであった。

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