文字台風14号

ちびまるフォイ

文字おおすぎ

『文字台風14号は勢力をまして接近しています!

 上陸は明日になると見込まれ住民の皆さんは厳重な対策をお願いします』


テレビでは報道するネタがないのか連日台風特集。

とくに気にすることなくテレビを消した。


翌日。


『文字台風が上陸しました!!

 川が文字で氾濫しています!!

 家にも文字が浸字してきています!!』


わざわざ直撃する場所へいかなくてもいいのにな。

と、思いながらテレビを消した。


またその翌日。


「ふぁ~~。よく寝た……ん?」


カーテンを開けた瞬間、窓ガラスいっぱいに文字が浮いていた。


「な、なんだ!? なんだこれ!?」


まるで耳なし芳一のようだ。

窓ガラスびっしりに黒い文字がプリントされ、窓はガタガタ揺れている。


「も、文字台風が来たのか!?」


わずかに窓を開けてみると、文字が部屋になだれ込んでくる。

大量の情報が俺の体や部屋にかかる。


「ひえええ! これ想像以上にまずいぞ!!」


慌てて窓を閉めて文字の侵入を防ぐ。

文字が体についた瞬間に処理できないほどの情報量が飛び込んできた。


「そうだ! 玄関のドアも閉めておかないと!!」


1階の玄関に向かうと、階段の下が文字に埋まっていた。

ちょっと文字の中に足を浸けただけで、

4時間の講義を連続で受けた後のような疲れがどっと襲ってくる。


「ぐっ……ダメだ! この情報量をかいくぐって玄関にたどり着けない!」


2階の部屋に戻って文字台風が去るのをひたすら祈る。

ニュースからは悪い報道ばかりが相次ぐ。


『上陸した文字台風ですが、勢力をさらに増したうえ停滞しています。

 むこう数日は留まると専門家は分析しています』


「す、数日このまま!?」


『文字だからと侮って外に出る人が後を絶ちません。

 処理できないほどの文字情報に晒された場合、

 脳への負担と体への負担が多大なものになります』


同席している専門家は難しそうな顔で告げていた。


『政府は非常時用の対応をアルファベット3つで――』


テレビを消した。

上陸したての今ですら1階に浸字しているというのに、

ここからさらに留まられては肩まで文字に浸かるかもしれない。


「なんとしても浸字を防がなくっちゃ!!」


ドアには隙間なくテープで埋めて窓は補強。

食料を部屋に持ち込んで籠城体制を整えた。


ここまでする人間もほかにいないだろう。


翌日。

テレビは映らなくなった。


その代わりに、画面にはびっしりと文字が埋め尽くされていた。


「マジかよ……」


ラジオはまだ使えるらしく絶望的な状況を繰り返し伝えていた。


『さらに勢力を強めた文字台風の影響で

 公共交通機関は使えません。付近の住民は文字のない場所に避難してます。

 政府はついに非常事態とし計画の実施を決めました』


ふとみると、完全に密閉したはずのドアの隙間から文字が少しづつ部屋に入ってきている。


「おいおいおい!! うそだろ!? 2階まで浸字したのか!?」


窓は塞いでしまったので外の様子がわからない。

空も川も家も文字だらけになっているのは想像に難しくない。


押入れに避難した瞬間に限界を迎えたドアが破られ文字が流れ込んできた。


「うおおお! やばい! こっちまでくる!!」


押入れから屋根裏部屋へと避難が間に合った。

2階の部屋も浸字してしまいもうどこへも行けない。


ひとたび足を文字に入れてしまえば大量の情報で頭がいっぱいになり

その場に倒れて文字に飲まれてしまうだろう。ぞっとする。


「神様おねがいです……お願いです……。

 これまでやったすべての悪事を反省しますから

 どうか、どうかお助け下さい!!」


クリスマスを祝い、正月を祝って、ハロウィンで盛り上がる。

いったいどこの神様に祈っているのかはわからないが、

八百万も神がいればどこかの神は聞いてくれるだろうと信じた。


「……あれ? 文字が引いていく……?」


願いが通じたのか、部屋を満たしていた文字が徐々に水位を下げていった。

まるで海の潮が引いていくかのように。


「すごい! やっぱり神はいたんだ!」


と、思ったがラジオであっさり真実を伝えられた。


『政府が実施した非常事態作戦で台風を消すことに成功しました』


「あ、そっち……」


現実には夢がない。

それでも台風が去って本当に良かった。


外に出てみると、さっきまでの大氾濫が嘘のように静かだった。

台風の影響なのか看板の文字や、道路の印字も台風に持ち去られている。


「しっかし、ずいぶん静かになったな……」


安全になったので人通りは多くなったものの活気はなかった。


いつも聞こえていた八百屋の声も、奥さん同士の井戸端会議も

高校生たちの元気な声も、小学生のじゃれあう声も聞こえなくなっていた。





『政府が実施した"SNS計画"により、

 文字台風はネットワーク上へと収拾されました。

 一方で、文字台風が持ち去った文字は

 いまやネットでしか利用できない状況です』



現実世界の静けさとは対照的にネット上では文字が氾濫していた。

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