イノセント・アキュート。

子供のころに夢見たヒーローの姿は

力強くて情熱的でまっすぐだった

その道を踏み外したのはいつだったのか

いまではもう思いだせやしないけれど

たまに僕は僕自身の思いに刃を立てて

鋭く抉っては痛みを反芻しているのだ


少しだけでもまた笑えたらと思った

いつも虐められて泣きべそばかりで

そんな僕には救いの手はないのだろうと

こころのどこかで諦めきっていたけれど

自分を強く高らかに奮い立たせるために

傷を負うことなら受けて立ってやろう


これが最後のチャンスなのかもしれない

僕が僕を超えて僕になれるその瞬間は

近くて遠くひかり輝いていたように見えて

根っこのあたりは夢見たヒーローと同じで

ヒーロー病をこじらせたのかもしれないが

ただまっすぐでいたかっただけだった


カッターナイフの切っ先を手首に当てて

まだ脈動を止めない己の存在を確かめた

ほんの少しだけ刃を突き立ててみたら

ちょっぴり滲んだ紅色がやけにきれいで

紅色といえばヒーローの色だったのだと

変な所で感慨に耽るおかしな僕がいた


僕のこころは僕だけのものに違いないから

純粋にヒカリを湛えたものにしたくて

手首からカッターナイフの刃を逸らしては

まだ紅色の残るままで刃をしまい込んだ

ほんの少しの気の迷いかもしれないけれど

あの時から僕はわずかに強くなれたのだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る