第4話


「河中さんのことは、色々話で聞くからね。名前、知ってたんだ」


あれ、私顔に出てた?そう思いたくなるタイミングで、守谷さんは私の名前を知っている理由をサラリと話す。

…て話?


「あ、話っていうのはねマーケティング部で有名なの河中さん。仕事が丁寧だって」

「はぁ…そうなんですか」

「そうだよ。他の事務の人も丁寧だけど、河中さんは、ほら会議室のペンとかイレーサーチェックしてくれてるでしょ?あれ、中々気づく人少ないんだよね」


「まぁ、他にもあるけど」そう言って、守谷さんはグラスに口をつける。

私はと言うと、「あぁ、そんなこともしてたっけな」と思いつつ、目の前の男性の色気に当てられていた。

両端がきゅっと上がる唇、しなやかな手、くいっと上気味になる顔、ふと細められる目、男性にしては高めなのにセクシーに聞こえる声。

まじまじと見てしまったが、男性への体勢がほとんどゼロの私にとっては、もはや守谷肇という男性は毒でしか無かった。


「業務の一環ですので」


涼子よ早く戻ってきてくれ。そう願いつつ端的に、なるべく事務的に返答する。

私の頭の中は、逃げ出したい。でいっぱいだ。


「それでも、やってる人は少ないんだよ」

「では、今後他の人にも伝えておきます。では」


限界が来た私は、そう伝えると足早にその場から離れたのだった。


「疲れた…」


壁際の椅子に座り込み、手に持っている皿をぼんやり見つめる。

皿には、ローストビーフが一切れ。しかし、食べる気にはなれなかった。私のMPはもうゼロだ。


「これ食べてた時は幸せだったんだけど…」


ローストビーフに罪はない。しかし、今は食べる気力が残っていない。

ぼんやりしている頭のなかで、先ほどの男を思い出す。

マーケティング部所属の彼。日頃のお礼が言いたかった。と言ってきた彼。

正直、今後マーケティング部には関わりたくない。男性耐性ゼロの私にはキツすぎたのだ。


「明日から憂鬱だわ」


そうひとりごちると残っていたローストビーフを無理くり口に運んだ。

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