ノベンバーインターミッション
第1話 祭り余韻の夜明け
燦燦として生きとし生けるものに息吹を与える朝日照中、ハロウィンの騒動で捕えられ捕囚として連れていかれているイオラはどこに連れていかれるのか気にしていた。が、それよりも気になることが今はあった。
「俺、ほとんど拘束されてねーけどいいのかよ?」
縛り上げられ、魔力も封じられて運ばれると思っていたイオラは彼らが彼女にした拘束の緩さに拍子抜けしている。なにせ形式上とばかりの手錠一個を掛けられただけで目隠しも耳栓も鼻栓もされずにこの屋敷までつれてこられたのだから情報の隠蔽も減ったくれもあった者ではない。彼女はそれに驚いていた。
「かまわんだろ。お前が逃げたところであっさりとっ捕まえられる人ばっかだし。」
「俺が敵を招き込むってことは? 考えてねーのか?」
弱いとあからさまに言われて人狼はムッとする。
「それはそれでよか。面白そうやし」
「いいってあんたなぁ。」迷いもせずスパッという奥鳥羽にイオラは呆れた。
「経験つめるっていい事よね。なにせ今じゃ難しい物。生の戦いってさ。」
かんなも奥鳥羽に同調して二人は好戦的に口を釣り上げる。感覚のズレがあるのかとイオラは少したじろいだ。
彼女は話題を変えようと周囲を見渡して一つ気付く。
「ずーっと塀が続いてるんだけどさ。なんなんこれ。」イオラの左手側にはずーっと長々白壁が続いている。前にも後にも。
「家の区切りだよ。」
「この中が私の家。」かんなは聞かれ慣れてるのかあっさりとした物言いをする。
「はぁ?いくら何でもでかすぎでしょうが。」向こうでも見たことがない規模の建造物にこの狭い国土の国で出合うとはイオラは思ってもみなかった。
「かんなんとこの家兼、道場兼、鍛錬所兼、寮兼、修練場兼山みたいな場所やけんねぇ。屋敷より付帯施設の方が広か。」
「これ、まだ続くのかよ。」呆れかえったイオラの重心が下に降りるのをかんなは見逃さなかった。
「まだ続くわよ。もしかして塀を飛び越えて入ろうとか思ってる?」
「それが楽じゃん。」
「やったらあんた黒焦げよ。一応警備術式は常時展開してあるから。」
ビシッと指を突きつけかんなは注意した。
「言わんかったらよかったのに。」
奥鳥羽も気づいてはいたのだが彼女はあえて放置していた。
「なに? 奥鳥羽。あんた犬の丸焼き見たかったの?」
「どうせ死ぬほどの出力にはしとらんのやしさ。面白いやん? めんどくさがりが横着して痛い目あうの。」奥鳥羽は白い歯を見せた。
「めんどくさがりでも横着でもねぇよ。こんな馬鹿でかいのに入り口が極端に無い変な作りしてる方がおかしいんじゃねぇの?お前もそう思わねえか?」イオラは秋資に同意を求めた。
「まぁ、中で鍛錬やるときとかの騒音とかで色々あるんだとよ。よくわかんねぇけど。」
会話が途切れてからも長々歩いた一同はようやく入口へとたどり着いた。城の櫓のように高く雄々しい佇まいの門は固く閉じ彼らを見下ろしている。
「門もどでかいのな。威圧感スゲー。」
イオラは見上げるほどにある木扉に対して感想を言う。
「そう? これくらい普通じゃないの。」
これがいつものかんなは彼女の言葉など気にしていなかった。
どういう機構か知らないが入り口をぴっちりと塞ぐどでかい木扉は勝手に開き彼女らを迎え入れた。
今までずっとそびえ立っていた白壁に切り取られた土地の中は、ただただ広かった。先ほど“いろいろ”と奥鳥羽が言ってた建物なのだろう。そのだだっ広い敷地の中にはいくつかの建物が豪華に土地を使われ余裕たっぷりに建てられていた。建物間が大きく取られている配置はさながら寺社仏閣の様で、魔物の類であるイオラはその作りに居心地が悪く感じた。
「なぁ、俺はここにいなきゃいけねぇのかよ。」
人狼はそわそわと落ち着きなく周囲を見渡す。
「なんだ? いやなのか?」秋資は素直に尋ねる。
「ここってさぁ、なんかその。あれだ、教会みたいな感じで気味がわりぃよ。」
「まぁ、俺たちが使ってるからなぁ。そりゃ、魔物には気味が悪いかもなぁ。ま、慣れだ慣れ。な、奥鳥羽。」
「まね。慣れと感じ方やろね。そんだけたいな。」話を振られた奥鳥羽はそっけなく答える。
「とりあえず、家に行きましょ。もう疲れちゃった。」石畳を迷いなく歩むかんなと奥鳥羽。勝手知ったる彼女らをイオラは追っていく。
敷地も莫大ではあるのだが、かんなが家と呼んでいる屋敷も大きいどころかだだっ広く個人宅としては規格外なものでホテルや旅館と形容するのが正しいのではないかとイオラは思ったほどだった。
「どんだけでかいのさ。部屋数いくつあるんだよこの家?」
「数えたことないわね。ま、どうせ使う場所なんてそんなないから。すぐ慣れるわよ。」
かんなと奥鳥羽は勝手知ったる我が家。ずかずか進む。
見たことのない意匠で固められた家屋、仕切りに使われている障子、ふすま。
それを飾る組子の木工細工。ジャポニズムあふれる建具と建築法。
イオラはその海の向こうにない造形に目と感性を刺激され自然と歩みが遅くなる。
「ちょっとー。あんた捕虜なんだから勝手に迷子にならないでよ。」
イオラはかんなの声に前を見れば三人の背は向こうで小さくなっている
「ちょ、まてよ! 早いって!」
「あんたが遅かと。外人やからいろいろ初めてで気になるんやろうけど。どうせすぐにずっと見ることになるけんが、今はシャンシャン歩いてついてきやい。」
腕を組んで奥鳥羽もイオラをせっついた。
「
「あの人に話すのが手っ取り早かもんね。」
軽く見まわす彼女らの近くで障子が一つタンと開く。そこには一人の女性がいた。柔和な顔立ちをした、優し気ではんなりとした日向のような女性は前を行くかんな達が自分を探していることに気づいた。
「はい。御呼びですか? お嬢様。」
女性はタイミングよくおっとりとした声を四人にかける。声の主は背中を撫でる長髪を緩くまとめセーターに背負わせている。
「ああ、神楽さん。これから御厄介になります。」
秋資は女性を神楽とよび深く頭を下げた。
「ええ、よろしく。御屋形様からあらかたの事は聞いておりますから。部屋は、そうですね。一応中の方を割り当てましょうか。」考える神楽は顎に指を当てていた。
「こいつだれ?」何もわからないイオラは短い言葉で誰ともなく聞いた。
「こいつとかいうんじゃねぇよ。
「そーは見えないけど。なにあの顔。」戦意の欠片も見えない赤子のようなニコニコ顔を見てイオラはその力を値踏んだ。
「そうやってたかくくった道場破りが何人病院の御飯にされたか知らんから言えるこっちゃね。ねぇ。」奥鳥羽はかんなに同意を求める。
「そうね。あの怖さ知らないから。」
「んまぁ、一部はあたしといい勝負してるかもな。」じろじろと神楽を見ていたイオラはドンと胸を張った。
「次それやったらえぐるわよ。」かんなはホルスターに手を伸ばしていた。
「ないからってねだるなって。」イオラはかんなへの優越を顔に出して笑った。
「あら、私着やせする方なんですよ? 確かめてみます?」神楽はツッとセーターの裾に指を掛ける。
「神楽さんそういうのは後でやってくださいよ。男がいるんすから。」秋資は赤くなって止めに入った。
「あら、わたしは構わないのにぃ、もう。そういえば秋資君もこっちに住むんですよね?」
「ええ、このイオラの監視のために。」
「じゃぁ、この子と同じ部屋にしちゃいましょうか。」
「!?」その提案にかんなだけがびくりと反応した。
「えぇ、まぁ、監視ですからねぇ。そうなりますか。」そうなるだろうと考えていたままに進む展開を嫌そうに秋資は頭を掻く。
「あなたはそれでいい?」神楽は一応イオラに尋ねた。
「俺に選択する権利ないだろ」イオラはあきらめているとばかりにふっと手を挙げる。
「じゃぁ、私の部屋の前が空いてるのでそこにしましょう。そうしましょう!」神楽はパンと手を叩いてそう決める。
「俺、ここわかんないんでおまかせします。それに……」秋資は声を小さくして
「正直、一人で監視なんて、俺不安なんで。」神楽の耳元で彼は不安を吐露した。
「御屋形様からそこらの補佐も任されてますから。安心してください。」末月お姉さんはピッと指を立ててばっちりと示す。
「あぁ、監視で思い出した。イオラ、外出するときは俺がついときゃいいみたいだからそん時は言ってくれ。時間があればなんとかすっから。」
「トイレは買ってこんでよかと?」
「俺は人狼だっつーの。」
「やたら眼ったらそこら中にマーキングとかはやめてよね。」
かんなと奥鳥羽はイオラを完全に犬扱いする。
「やらねーっつの。必要ねぇよ。」
「けど、服や日用品は必要ですよねぇ。買い出しはおいおいやりましょう。」
「じゃぁ、私たちは中庭に行くから。ほら、奥鳥羽。」
「えぇ。あたしも??」
「一人で考えるよりいいから。」機嫌が悪いのかドカドカと足音大きくかんなは歩き去ろうとするが奥鳥羽が袖を引いて彼女を止めた。
「考えるって何をね?」
「私の新しい武器。」
「あの拳銃型のでよかやん。神楽に言えばまたもらえるんやろ?」
「あれじゃ、威力が足りないぽい。」
「えー。」
「あのクソ狼相手にしこたまぶち込んでも仕留められなかったんだもの。結局最後は弾倉だけでどてっぱら殴りつけたの。」かんなは新しい武器を欲しがる理由をつらつらと述べた
「うへ。無茶する。」
「だから、威力を上げた方がいいと思ったの。そう思わない? ねぇ。」
「んー。まぁねぇ。」
「年末に向けてさ。いろいろあるじゃん。」
「あー。干支選ぶのもあるし三社参りにってねぇ。」
「だから見直しておきたいの。私の全てを。」かんなは掌をじっと見ている。
「あいあい。わかった。けども。ちょっと寝てからね。起きっぱじゃ頭働かんよ。」奥鳥羽はくぁと一つあくびをした。
「興奮してるのはわかりますけども。お嬢様もお休みになってください。湯殿は開けておりますから。」神楽はそう促してかんなと奥鳥羽のケツを押して湯殿に足を向けさせた。
「あぁ、ついでにそこのワンコちゃんも一緒に入っちゃってください。そういうところの監視までは秋資くんじゃ無理ですから。」
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