第10話 窮兎、狼を狩る
「さて、どうしようかしら。」
使える物がないかと見回す。会議室なのだろう。長机と椅子しか見当たらない。
(使える物は机くらい。これを使うしかないわね。使うにしても、盾にできるかどうか。)
背中は机で多少は時間が稼げる。下は視線でわかる。問題は横だ。両の手に銃があれば左右共にうちけん制しながら脱出できるが。今は一丁。どちらかは無手と言う心細いことになる。
(壊れてても脅しにはなるか。)
かんなは利き手の左に壊れた銃を、右に使える銃を構えた。理由はただ単にそれがよさそうと感じただけ。戦場での選択は大体そう言うものだ。
「もっと考えて飛び込んだらよかった。」
殺風景な室内にため息を流すと机を一脚真上に蹴り上げる。タイミングを合わせてそれを窓に向かって蹴り飛ばす。
(これを盾にして。向かいのビルへ。飛び出す瞬間は――博打ね。)かんなは机を追うように跳躍し、その下に潜り込み外に飛び出した。
(前、いない。左、いない。右も。じゃぁ上!)ギッと体をひねり腹筋任せに上体を起こし彼女はイオラを探す。イオラはかんなが縦にしていた机に手を突っ込んでいた。
「んにゃろ!」向かいのビル目掛けて飛んでいるかんなを見つけたイオラは机の裏を掻き回していた腕を振り机を投げつける。
首尾よく穴倉から脱出したかんなはとんでくる机を撃ち落として視界をふさがれるのを防ぐ。そして、重力に任せて一階分下へ落下。銃を上に向け追い打ちしてきたイオラ目掛けて銃を吠えさせる。
「痛ッたいっての!」どうやら当たったようだ。かんなは横に飛び、イオラの爪が届かない距離を維持し射程の利をひたすらに生かす。
「卑怯だぞ!」飛び道具を持っていないイオラにはひたすらに不利な戦況だった。
「ねぇ、森や山で狩りをするときってさ。」かんなはふと語りかける。
「?」
「弓か銃よね? いや罠もあるけどさ。」それは暗にイオラは獲物であり敵にすら見ていないのだという煽りの言葉だった。かかってくれればイオラの攻撃はさらに単調になるだろうと彼女は考えた。
「ほかに何があるんだってんだよ?」イオラにはそれが、その言葉の含みそのものが理解できなかった。
「もういい。」かかってくれれば楽だったのだがとかんなは肩を落とすと壁を斜めに飛び上がり屋上を目指す。
(足場のいい場所に)
「待てよこの!」
かんなは声が聞こえてくる方向に銃だけを向けてぶっきらぼうにぶっ放して屋上までの時間を稼ぐ。たどり着いたかんなは即座に反転し駆けあがってくるイオラに照星を向け照尺と一直線に結ぶ。反動を抑えるために銃を持つ手を空いてる手でしっかりと押さえる。
そして、かんな目掛けて最短距離をまっすぐ駆け上がるイオラを射落とす様に一発一発を大事に狙って放つ。
「っだ! っが!? なんっで! 威力っが! 上がってんのさぁ!!!」
馬鹿正直に真正面で全弾受けたイオラは大きく弧を描くコースに切り替えた。
「急がば回れを覚えたのね。お利口じゃない。」かんなはキワから外れて屋上のヘリを広く見渡せる位置へ行く。
(もし、あのままあいつがかけあがってきたらヘリから真上に飛び出す。そうなると内側に来るのにはラグがある。そこを撃ち落とす。)イオラの動きを予測しかんなは対策を立て銃を構える。
「さぁ、いらっしゃいな。」待ち構えるかんな。意識を屋上の縁に集中する。動くものがあればそこからイオラが出てくるということ。彼女は縁の少し上に照準を仮に定めた。紫色の何かが縁のラインから上に伸びる。
「来た!」かんなは仮に置いた照準を出現ポイントの上に合わせてイオラの跳躍を待ちうける。縁から伸びた手から肩まで見える。見えたイオラの顔は笑っていた。
イオラは縁の下に残っている手で壁に爪をかけ速度を殺す。飛び上がらず縁に両足を掛け踏み込むとかんな目掛けて一足飛びに距離を詰めてきた。
「な!」慌てて照準を下げるも間に合いそうにない。横へステップを切って躱す。
「うまくいったと思ったのになぁ!」イオラはさっきまでかんながいた床を四足で削って方向を修正する。
「案外頭効くのね。」爪を捌かねばならないだろうと考えたかんなは壊された方の銃を前に出す。
「捕まえたぁ!」イオラは嬉々として爪を振りかざす。イオラは一つのことを狙っていた。それはかんなの銃を使用不能にするか奪うこと。
(こいつ今まで銃しか使ってないから多分残りの一つをどうにかすれば戦力がた落ち! 多分!)自分の掌の部分をはたいてくれればすぐに分捕れそうだが、相手がそれを勘付いているのか掌より内側の手首あたりまでしか払ってこない。
かんなは後ろに引いて壊れた銃で襲い掛かる爪を払いのける。残った右の銃を腰だめにイオラの腹目掛けて撃つ。イオラは体を廻して華麗に避ける。
「ちょっと前にやられた手なんて食らわないっての。」
「そう。物覚えがいいなんて躾しやすそうね。」かんなは左の銃をくるりと回して逆手にトンファーの様に持つと銃身を勢いよくイオラの顔に叩きつける。
「銃をそんな使い方して!」
「本来の使い方ができないくらいあなたが壊したんでしょう。」かんなは手の中でくるりと返して今度は撃鉄側で思いっきり殴りつける。
「あなた。馬鹿みたいに丈夫ね。」
「あんたのほうがしぶと過ぎ! 人間なのになんでよ。俺こういうの嫌いなんだけど!」短気なイオラは長々延々と続く小競り合いに嫌気がさしていた。
「戦いが嫌なら、とっとと負けたら?」かんなの闘志はいまだメラメラ沸々と滾っていた。奥鳥羽は彼女をスロースターターだとよく言う。それは事実だと思う。飽きるまで戦いたいから。例え負けるにしても。
(あたしこいつに何発ぶち込んだっけ? こいつがやたらと硬いのは毛皮の性?)かんなは攻防の中でのイオラの反応を思い出す。
(腹にぶち込んだ奴は結構気にしてた。前面が弱い可能性は高い。かも。)さっきの攻撃も避けていたことからもそう考えられそうだった。
「何ぼっとしてんのさぁ!」
「や!」思考でわずかに鈍ったかんなの動き、イオラはそれを逃さず一気呵成に爪を振るう。左の銃で襲い来る爪を払い体勢を立て直そうと試みる。かんなは顔に恐れを浮かべる
「片手でさばききれると思ってんの?」有利に立ったとイオラの本能は告げる。
イオラはふっとしゃがみ込み体を鋭く回すとかんなの足を狩りに行く。かんなはそれを飛び越え下にあるイオラの頭目掛けて銃を撃つがイオラはたっぷりと溜めてある足のばねを使い左にステップする。
かんなは右手だけで不用意にその動きを追ってしまう。(かかったぁ!)反射で腕を振るうこの動き、これをイオラは狙っていた。伸びきったかんなの右手。そこにあるいまだ吠えたける銃目掛けて下から顔を伸ばしそれを口いっぱいに銜えこみ噛み潰す。
(やった!)口に一度味わった銃の感触をまた感じたイオラは勝利を確信する。ちらりと視線をやったかんなの顔、苦渋にあふれているだろうとイオラは思っていたが、
満面の笑みだった。
かんなは銜えられている銃からも弾倉を引き抜く。左手を空にすると外しておいた弾倉をポケットから引きぬく。かんなは両の手に弾倉だけを握りイオラのみぞおちにぴたりと拳を当てた。
「打撃力の本体はこっち。 じゃぁね!」弾倉に装填していた力全てを弾倉から一度に開放する。銃により制御されていた力。制御なしで一気に撃ちだせばそれは暴走するかもしれないのも構わずに。吐き出された力のまばゆい光と衝撃が二人を襲う。
(あのイヌッコロが吹っ飛ぶまでは堪えなきゃ!)自らが放った力にかんなは弾き飛ばされそうになる。
「なんだよ! あんた銃だけしか使えなかったんじゃないの!」かんなの手から放たれる光。それをみてイオラは心の底から恐怖した。虚体化されてしまうと
「それ、あんたの思い込みでしょ。(ここでかっこよく勝てないとあいつらに笑われちゃうしね。しっかりなさいよ!)」ふっと口に別の楽しさの笑みが浮かぶ。
(なに?この銀色の、虫?)自分の周りにいつもと違う白銀の何かが雲霞の様に飛んでいるのをかんなは感じた。何か、体に力がみなぎっている気がしたが、かんなはそれを一切無視してイオラをぶっ飛ばす事のみに意識を集中した。あふれ出す力を制御してイオラの水月に集めようとする。普段だったらできないだろう素手での制御。それが何故か今はできていた。拡散していく光が両手の周りにくっきりと丸く玉の様に集められる。
「こんどがほんとに。じゃぁね!」自らを撃鉄とし、光球を殴りつけイオラの腹へそれを叩き込みビルの向こうまで吹き飛ばす。光を撃ちきったかんなはその場に崩れ落ちる。
「っかは! っやれやれね。」膝立ちのまま、かんなは撃鉄の両手が残っているのか確認する。
「あいつはどうなってるかしら?」イオラが噴き飛んでいったであろう方にかんなは向かう。人狼は糸の切れた人形の様にだらりと地面に倒れ伏していた。
「虚体化までは行ってないみたいね。ホント馬鹿みたいに丈夫。」
「さってと、どうやって束縛しようかしら。」
「犬だからやっぱり……。でもそれもねぇ」鎖と手枷を振り振りかんなは考えた。
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