第9話 停止線上の男比べ
ワゴン車の中一人残されていた彼は開けっ放しになっているドアから吹き込む秋風に目を覚ます。見渡す車内には誰もいない。でも何も変わらない。
彼のやれることはただ暴れるだけなのだから。
ぎしっと車体を揺らして地面に降り立つと縮こまった筋肉を解放する様に伸びをする。さて、どこで暴れようかと考えた彼は明るい方なら人がいるだろうと虫のように光に誘われて行くことにした。
大きな道路に出る。
ずーっと奥の方で光の山が見える。あそこで暴れればイオラやサーギラに言われたことには十分だろうと彼は考えた。横合いからすごいコスプレなどと言う声が聞こえてくるがこすぷれとはいったい何のことだろう? 彼は気にしたがそれは暴れた後に気にしようと思った。
ゆたりと進む道、そのど真ん中に男が立っている。
自分と同じような半裸のだ。
短い髪、歳もまだそんなに言ってないあどけなさの残る顔をしている。
その男はまっすぐと自分を見据えている。力強い決意のある眼二つで。この眼を彼は知っていた。敵の眼だ。彼はその男を一発で弾き飛ばそうと両の脚に力を入れ一心不乱の突進の準備を始めた。
かんなを追いたい気持ちを抑えて彼は道路の真ん中でそれを探る。
「魔獣の感覚。けど、基本は人の感触。いったい何がいるってんだ。」
「ゆっくり動いてる。ここに来る? 来るな。これ。」
確信を得た彼は道の真ん中に五条の弁慶よろしく立ちふさがり相手を待ち構えた。ここに奴は必ず来る。戦う者同士通じ合う感覚、それがたぎりあう鉄火場はここだと彼に告げていた。
見据える通りの奥、脇からぬぅっと二本の白い牙の様な物が生えてくる。
(象?)ゆったりと揺れるそれは彼には象牙のように見えた。ほどなくして頭が見える。牛の。
「あぁ、いわゆるミノタウロスか。なるほどね。そりゃ獣と人のハイブリッドだわ。うん。しっかし立派な角とガタイだこって。」
謎の気配の正体に納得した彼は相手を冷静にみる。遠目にも自分より大きいと彼は感じる。相手もこちらに気づいたようだ。視線が二人の間を行き来し、互いが互いを敵と認識する。
ブォオオ!と雄たけびを上げたミノタウロスはその本性をむき出しにし地面を数度蹴り上げ勢をつけると、秋資目掛けて猛然と突進を始める。
「来いヤァ!」両の手をクワガタの顎のようにぐばっと開き左足を引いて猛然と迫りくる肉弾戦車を待ち受ける。二つの質量の塊は鈍い音を大きく響かせてぶつかり合う。
「っぐぁっだぁ!」
自らより大きい質量と十分すぎるほどの助走が生み出す純粋な推力が少年の体襲う。跳ね飛ばされそうになる体を腕で支えミノタウロスを受け止める。
「っくそ!止まらねぇ!」秋資は押し返すことが出来ず一方的に電車道で押し込まれる。
「これならどうだ。」腕を下から差し支え押し上げ重心を前に傾けミノタウロスの前進力を下方向に傾け受け直す。
受け止めた推力を横方向ではなく縦に。
自らを押しつぶすように受け直した圧力は彼の足を強く地面へ押し付け受け止める助力を与えた。アスファルトをめくりあげながら徐々にその速度を落とした男二人の塊。それは秋資の背に停止線を抱えて静止した。
「停止線。なんか、この線を超えさせたらいけねぇ気がする。男が……そう、男が廃りそうだ!」受け止めきって一息ついた少年は祭りの余韻の性か停止線を見てそう感じ決意する。
彼はガバッと顔を起こし、牛面の顔を見据えて言った。
「男試しだ!」と。
秋資はそう一方的に宣言しミノタウロスの胸を手で張る。応えるように雄たけびを一つ上げたミノタウロスは丸太の様な腕を振り上げる。それを振り下ろし密度みっちりの筋肉爆弾へと変えて彼の背中に叩きつける。
「っが! こっちも重いなぁ。おい!」ミノタウロスの顎を目掛けて秋資は張り手を撃ち込む。
「威力で負けてる。なら、数で押し切るしかねぇ!」手返し早く左右の張り手をミノタウロスの顎に礫の様に放った。
「どうよ。」問われたことをわかったのか効かぬとばかりに太く吠えるとミノタウロスは腕を横殴りに振り返してくる。彼は足を突っ張り受け止める。左手を握るとミノタウロスの右わき腹を狙ってそれをえぐり放つ。
「! 何だこりゃ? 」しなやかな鉄板を殴っているような硬さと柔軟さを感じる打撃感に秋資は驚いた。
「人の体じゃないってだけでこんな違いが!」野生の本能か相手の動揺をチャンスと感じたミノタウロスは両の腕を持って嵐のように彼を殴りつける。
「っだ! がっつぁ!」秋資は身を低く落としてその嵐の下に潜り込み時間を稼ぐ。頭の上を振りかう嵐の腕のタイミングを図る。振り切られた腕に外から合わせて腕を円に回しこみ流れに合わせて腕を払いミノタウロスの体勢を横に崩す。開いた脇腹めがけて彼は拳ではなく岩盤を貫くイメージで貫手を撃ち込む。ミノタウロスの鳴き声が苦痛を帯びた様に聞こえた。
「これは効いたか?」
突破口になるかと感じた彼は持ちなおそうとしているミノタウロスの体を貫手で刺していく。
「もっと効果的な場所は。」筋肉が薄い場所はどこか。彼の頭に真っ先に浮かんだのは。
首。そこに一突き。
次は脇、えぐるように。
最後に鎖骨。ひっかけ引く様に突いた。一突きごとにミノタウロスの声は威勢より苦しさを強くしていった。表情もゆがみ腕は頭を抱えるためか大きく振りあがって行った。
「このまま押し切れる!?」
勝ち目ににやりと笑った秋資。
その頭目掛けミノタウロスは振り上げた腕を、杭を叩くハンマーの様に叩きつけてきた。腕を振り上げていたのは患部をさするためでも降参でもなく苦痛への怒りを込め一息に秋資を殴りつぶすためだった。
「……っつぁ……。」首がめり込んだかと思うほどの衝撃は彼の意識を混濁させその膝を崩させた。刈り取られかける意識の中走馬灯のように顔が二つ浮かぶ。
「走馬灯とか縁起でもねぇ……誰だよ。」それはかんな。それとなぜか奥鳥羽。
「はは。祭りを中座してケツ追っかけて。挙句に負けて転がってたら。笑われるよなぁ!」
かんなと奥鳥羽のことを思うと力が沸くようだ。崩れかけた足元を大きく開き体と心を支える。
「全部持って当たらなきゃなぁ。なぁ、おめぇ。」屈しかけた心。つぶされかけた体に彼の魂から声をかける。
秋資の中で、なにかしっくりとすべてがどこかに納まった感じがした。体に力がみなぎり今までにない充足感を感じる。何故かと彼は自らの腕をまじまじと見る。
「なんだこりゃ金色の。なんだぁ一体?」腕どころか体中所々が金粉を振ったように光り輝いていた。
「んんまぁ、どうでもいいか。気分良いし。なぁ!」心は体のそれを悪いモノではないと言う。その感性のまま彼はミノタウロス目掛けてガブリ寄る。
「うっしゃぁああぁ!」ミノタウロスにやられた電車道をし返す。それは彼が押し切られた地点をやすやすと通り越す。
堪えるミノタウロス何するものぞと気合の雄たけびをあげ秋資はさらに加速し足の轍を二本アスファルトにきざんでいく。
その電車道は高速の橋脚に衝突して阻まれる。
邪魔をするなとそのまま構わず押し込んでみるが橋脚を射抜くことはできなかった。ミノタウロスは硬く組み合わせた両腕を再度秋資の頭目掛けて振り落とす。
「負けねぇよ!」秋資は狙われている自らの頭を腕にぶつけ肉弾ハンマーを跳ね上げて見せる。
ガブリ寄った両の手で臼を抱く様にミノタウロスの胴を抱き、自分よりも遥かにでかいその巨体を抱え上げていく。
味わったことのない浮遊感にミノタウロスは肝を冷やしその手足をでたらめに振る。極太の鞭の様に打ち付けられるミノタウロスの四肢。その衝撃など構わずに彼はミノタウロスの胴を、その背骨を目掛けて両の腕で締め上げていく。
柱が押し潰れるような耳障りな鈍い音が勝負を終わらせるゴングの様に鳴った。立て続けに3度、4度。音が鳴るたびミノタウロスの体が跳ねる。5度目が鳴るとミノタウロスはその腕をだらりと垂らす。秋資が鯖折を解くとミノタウロスは彼の前に跪き首を垂れて動かなくなった。
それを見て秋資は勝利を確信する。こみ上げる感情、その全てを口から吐き出す。
「っしゃあぁ!十年はえぇんだよ!」謎の勝利セリフと共に。
心の糸、勢が切れたのか彼の体表から金粉の輝きが失せる。それと共に急激な疲労感が体を襲う。
「なんだ。この感覚。すっげぇ重い。キッツ!」秋資は今までが嘘のように重くなる身体に驚く。そして、地球に逆らえずその場に大の字に倒れてしまった。
「かんな……。大丈夫かな。」荒れた息の中、眼の玉いっぱいに広がる夜を見て秋資はかんなのことを心配していた。
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