第7話 刹那白刃取

(慣れられたか? それは困るな)慣れられきっては困ると感じたサーギラは戦い方を変化することにした。


 彼の感じた通り奥鳥羽は霧からの攻撃のパターンを掴みつつあった。霧化をしても結局相手の感覚は霧でない時と同じ。何のことはない、サーギラの右手は右手のある方から攻撃してくるし左手は左の方から。脚も同じ。探知をギリギリまで体の近くに設定して迎え撃つ距離も体の近くに取ることでカウンターを仕掛けることは簡単だった。攻略ももう少しと感じていた。だが、気になることが起きていた。


「どげんしたと?」

 サーギラの攻撃がぴたりとやんでいることを彼女は気になった。


(逃げるわけはない。じゃぁ……。根競べ?)奥鳥羽は全方位に警戒を張りその時をまつ。相手が焦れて現れるまで。長いのか短いのかわからない時間が二人の間に流れる。焦れたのか、サーギラの右手が奥鳥羽目掛けて殴りつけてくる。


(来た!)奥鳥羽は待ってましたとカウンターに拳を合わせに行く。



 その拳の先で、腕がぞわっと分裂する。



「んにゃ!?」膨れ上がった様子を見て奥鳥羽はとっさに両手で頭をかばった。バチバチと散弾のように何かが腕を叩いて飛び去る。謎の攻撃を受け止めていた彼女の背中をサーギラが蹴り飛ばす。もんどりうって倒れた彼女に彼は追い討ちに足を落としてくる。それを転がり何とか躱し膝をつきながら奥鳥羽は体を起こす。


 キッと視線を送った先で悠然と立つサーギラの右腕のある場所に蝙蝠がたかっていた。


「なぁる。群体の蝙蝠ね。吸血鬼やもんね。」棒著の腕を叩きつけていたのは群体蝙蝠だったのかと理解して、どう戦うかをまた組み立て直す。

(物理体のない殴れん霧と物理体の有る群体蝙蝠の使い分け。どっちが潰し容易かかな。……やっぱ群体蝙蝠よね。あれを削って行けば。)再度組み立て直したのを悟られぬように奥鳥羽は顔に苦悩をにじませたままにする。


 サーギラはいまだ霧になって辺りを漂っている。霧の状態では常に先手は彼が握っている。吸血鬼はたっぷり焦らして霧から群体蝙蝠に変化させ奥鳥羽の顔目掛けてとびかからせ視界を奪う。彼女は蝙蝠を殴りつけ払い飛ばす。


「視界を奪われるのは怖いか?」サーギラは声をかけ奥鳥羽の意識を釣り真反対の死角から殴りつけた。


「もうなにこれ! なに!?」群体蝙蝠に気を取られていた奥鳥羽はそれをまともに食らってしまう。有効と見たサーギラは攻撃の主軸を群体蝙蝠へと切り替える。今まで腕一本分だった群体蝙蝠への変化量を半身分に増やして突撃させ奥鳥羽をさらに混乱させることにした。


「あーもう。どうしろってのよ! これ。」

 奥鳥羽は飛び交う蝙蝠の量に度肝を抜かれる。


 サーギラは群体蝙蝠を旋回させ奥鳥羽の集中を散らす。彼女はやみくもに腕を振り回して蝙蝠をどうにかしようとしているようだった。


(慣れられる前に一気に。)サーギラは蝙蝠の一部と霧を同時に変化させて奥鳥羽の首をひっつかみ釣り上げる。


「っぐ! っかはっ!? 」釣り上げられた奥鳥羽は足をばたつかせる。肘を後ろに突き出しサーギラの腹を殴ろうとするがそこに彼の体は存在せず空振りに終わった。


「くはは。苦しかろう。怖かろう。吸血鬼の強さはどうだ?」その足掻きに気を良くしたサーギラは釣り上げた奥鳥羽の顔の前で勝ち誇って自らを誇示する。

 睨み付ける奥鳥羽の視線を、彼は甘く感じていた。



「足を振ろうが手を振ろうがもう無駄だ。」今までの苦労を充足させるようにサーギラは奥鳥羽をなぶろうとした。


「さぁ、手から行こうか足から行こうか? いや、そのキレイな眼からか。」

 ニィッといやらしい表情を恐怖がにじみ出した奥鳥羽の眼に落とす。


「そうだな。その眼からだな。」

 指を一本霧にして首から外す。それを実体化し一つ舐めるとその指を奥鳥羽の左目目掛けて伸ばす。


「こら、動くな。動くと狙いが定まらん。」なおも暴れる奥鳥羽にあきらめろとサーギラは言う。よく狙うように奥鳥羽の眼を見つめる。



 その眼からは恐怖の色が消えさっていた。


 奥鳥羽は自らの首を絞めていた両の手をガツンと突き上げる。緩んだ忌まわしい手をつぶすように握り首から引き離す。

「! 貴様まだそんな力が。」驚愕するサーギラの顔面になぶられたお返しとばかりに奥鳥羽は拳一つ。サーギラの生首は霧にも蝙蝠にもなれずまともに拳を受け吹っ飛んだ。首を追いかけるように蝙蝠が飛んでいくのを見た奥鳥羽は膝をつき呼吸を整える。


「っげぉ! っげぇ! あのままタダじゃあんたにやられんて。」視線はサーギラから切らさない。彼は全身を実体化したようだ。


「あら、赤い花がついてあんたいい顔になったやん。」久々のまともなダメージ。その感触を奥鳥羽は嬉んだ。

 またその感触を味わいたいと彼女はサーギラにとびかかっていく。

 サーギラは霧になりその突撃を躱し立て直そうとした。


 霧になろうとした。


 が、体が応えない。霧になれない。



「なに!?」あまりもの事態にサーギラの思考が止まる。目の前には奥鳥羽が口を半裂きに笑いあげて迫っている。吸血鬼は群体蝙蝠になることを試みる。ギリギリで体を蝙蝠化させて間一髪で奥鳥羽の体をすからせる。


(霧に!)蝙蝠から霧になろうとするもやはり霧は発動しない。

(蝙蝠の速度と密度も甘くなっている!?)

 サーギラはこんなことはなかった。今まで自由に霧になれなかったことも群体蝙蝠の状態で群れが伸びきることも。

 何故なのかその理由が全く分からなかった。

 考えられることとしては対戦相手の奥鳥羽が何かした。それだけだった。


「貴様、私に何かしたな!?」

「あたしがあんたに吊るされとったときなんもしとらんと思ったと?」


 奥鳥羽はしてやったりとばかりに、にひりと笑いながら伸びきった群体蝙蝠の末端をぶん殴って虚体化する。淡白い煙になった自らの一部を見てサーギラは全てを理解した。


「あの時に!? あの時に蝙蝠を!」彼が奥鳥羽を吊るしあげ愉悦に浸っていた時に振り回していた腕、脚、あれは苦し紛れではなかったと。

「やたらめったら振ってたわけやなかと。」あの時の彼女は群体の蝙蝠をつぶしていたのだ。


 奥鳥羽はサーギラに対して指拳銃を向けて一言。



「あんたの体ってさ。今どれくらい残っとるん?」


 その言葉にサーギラは恐怖した。虚体化という恐怖の腕が自らに迫っているのだ。人型になったサーギラは掌をじっと見る。小さくなってはないだろうか? 薄くなってないだろうか? 自らの存在そのものへの疑念が頭を駆け巡る。見つめる掌にぽたりと汗一滴。


「怖いやろ。戦うって。ねぇ。」口を突いて出る言葉と裏腹に奥鳥羽は歓喜を顔にさらに浮かべている。それを見たサーギラは覚悟を決める。


 次の一撃で刺し違えてでも仕留める覚悟を。残った力を込め奥鳥羽目掛けて突っ込む。

「相打ち覚悟?」


 地を這うように飛ぶサーギラは大きな一匹の蝙蝠に変化する。


「そんな変化も!」

 奥鳥羽が見据える先で蝙蝠は羽を閉じ一本の錐体に変化しさらに加速し貫通力を上げるため回転も加えて迫る。弾体となったサーギラはまっしぐらに彼女のどてっぱらを射抜こうとする。


「全力を避けるのは無粋やね。」真正面から打ち破ることを奥鳥羽は決意した。

「タイミングを誤るわけにはいかん。」奥鳥羽はギリのギリまでサーギラを引き付ける。


 奥鳥羽が両腕を伸ばした範囲より外。

 その掌より内。ギリギリまでひきつける。


(勝った! この間合の内ではもう受け止めも避けもできん!)サーギラは勝ちを確信する。後は貫くだけ。もうすぐ生暖かく柔らかい感触を切っ先で味わうだろうと。

 だが、その目論見は外れる。


 切っ先を何かが両端から挟み込む感触。奥鳥羽は切っ先を拳でもって白刃取りしてみせていた。


「無駄な足掻き!」

「どうかいな!」回転する錐体と拳の削り合いが花火のように火の粉を生む。双方、身体の中身が空になるまで全力をぶつけ合う。火の散り飛びは徐々に勢いを失っている。それは、サーギラの回転が徐々に弱くなっていっていたからだった。


「馬鹿な! なぜだ!」

「あんたが無駄になぶって削られ過ぎただけやろ。じゃぁね。」驚きのあまり錐体から変化しないサーギラ。その声がしてきたあたりを頭と見て奥鳥羽は拳を下から振り込む。


「っがっは!」

「ビンゴ!」

 衝撃で錐体の中から飛び出てきたサーギラの顔面ど真ん中目掛けて奥鳥羽はトドメの正拳を腰だめにめり込ませた。意識を失ったサーギラは殴られるがまま無様に地面を転がっていく。奥鳥羽は攻撃の手をやめない。鋭く跳ねるとサーギラの真上へ。


「一応念のためね。」

 そう言って奥鳥羽はその腹に追い打ちとばかりに膝を落としさらに顔面に拳を刺す。さっと飛びのきサーギラが動くかを注視する。動かないことを確認しても臨戦の心を解かずサーギラを睨み落とす。

 魔なる力の変化をじっと確認する。


 細々とろうそくの火の様な残り火だけであることを見て奥鳥羽は自らの勝利であると断定し気絶しているサーギラの手足に枷を手際よくはめる。



「さって。これでとりあえずあたしは御終い。かんなは大丈夫かいな?」奥鳥羽は探知の感覚で彼女の戦況を探り始めた。

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