第6話 短髪少女は吸血鬼と踊る

「えー。」ブーと口をとがらせた奥鳥羽のそばにサーギラが現れる。

「あんた。が相手ね。」

「あぁ、そうだ。私は…… ! 」サーギラの名乗りを無視して奥鳥羽は殴り掛かった。

「あんたは敵!」彼女は光る拳をガチンガチンと打ち合わせて笑う。

「ふん。野蛮人め。」


 サーギラが呆れているそのわずかな間に奥鳥羽は一足に距離を詰める。相手より低い背を利用してもぐりこむと腹に一撃。苦痛で落ちてきたサーギラの顎を追撃で打ち上げる。背後に回り込み飛び、打ち上げられて伸びきった彼の首を蹴り落としに行った奥鳥羽の足は、目的の首をすり抜けてしまった。


 手ごたえの無さに奥鳥羽はつんのめる。何があったのかと彼女は距離を取り敵を見定める。



 その視線の先、サーギラの頭は霧になっていた。



「なーる。あんた吸血鬼なん。」相手が何かを理解した奥鳥羽はその強さに喜んだ。

「そう。私は吸血鬼、しかもルートだ。」吸血鬼は誇らしげに素性を言う。

「ルート? なんねそれ。根菜かなんか?」話す間も奥鳥羽は拳を振るうのを休めない。しかし拳は全て霧を掻き回すだけでサーギラに届くことはなかった。

「うわ。久々にやり合うけどやっぱ吸血鬼めんどくさ! あはは。はっはぁ!」霧への攻撃に意味などないのに彼女は笑ったままに拳をひたすらに振り続ける。

「いつまで、無駄なことを続けるのかね?」吸血鬼は余裕と哀れみをもって奥鳥羽に言葉をかけた。



「あんたが負けるまでたい!」



 余裕がべっとりと張り付いたサーギラの顔に拳を飛ばしてそのあざけりの顔を霧消させる。その顔が戻る前に奥鳥羽は拳を白色に煌めかせ彼のどてっぱら目掛けて叩き込みニッとわらう。


 霧から戻った彼の顔は苦痛に歪んだ表情を形作っていた。


「部分霧化の弱点。霧化時の感覚消失。全身霧化だと魔力感覚で補えるらしいんだけどねぇ。」苦悶に身を曲げるサーギラをしこたま殴ってやろうと奥鳥羽は拳を振るう。吸血鬼はそれを全身霧化で回避する。


「おろ。うまく逃げたね。」まだ戦いが続くことに奥鳥羽はニヒっと笑む。サーギラは離れた場所で人になり空っぽになった肺に空気を充填し目の前の女とどう戦うかを考える。

(霧化では攻撃ができない。実体の近接では……そこは比べるまでもなくあいつの間合だ。ならば。)彼は吸血鬼としての力を存分に使い戦うことを決意する。


「いくぞ!」


やい!」

 背筋を上がる戦闘の快楽に奥鳥羽は身を震わす。サーギラは彼女めがけてまっすぐに突っ込んでくる。迎え撃つため腰を落とした奥鳥羽の目の前で彼は霧になって煙に巻こうとした。

「馬鹿なん?」霧に攻撃能力がないことを彼女は百も承知。霧がまとわりつくのも気にしない。


 サーギラは腕だけを実体化して奥鳥羽の首へとひっかけ倒した。

「部分実体化? こすかね。」効かぬとばかりに奥鳥羽はパンと起き上がる。サーギラはまたも腕だけ実体化させ振り回し彼女の頭目掛けてバックハンドブローを放つ。

「っく!」奥鳥羽は体をひん曲げてそれを避けると後ろ目掛けて蹴りを放つもそれは霧を掻き回しただけだった。

「実体化してないかぁ。じゃぁ。」状況から奥鳥羽は次の戦い方を考える。有利と見たサーギラは彼女の顔の前で手を具現化し彼女の意識を釣り、背後で両足を実体化して蹴りを入れようとする。

「っだぁ!」奥鳥羽は腰を切って蹴りに蹴りをもってノーステップカウンターを取る。

「つ!(もう慣れられたか?)」対応されたかと危惧したヴァンパイアは完全霧化して奥鳥羽の様子を見る。視線はチラチラと方々を見て一向に定まらない。脚もそわそわと落ち着きなく動いている。

(たまたま? と見るべきか。)今度は逆、脚をおとりに使い背後から拳で殴りに行く。奥鳥羽は蹴りを両の腕で受け拳をまともに食らってしまう。

「っくそ!」殴られた彼女は悪態をつきながらもうすでに霧になったサーギラの腕目掛け背後に腕を振るう。

(大丈夫だ。まだやれる!)サーギラは奥鳥羽がまだ見切り切れてないと考え一気呵成に攻撃を仕掛けようとする。


 戸惑っているように見える彼女は大きく飛ぶと壁を背中にぴたりと着け背後の空間をかき消す。

「ほう、考えたな。」サーギラは顔を具現化して奥鳥羽を煽る。

「これで、背後を取るのは無理でしょ。」

「だが。」こんな手を取るだろうというのは彼の予想の範疇だった。

「なん?」怪訝なのだろう言葉にそれを出す彼女の背中に何か温かいものが当たる。


「霧はわずかな隙間があれば入り込めるのだよ。」それはサーギラの上半身。壁から奥鳥羽を引きはがそうとしている。彼女はこれを待っていた。


「それ知っとお!」そう言ってグンと足を踏み込むと全体重をかけ左肘をサーギラのどてっぱらにドンと叩き込む。霧になられる前にと右の肘、左の肘と立て続けに肘鉄砲を連射する。肘に肉を叩く感覚がなくなる。(! 足元!)


 何かを感じた奥鳥羽は反射で軽く飛びあがる。その靴の下をサーギラの手が通り過ぎていた。

 立て続けに実体化してくる吸血鬼の身体。

 その右手に肘を。

 蹴りつけてくる足に膝を。

 顔の真ん前に実体化する掌。奥鳥羽はその指を取って甲に向かって曲げ折りにかかるも逃げられる。

 喉笛に噛み突こうとする吸血鬼の生首を彼女は身体を引いて躱し下からアッパーでもって跳ね上げる。

 背後を取ってくる脚を踏み台にして前に飛びサーギラから距離を取って奥鳥羽は息を整えた。

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