第3話 鍛錬の到達点

 かんな達の戦闘が始まろうとしている頃、男比べをしている会場でも状況が変化していた。



「どうした貴様ぁ! 体が集中していないぞ貴様。私を……いや、この勝負をなめているのか!」舶来の何某は相対する少年の符抜けた体とポージングに憤怒する。祭りの初対面の仕切りと殴り合いでは自分と同じくらいの力はあると感じていた。だが、ワゴンが走り去った後から心ここにあらずと言った感じで相手の少年の体にキレがないのだ。


 厚みもないのだ。

 心が自分に向いていないのだ。それに何某はひどく憤慨している。


「大将! すんません。」少年は何かを決意したように大将へ声をかける。

「ほぅ、秋資あきすけやはり気になるか? あいつらが。」大将はその言葉ににぃっと笑みを浮かべる。

「ええ。」

「わかった。ゆけい!」秋資少年の決意の心に大将は祭りを中座することを認める。

「すんません!」

「貴様! にげるか!?」

「そう取られても構わねぇよ!」どこかから放られた長法被をひっつかみ羽織ると彼はかんなが消えていった闇に向かって一心不乱に走って行った。



「ふん。坊主。ならばわしとやり合ってみるか?」大将は何某の血気盛んさを喜び言う。

「あなたは長と勝負されている。手を出しては長の名誉にかかわる。」

「お前が加勢するとわしは負けると? ほぅ、お前にはわしがそう見えるのか? これがぁ!」大将の筋肉はさらに盛り上がり威厳を高める。

「く! これは。」

「ルドバーン。私の後ろにつけ。」舶来の長は何某かをルドバーンと呼び傍にいろと言う。

「長! あなたは。」

「無理に補佐しろとは言わん。だが、儂らの戦いだけは見ておけ。」

「あの少年。秋資と言ったか? 心ここにあらずであったな。儂はあの目、あの状況を知っている。おぬしもだろう?」舶来の長は笑みを浮かべながら大将に尋ねた。

「ああ、もちろんよ。故に行かせた。さぁ! 続けようぞ。」

「いずれ、あの少年ともやってみたいのぅ!」舶来の長もさらにビルドアップをして見せた。



「ぐっが! これが“頂の争い”か!」それぞれの集団の頂点二人が放つ闘気にルドバーンは気圧され倒れそうになる。

「堪えろぉ! 眼を閉じるな。ワシらの勝負を心にきざめ!」長はルドバーンを叱咤する。長は彼に頂の勝負を経験させたかった。

「ほぅ。貴様はそいつに眼をかけているか。」大将はルドバーンを目で射抜いて長に言う。


「あぁ、お主のあやつと一緒よ。」

「ならば! 見せてやらねばのゥ!」パッと大将の体が黄金にまばゆく輝く。

「それをやってくれるか!」長は相手が自分の意図に乗って力を振るってくれる。その決断に敬意を表し心の中で頭を下げる。


「何の光!」突然の輝きにルドバーンが驚くのも構わず、大将は足を高々と振り上げると地面を強く踏みしめ大地を豪快に揺らす。股を割りぐっと身を低くし、揺らした大地そのものを持ち上げんかの様に手を左右へ刺し広げる。そして、ゆっくりと上体を持ち上げていく。全身全霊をもってあたることを示すかのように両の掌と眼をまっすぐに長へ向けたまま上体と腕をせり上げる。



「なんなんだこの、この威圧! 威厳は!?」所作が進むごとに光り輝く大将の筋肉身体。白銀に光り玉の様に飛び散る汗。その荘厳さが増すほどに彼の力が高まりほとばしりスパークしていることをルドバーンは肌を通してビリビリと感じる。



「心身総和の至りと言うらしい。」長はうれしさを隠すことなく顔に出して言う。

「心身総和の至り?」聞いたこともない名称を長に鸚鵡で返した。



「人の心と言うものは体を完全に信頼はしておらんらしくてな。心が身体にリミットをかけ100パーセントの力を出すことができんらしい。だから心に体を信頼させ互いにすべてを託し合うまでに分かり合わせる必要がある。その完全に一つになった状態がこのまばゆいばかりの力の本流。人が魔なる者に勝るために研鑽した技と筋肉の集大成よ。これより上、人理凌駕の極致というものもあるらしいわ。そして!――」


 大将の心身総和の至りに応えるために長は両の手を高く絞り上げる。その拳から指を一本伸ばし我こそが天であると示し自らの体満身に自信と心を籠めていく。心が満ち満ちるにつれ、長の体表が赤みを帯びる。それはたちまち赤みを超え煮えたぎる炉の中のように赤い輝きに満ちる。輝きが流れる汗を沸騰させているのか黒い蒸気が長の体から吹き上がり始めた。



「長、これは。」それはルドバーンが見たことのない長の姿だった。

「これは心身総和の至りの様な物よ。魔なる者のな。儂もまだ誰かに伝えれるほどにこれを理解してはおらんがな。」

「ついてこれるか?」長はルドバーンに尋ねる。

「ええ!」彼は一番自信のある二の腕を敵と見染めた大将に見せつけながら答えた。

「ならばかまえい!」眼を掛けた後進の力ある返答に長はうれしさを抑えきれない。

「おう!」ルドバーンは持てるすべてをもって大将の心身総和の至りを受け止めにかかる。祭りは佳境に入っていた。

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