第3話 入学式
2100年3月8日
入学式には早すぎる冬の寒さが残るこの日は波乱の学園生活の始まりの日でもあった。
なぜこんなにも日程が早いのかというと、この情報世界での新しすぎる生活に余裕を持たせるためだ。
学ぶことも慣れることもたくさんある。
この情報世界に移住するにあたって身につけるべき基礎知識として代表的なものはアウラだ。アウラとは情報世界の管理を司る、いわばコアだ。日本には1つのみ存在し、世界各地にも存在している。そしてそれらのアウラをまとめ上げるのがオーラウラであり、太平洋の中心の中立海域にて管理が行われている。
アウラの管理の職に携わる人は人口の1割ほどだ。朝番、昼番、夜番の8時間交代制で、24時間集中管理がなされているのだ。それほどアウラがこの世界で時果たす役割は大きい。
一希は耳元を小指で触り、アトメカを起動する。今日の入学式のスケジュールをPDFファイルで確認するためだ。
空気中に浮かぶウインドウを見ていると、視界の端から陽菜、春音、風都が顔を出す。陽菜は左から、春音は右から、風都は下からだ。背伸びをして自分の顔を覗く弟に頬を緩ませていると、
「じゃあお兄ちゃん、私と風都は反対側の校舎だからもう行くね」
春音の言葉でもうそんな時間かと一希は気付いた。
「ああ、そうだな。友達百人できるといいな」
「お兄ちゃんたちと違って私は学校変わらないからね?」
「友達百人の部分は風都に言ったんだ」
風都は中学校の入学式だ。春音はその付き添い兼生徒会長の職務だ。
ぷうーっと春音が頬を膨らませる。陽菜はそんな春音がとても可愛いようだ。彼女を妹のように思い、今は頭を撫でている。そんな姉のような暖かさをくれる陽菜に顔をほころばせ、すっかりふくれた頬は引っ込んだようだ。
「僕は群れるのはあまり好きじゃないんだよ、兄ちゃん」
「一丁前にカッコつけやがって。人とのつながりは宝だぞ。才能とかだけじゃなく、こいつスゲーって思ったら仲良くなっとけ!きっと風都のためになるぞ!」
「うーん、わかったよ」
一希は春音に、在校生代表挨拶頑張れよ、と軽く声をかけてから各々が各々の校舎に向かう。
一希と陽菜の入学する学校は、都立第三情報科高等学校である。北海道地方、東北地方、関東地方、東海地方、近畿地方、中国地方、四国地方、九州地方の順に第一から第八まで系列があるこの情報科高等学校はその地方で最も偏差値の高い学校である。
春音と風都はこの中等部に所属している。
「ねえ、一希。あなたまた昨日寝てなかったでしょ。いくらこの世界で眠らなくても問題なく生活ができて健康も維持できるからってあまり感心しないわ。寝ることにはリラックス効果もあるのよ?心の健康も気を使わないと」
陽奈の言い分はもっともだ。しかし、一希は正当性を訴えようと試みる。
「昨日は情報世界で、情報世界だからこそ俺たちができることをリストアッップしてたんだよ。ほら、なるべく今後のためにも備えはしておいたほうがいいだろ?」
もともと練馬区警の演習場である程度は済ませているとは言え、まだまだ確認することは多かった。
「こっちにきてから毎晩やってるわよね?」
「昨日ちょうど終わったんだよ。」
だんだんと一希の口調が勢いを失っていく。
「じゃあ今日はちゃんと寝るのね?」
「寝ま・・・せんっ!」
開き直った。思い切り。
「なんでよ!」
「ゲームもしたいんだよ!俺がこの世界で最も楽しみにしていたのは完全没入型のゲームなんだぜ?」
はあ、とため息をつきつつ、前の世界のように睡眠不足で健康が損なわれるわけではないことを理由に、なんとか反論を呑み込んだ陽奈は、
「もう、ほどほどにね」
と、妥協した。
校門を過ぎたあたりから周りがざわつき始める。
「ねえ、あの人カッコよくない?」
「なあ、あの子可愛くないか?」
あまり目立ちたくない彼らにとって賛美の声はありがた迷惑なものである。何を自意識過剰な、と思うかもしれないが、人は成長するにつれて自分の外見と自分以外の人たちの外見を比較して客観的に判断できるようになるものだ。化粧で補うのも、ワックスで補うのも、自分の見た目をよりよくしたいからする行為だ。
一希も陽奈も人並みにその客観的視点を養えており、その上で自分たちが良い外見であることも把握している。
「やっぱり視線にはあまり慣れないな。なんかむずがゆいというか」
「気にすることないわ。早く講堂に向かいましょう」
やけに陽奈が早足なのは結局視線を気にしているからだろう。
「そうだな。今日は1年生と一部の上級生しか来ていないはずだから、目立って上級生に目をつけられないようにしないと」
一年生のネクタイ(男)、リボン(女)が青で、赤は3年生、緑は2年生であることを表す。中にはネクタイに金色の紋章が付いているものがおり、それがAクラスであることを証明していることを一希と陽奈は知っている。
この学校は一番優秀なAクラスが30人で、その他B〜Fクラスは成績に関係なく30人ずつ振り分けられているのだ。
一希と春音は自分たちのクラスがFクラスであることを入り口で確認してから割り当てられた席に向かった。
男子から数えて4番目の黒間一希と女子から数えて4番目の蒼本陽奈は男女交互に座る席順で偶然にも隣同士になったのだった。
「君の名前はなんて言うんだい?」
一希の隣の女子が飄々と彼に話しかける。彼女は茶色のポニーテールをなびかせており、どこか幼さが残る容姿をしている。
「一希、黒間一希だ。君は?」
「私は佐伯智恵美。智恵美でいいよ。これから一年よろしくね。奥の子は?知り合い?」
一希が陽奈に自己紹介を目で促す。
「蒼本陽奈よ。よろしくね、智恵美?でいいのかな?」
「うん。よろしくね、陽奈」
「幼馴染みたいなものだよ。家族ぐるみの付き合いなんだ」
その話を聞くや否やニヤリと智恵美は笑みを浮かべる。
「へえ〜。そうなんだ〜。なるほどね〜」
「何を勝手に想像してるのかは知らないが、智恵美が思っているようなことはないぞ?」
一希の反応に少し落胆を見せる陽奈は一希の自分をなんとも思っていないような言い方が悔しかったのか一希に激しく賛成する。
「そうそう!私は一希のことなんてなんとも思ってないんだから!」
「腐れ縁ってやつだ。」
「そこまで言うことないじゃない!」
瞬間、陽奈の拳が一希の腹に深くめり込む。
「ぐぇっ」
「仲がよろしいことで」
智恵美は一歩引いた目で彼らのやり取りを苦笑いで見ていた。そんな彼女の苦笑いを見て冷静さを取り戻した二人は智恵美に問いかける。
「智恵美にはそういう幼馴染はいないの?」
「確かに。俺たちの関係ばっかり勘ぐっているが、自分はどうなんだ?」
あー・・・、と人のことばかり言えないなと智恵美は自省する。
「私も幼馴染みたいなやつがいるなあ。ぜっんぜん魅力を感じないやつなんだけどさ。確か同じクラスだったはずだ・・・。またあいつの顔見ないといけないのかあ」
「そこまでなのか・・・。一体何があったのかは知らないが、そういうつながりはあ大切にしたほうがいいんじゃないか。教室に行ったら紹介してくれよ」
「向こうが話しかけてきたらね」
はあ、と智恵美はため息をつく。一体どんな人なんだろうと二人は少しだけ興味を惹かれた。談笑しているうちに新入生の入場は完了したらしく、今まさに入学式が執り行われようとしていた。
「ただいまより、都立第三情報情報科高等学校入学式を始めます。一同礼」
起立を終えていた新入生たちが礼をする。その後、理事長、校長の挨拶が続き、生徒会長の挨拶の番となった。
「続きまして、生徒会長、天宮奏」
はい、と慎ましやかに返事をして、女性の生徒会長が登壇する。スタイル抜群とはこの人を形容した言葉だろうと皆が感じたに違いない。男女問わず、皆が彼女に憧れるような視線を込めており、周りが少しざわついた。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。在校生を代表して、歓迎いたします。昨年から今年にかけましては情報世界への移住による変化が多く、不安もあるかと思いますが、私たちは十分に備えをしてきたはずです。そのことに自信を持ち、これから始まる高校三年間、悔いのないように努めてください」
その後も幾分か挨拶は続いた。綺麗に手入れされ結ってある金髪は、育ちの良さを感じさせる。新入生たちは話をしっかりと聞くよりも彼女を見つめることに気を取られているように思えたが、滞りなく式は進み、最後に新入生総代の挨拶である。筆記試験と情報処理を含む実技試験の総合成績が最も良い者に与えられるこの権利は一希も陽奈も手にしていない。ひとえに目立たないために木城から制限をかけられたのであるが、事情を知っている参列者がもしいたなら、この状況を滑稽に思うだろう。実技は中学の頃から実際に演習場で人並み以上に理解を深めて来た。筆記試験においては恐らく配点すらも予想して丁度良い点を取らされただけで、真剣に取り組めば難なく全て解ききるだろう。それらの成績を合わせた総合成績はどうなるか、容易く想像できる。
「最後に新入生総代、赤城遥」
天宮とは違い、はい、と自信満々に元気よく返事をして、赤い髪が特徴的な彼女は登壇する。
「みなさんごきげんよう。ご紹介にあずかりました、ワタクシ、赤城遥と申しますわ。最初に申し上げておきますと、ワタクシ、優秀な人以外興味ないんですの。Aクラスの方々とは仲良くしてあげても良いのですけれど、B〜Fクラスの人はごめんですわ。それじゃ」
さっと立ち去っていく彼女を尻目に見て、先生や会長たちは戸惑っていた。新入生たちもあまり良い顔はしていない。。
「ええと、ではこれで入学式を終わります、各自指定された教室に行き、先生の指示に従うこと。では、解散とします」
進行役の人は取り乱しつつも、無事式を終わらせたようだ。
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