第2話 訪問
一希の眼前には警察であることを示す昔ながらの紋章を正面入り口に据えた建物がそびえ立っていた。高さからして20階はゆうに超えていると推測されるその建物の裏口から入り、彼は地下へと歩みを進めた。機能性と機密性を重視しているため豪奢な飾りは一切見られず、何度か指紋認証やら生体認証やらを経て、ようやく地下7階のスペースへ到達する。
「よく来たね、“候補生”黒間一希君、蒼本陽菜君。」
現代においては特に優秀な生徒に限りインターン制度が中学生から認められている。その中でも、組織や企業がここに留めておいてゆくゆくはこの職に就かせたいと強く感じた時に贈られる称号が“候補生”だ。一希や陽奈は警察の候補生だった。その時点である程度のエリートへの線路は確保されていると言って良い。
ただし、各々の将来は本人の自由意志によって決定されるので、候補生という称号に強制力はない。
やたらと候補生という言葉を強調して心得顔で一希に話しかける男は三宅誠太である。
背丈が180cmほどで20代後半と見える三宅は人当たりが良くいつもニコニコしている。ずっとニコニコしていて腹の裡を見せないので、一希はこの男と話す時は考えを読み取られまいと身構えている。そう心がけている。
「どうもこんにちは。アラサーのおじさん」
「こんにちは、三宅さん」
自分を練馬区警に置こうとする候補生という単語の使用に対して一希が皮肉で返す。
それでも笑顔は崩さず、
「アラウンドサーティーの捉え方は諸説あるだろう?僕の信じる考え方では僕はまだアラサーじゃないんだよ?」
と三宅が返す。
「私もその考え方に賛成です」
女性が年齢を気にする心理は置いておいて。
「半ば強引に候補生って称号を押し付けられましたが、お給金がいいので特に不満はないですよ」
補足すると、候補生には給料が支払われるのだ。所属する団体にもよるが、各候補生の働きに対する給料なので、出来高制だ。
また、期待度が大きいと多少色をつけて支払うところも多い。
出来高と期待度がうまく合わさった結果、給料の差は個人個人でかなり大きくなる。
あはは、と苦笑いを浮かべた三宅は本題に入ろうと話題転換を図った。
「さて、今日来てもらったのは他でもない。明日から始まる学校での身の振り方を確認することだよ」
話の腰を折られなかったことにホッとしている三宅だが、一希も大事な話の邪魔をするほどバカではない。いらぬ心配であったが、とりあえずそのまま話を進めることに成功したようだ。
「はじめに、悪目立ちしないこと。君たちの整った容姿なら注目されても仕方ないけど、自分から目立つ行動は避けてほしいかな。次に捜査に関する情報は秘密にすること。マスメディアで公開されている情報以上のことは秘密にするんだよ?最後に、あまり自分たちの力を見られすぎないように。法に抵触する恐れのあるものもあるからね。それ以外は好きに使っていいよ」
わかりました、と二人が続けて三宅に返事をする。
「まあ、あとは良心と常識に従って自由にやりなよ。せっかくの学園生活楽しまなくちゃ。君たちの場合だいぶ特殊な日常が待ってそうだけどねー?」
心底楽しそうに、それでいて他人事のように話す彼に、二人は表情を曇らせる。
「絶対楽しんでるよね。あの人」
「ああ、間違いない」
陽菜の耳打ちに対して一希は強い同意を示す。
「なんでこの人副署長やってるんだろうね。集団行動できなさそうなのに」
「そうよね。一人で気ままに過ごしたそうなのに」
彼の辣腕を二人は知っているが、軽口を叩ける程度には彼らと三宅は親しい。
「二人とも聞こえてるよ」
聞こえるようにやっているのだ。
「孤独がかっこいいと思ってるのかしら?」
「ちょっとォ!」
だんだんエスカレートしていきそうな悪口に、三宅はたまらず制止を試みる。
「と、と、と、とりあえず今日の本題はここまでだから。演習場使っていく?」
「いえ、今日はいいです。明日に入学式も控えてますので」
実を言うと一希たちは情報世界には中学一年から来たことがある。その時点で理論は完成しており、試運転的に演習場を情報世界とリンクさせていたからだ。異常がないかを調べると同時に、そこで一希たちは様々なことを試した。例えば情報世界で怪我をした時に、元の情報をキーボードで打ち込んで治せるかどうか。これは成功した。他にもゲーム好きな一希は、眠らずに健康を保てるかどうか、身体を強化できるか、座標を書き換えることで自分の体を瞬間的に移動させられるかどうか、など様々なことを試していた。
「そう。じゃあまた何か試したいときはいつでも来てね」
そんなに気軽に頻繁に来てもいいものだろうかと考えつつ、今更か、と一希は思い直した。なにせ中学1年の最初の最初から彼らはここを出入りしているのだから。
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