第4話
あの人はホテルにタクシーを呼び私に一万円を渡して「ほんとうに申し訳なかった。」と謝り先に帰してくれた。走るタクシーの後ろの窓から様子を伺うと弱々しく小さい背中が見えた。昨日の夜は酔い潰れたあの人を介抱する役をじゃんけんで負けたせいで任されてタクシー乗り場まで歩く途中にあったホテルに何故かいきなり連れ込まれた。その時あの人は私を菜穂子と呼んでいた。奥さんと間違えているのはわかっていたけれど思いのほか力が強く抗えなかった。いや、大声で助けを呼べばいい話だった。でも、私は嫌ではなかった。いつもは真面目なのに今はデレデレでなんか可愛らしいと思ってしまった。きっと奥さんが大好きなんだなと思うと何故か腹が立って奥さんのフリをしてやろうと思った。どう考えても私が悪い。彼氏とケンカをしたばかりだったからイライラしていたのかもしれない。彼氏が結婚しようと言ってきたのがきっかけだった。そこまではよかったのだが、専業主婦になって彼の実家で暮そうと言われた。その時仕事を辞めたくないと言ったら、彼は今の時代に女だけで生きていけるはずがないしお前の代わりなんていくらでもいるだろうと言われた。彼だけは自分のことをわかってくれていると信じ込んでいた。今思えば過信しすぎていたのかもしれない。その後気まずいまま家に帰った。そんなタイミングだったため既婚者を目の敵にしがちだったところもあると思う。奥さんには申し訳ないことをした。前に一回あの人が酔っている時に奥さんの写真を見せてもらったことがある。自分とは違い可愛いらしい感じの良い人だった。あの人は酔うといつもみんなに自慢をしている。結婚に憧れはないが、羨ましかったのかもしれない。きっとあの人は奥さんに正直に話すんだろうな。きっと奥さんも許してしまう気がする。それがわかっているからこそ腹が立つのだ。あの人が嫌いなわけではない。ただ結婚していない私がまるで惨めであると思わせようとする社会が嫌いなだけだった。でも、幸せそうなあの人を見ていたら彼と別れようと思った。私は彼との結婚を望んではいないと気づいた。私はタクシーのなかで彼に別れようとラインをした。すぐに既読がつき承諾の返事がきた。三ヶ月付き合った彼との関係は1分足らずの短い時間で終わった。なんてあっけないんだろうか。
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