3-1

 フゥイジンは怪訝な顔をしていた。その反面ダグはニンマリと笑っている。ダグの拾った懐中時計が、コレクターに人気の価値のあるものだと、先程拠った換金所で判明したのだ。しかし、大きな街に行けばもっと高値になるかもしれないと、ダグはその場では時計を売らなかった。

「銃の方が使えるだろうに、壊れて使えねぇもんの方が金になるってのは理解出来ねぇな」

報酬として受け取った銃は、時計の五分の一の値段で売れた。

「やっぱりおれの目に狂いは無かったんだ! いい金になると思ったんだよな!」

ダグが得意気に胸を叩くも、フゥイジンは納得がいかないといった顔をする。

「そう思うんならさっさと換金しちまえ。付いてきてもいいと言ったが、飯を奢る義理はねぇぞ」

「次のとこでお金に変えるから、そしたら払うよ!」

ダグが調子よく話していると、頼んでいた料理が女店主により運ばれてきた。パンに野菜と肉が挟まれ、赤いソースのかかった、香ばしい匂いのするサンドウィッチを、ダグは嬉しそうに頬張った。


 太陽が高く登っている。

腹ごしらえをした二人は、町を歩き散策することにした。石造りの家々は隙間が無いかのように並んでおり、壁は地味な土色をしている。しかし所々の家の窓に多彩な模様の描かれた布がかけられており、それが街並みの良いアクセントになっていた。

 この町も数年前の隣国の戦争により荒らされたが、汚染の影響は少なかった。少しでも住みやすい土地を探して、居場所の無くなった人々がこの地にやって来る。そして人の増えたこの町に、情報交換や商売を始める者達が自然と集まるようになった。次の大きな国までの通過点の一つでもあり、旅人や軍人も多く通りかかるようで、活気を取り戻しつつあるのを、フゥイジンは感じていた。

 何かいい情報源は無いかとフゥイジンが町並みを眺めていると、ダグが雑貨屋の前で足を止めた。売られている目つきの悪い歪な形の犬の置物を眺めてはニヤニヤしている。

「この目、フゥイジンみてぇ」

フゥイジンは聞こえていたが、無視をした。

するとその時、数件隣の店から一際大きな声が聞こえてきた。店先では、フードを深く被った子供と店主が何か揉めているように見える。

「金なんか無いんだろう、そんなやつに売るもんなんか無いよ!」

そう言って店主が子供の肩を強く押すと、子供はその勢いで後ろに転んでしまった。物乞いをする子供なんかいくらでもいる。フゥイジンは当たり前の光景だと思い、この場を通り過ぎようとダグの方を見るが、そこにダグはいなかった。

「何してんだよ!突き飛ばすことねぇだろ!」

いないダグの声が、揉めていた店から聞こえる。止める間も無いほどの素早さで面倒事に首を突っ込んでいるであろうダグに対して、フゥイジンはため息を吐いた。


 ダグが子供に駆け寄る。大丈夫かと顔を覗き込むと、ダグは少し驚いた。深く被るフードの中から見えたのは、長い鼻面に、耳まで裂けた口、そしてよだれで光る舌と牙。それはまるで、犬に近い獣のような顔だった。泣きそうな目と丸めの輪郭に、二つに結ってある髪型から、女の子だということがわかるが、年齢はダグより少し上のように見える。彼女は震える手で、ポケットから数枚の硬貨を取り出した。

「金なら持ってる!」

ダグが彼女の代わりにそう言うと、店主は鬱陶しそうに女の子の手から硬貨を奪い取るようにして受け取った。

「こんな端金、飴玉くらいしか買えないよ!」

そう言って店主は飴玉を三つほど放り投げる。

「あんたみたいな化け物が居たら、おちおち夜も歩いていられない!」

早くどっか行けとまくし立て、店主は店の奥に引っ込んで行った。彼女はへたりと座り込んでしまっていたが、そのうちゆっくりとした動きで、地面に転がる飴玉を拾い始める。

「大丈夫か?」

ダグが声をかけていると、町の子供達が駆け寄ってきた。

「おいお前!こいつは夜になると人喰いの犬人間になるんだぞ!」

その言葉を聞き、ダグは子供達を睨みつける。

「こいつが奇形だからか?」

ダグは奇形という理由で化け物扱いされることの悲しさや寂しさ、悔しさを身を持って知っている。他人事ではないと、無意識のうちに叫んでいた。

「だったらおれだって、夜になると人喰いの刃物人間になるぞ!」

自分の左腕を掲げながら、うがーっと大きな声を出し、ダグは子供達を脅かす。刃物のようなダグの左腕には包帯が巻いてあるが、明らかに人の腕の形をしていない。その腕を見た子供達は、ギャーギャーと逃げ去って行った。犬面の彼女も、目を丸くしてダグの左腕を見ている。

「おれも奇形なんだ。一緒だな!」

ダグのその言葉に、彼女は嬉しそうな顔をした。そして、三つある飴玉の一つをダグに差し出すも、ダグは受け取らなかった。

「あんたの金で買ったんだろ?礼とかいらねぇし」

ダグはにひひと笑う。女の子は一つお辞儀をすると、走り去って行った。


「お前がああいうことに首を突っ込むからこうなるんだ」

フゥイジンが今日二度目のため息を吐いた。

ああいう事とは、犬面の女の子を助けた件で、こうなった事とは、宿を取ろうとしたら断られてしまった事である。

「大人にいじめられてるやつは見過ごせねぇんだおれは。それにあの子、奇形だったんだぞ。だったらよけーに見過ごせねぇ!」

小さな町での出来事はすぐに広まるらしく、ダグが奇形であり、犬面の女の子の肩を持ったことは旅宿の店主にも知られていた。

 犬面の彼女が何故ここまで疎ましく思われているのか。奇形の見た目だけが理由じゃ無いことは、町の人達の噂話を立ち聞いていたフゥイジンには分かっていた。

「今日も外でねるのかぁ」

ダグがしょんぼりと肩を落とす。

フゥイジンは正直なところ、ダグと自分は無関係だと言ってしまえば良かったのだが、わざわざ店主に対してダグとの関係を弁明する気は起きなかった。フゥイジンも外で寝ることを視野に入れていた所に、一人の青年が二人に駆け寄って来た。

「あなた方ですよね、僕の妹を助けてくれたのは......!」

青年の名はヤシといい、犬面の女の子の兄だと言う。

「噂は僕の耳にも入ったので、泊まるところが無かったら申し訳ないと思って......、

よければ今日は僕のとこで泊まって行って下さい」

ヤシに案内され、フゥイジンとダグは町から少しだけ外れた場所にある彼らの家に着いた。あまり手入れの行き届いていないような、今まで人が住んでいなかったような、錆びれた家であった。

「ただいま、サリヤ。お前の大事なお客さんをお呼びしたよ」

サリヤと呼ばれ、家の奥からこそりと顔をだすフードを被った女の子。犬面の彼女だった。


「あのあとちゃんと家に帰れたかちょっと心配だったんだ!」

ダグがそう言うと、サリヤはもじもじとしながら口を開く。しかし犬のように長く裂けた口では思うように喋ることができず、あぐあぐと口を動かすので精一杯のようだ。

「ありがとうございます、だって。僕からもお礼を言わせて欲しい。妹はこんなだから......、友達もいないんだ。ありがとうダグ」

そう言って、ヤシとサリヤが頭を下げた。

「あんなの、当たり前のことだぞ!」

ダグはお礼を言われ、嬉しそうにはにかんだ。

 昼間のことで疲れたのか、サリヤはひと足早く寝床に付くことにしたようで、奥の部屋に入って行った。

「町から外れたところに住んでるのは、やっぱりサリヤが奇形だからか......?」

ダグは気になっていたことをヤシに聞いた。

「一ヶ月ほど前までは、町の中で暮らしてたんだけどね......」

「あいつが人を襲ったから、町にいられなくなったんだろう?」

ヤシの言葉のあと、口を開いたのはフゥイジンだった。

「町で噂を聞いた」

ダグはまさかと言いたげな顔をフゥイジンに向ける。ヤシは悲しそうに俯いて話を続けた。

「最近、サリヤの様子がおかしいんだ......、きっと奇形化が進行しているんだと思う」

時たま、夜になると苦しそうに呻きだし、暴れだすというサリヤ。

「大体は僕がなだめると落ち着くんだけど、この間は外に飛び出して行ったんだ。慌てて追いかけたら、サリヤが歩いていた浮浪者に噛み付いて......」

ヤシはあの時のサリヤを思い出し、言葉を詰まらせる。正気を失い、本物の獣のように人を襲う、今までに見たことのない表情の妹の姿。

「兄である僕が守らなければいけないのに、恐怖すら感じた......」

ヤシは悔しそうに拳を握る。

「犬面どころか、完全な犬と化しつつあるのか。そいつはまた厄介だな」

今までに何度か奇形を見てきたフゥイジンだが、初めて見る症状だった。

「あの、フゥイジンさんやダグは、奇形専門の医者のことを知ってる?」

ヤシの質問に、二人は知らないと答えた。

「リティト大陸のどこかに、奇形の研究をしてるって人がいるらしいんだ。僕らは元々、その人を探すために故郷を出たんだよ」

ヤシとサリヤは故郷の小さな町で、遠征に来ていた軍人からその噂を聞いた。謎の多い奇形化や奇病を専門的に研究してる医者がいて、その医者に相談すれば奇形を治して貰えるという。

「リティト大陸のどこかって、正確な場所は分からないのか?」

フゥイジンの問いに、ヤシはうつむき加減で首を降った。

 三つある中で一番小さいとされるリティト大陸は、今フゥイジン達がいる二番目に大きい大陸、マディア大陸から海を挟んで南に位置する。場所や時間帯により気温の上下が激しく、自然が豊かだと思えば岩山ばかりの砂漠であったりと、人が住むには念入りの準備と改良が必要な土地が多い。しかし国や町の数も少ないので、三つの大陸の中で一番戦争の被害が少ないとも言える。マディア大陸の北の方にヤシとサリヤの故郷はあるのだが、汚染で暮らせなくなりつつあった。母も病で亡くした二人は、生きていく目標としてその医者を探すためリティト大陸まで旅をしようと決心する。しかしなけなしの貯金はすぐに底を尽き、この町に滞在してお金を稼ぐことにした。荷物運びやその他の小さな仕事をこなし、僅かな賃金を貯めていたヤシであったが、その生活は約三ヶ月の間、数日前にサリヤが人を襲った事により容易では無くなってしまった。

「奇形を診てくれても治すことのできる医者なんて本当はいないかもしれない。でも僕らは希望を捨てたくないんだ。サリヤのために、そして僕自身のために」

人に話す事で自分達の置かれた状況を改めて確認させられる、と同時に、今のままではダメだと、ヤシは握る手に力を入れた。

「この町には仕事も小さいながらたくさんあったけれど、きっともう町にはいられない。お金は全く貯まりきっていないけど、またリティト大陸に向かいながら町や国を転々としてお金を稼ぐことにするつもりだよ」

ヤシの言葉に、ダグは素直に感動していた。こんなに優しい兄がいるなんて、サリヤはとても心強いだろう。それに奇形を治す医者、本当にいるなら是非自分の腕も診てもらいたい。ダグもこの話は信じたいと思った。一方フゥイジンは、嘘か本当かもわからない事のためにご苦労なことだ、と皮肉混じりに言う。しかしその言い方に嫌らしさは無く、馬鹿にしている訳では無いようだった。


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