1-3
フゥイジンは死んだ軍人の荷物の中身を調べている。
少年の腕を切断するための道具を探していた。
使用していない衣類や、サイドポーチに入っていた止血帯やガーゼなどは使えそうだった。
ふと、軍人がこっそり持っていたであろうウォッカも発見した。
これを飲んで、怪我の痛みから気を紛らわしていたのだろうか……
無いよりはマシだろうと思い、フゥイジンは消毒用にそのウォッカも持っていくことにした。
一方ダグは、フゥイジンの持っていた小型の浄水器に、煮沸した水を通す作業を繰り返している。
少年の腕を拭ったりするものはなるべく綺麗なものがいいと思ってのことだ。
ダグは浄水器を設置した筒を両足で固定し、右手で水を注いでいた。
そんなダグの様子が、何気なくフゥイジンの目に入る。
ダグはフゥイジンと出会ってから一度も左手を使おうとしていなかった。
それどころか、 貫頭衣からも出そうとしていないように思える。
ふと、一瞬、その左腕にこれでもかというほど包帯が巻かれているのが見えたが、フゥイジンは気にする様子も無く、そのまま集めた道具を持って少年の元へ向かった。
「決意がにぶる前にやっちまうぞ」
フゥイジンがナイフを軽く火で炙りながら言う。
その言葉に、少年は怯えたように目を少し歪ませた。
少年の気持ちに気付いたダグが隣で励ます。
「大丈夫だぞ、大丈夫だからな!」
正直、ダグ自身もこの手術が怖くてたまらなかった。
でも、ダグは少年に助かって欲しい、頑張って欲しいと思っていた。
少年はそのダグの強い眼差しを見て、覚悟を決めたようにこくりと頷いた。
肉の紐と化した部分より、まだ感覚のある腕の方から切断してしまおうとフゥイジンは考えていた。
根元から絶ってしまわないと、またそこから肉の紐と化してしまうかもしれないからだ。
フゥイジンは感覚のあるギリギリの部分にナイフをあてた。
切った部分からは赤い血液が出てくる、はずだった。
「なんだこいつは……」
フゥイジンが思わず声を洩らす。
出てきたのは、少しの血液と水分が混じったような半透明の液体だった。
この部分はもはや、肉の紐になりかけていたのだ。
「うっうううぅぅぅ!」
ここには麻酔など無い。少年は痛みを感じてうめき声を上げた。
「ガキには荒っぽいが、これでも飲んでろ」
フゥイジンは持っていたウォッカを少年の口に含ませる。
熱い液体が口に入り、少年はむせた。
直接はガキには強すぎるか、とフゥイジンは衣類を切り取り、ウォッカを染み込ませ少年の口に咥えさせた。
フゥイジンは切った部分より少し上の方に触れながら、感覚はあるかと少年に聞く。
少年はこくこくと頷いた。
ナイフを入れると、赤い血が滲み始める。
「ここから、切断するぞ」
道具を持ってこいと指示されたダグの手は震えていた。
フゥイジンは手に力を込めた。
フゥイジンのこれで終わりだ、という言葉にダグはへなへなと力が抜けていった。
少年は気を失っているが、生きていた。
肉の紐と化していた腕は、切り取った際に体液が出て、随分と萎んでいる。
切断した腕には、痛々しい縫い傷が見えた。
「最後まで付き合うなんざ、結構度胸あるじゃねぇか」
フゥイジンがそう言いながらダグを見ると、力が抜けて座り込んだ状態のまま、眠っていた。
その姿に多少呆れながらもフゥイジンはダグを部屋の隅に寝かせてやった。
夜になり少年は発熱したが、朝方には落ち着き、疲れと酒の効果で眠り続けていた。
ダグもまだ、起きそうにない。
フゥイジンは少年とダグが起きるのを待つつもりは無かった。
少量ながらも、持っていただけの解熱剤や痛み止めを少年のそばに置いた。
そして、少年の顔と、少年の無くなった腕を見る。
少年は奇形の腕を切断できた。そして、これからどう生きていくのか……
「あとは自分でどうにかするんだな」
そう言い残し、フゥイジンはその町を去った。
出たばかりの朝日が眩しい。
少し温められたような空気が柔らかい風と共にフゥイジンを撫でた。
辺りは月日が経ちコケの生えた瓦礫が所々にあるだけの見晴らしのいい場所だった。
報酬として貰った銃器を背負って、フゥイジンは太陽の方向に歩いていた。
銃器は重いが、懐かしい重さだと思った。
でも、正直あまり思い出したくはない……
日の光と昔の記憶を遮ろうと、フゥイジンは目を細めた。
その時、後ろから隠れるような気配を感じた。
このぴょこぴょことした子供らしい動きには覚えがある。
フゥイジンは面倒くさそうにため息を吐いて、後ろを向いた。
「まだ何か用か」
声をかけると、崩れたレンガの塀からダグが顔を出した。
ずっとフゥイジンの後をついてきていたようだ。
「……あいつに何も言わなくてよかったのか?」
ダグが聞いたのは、あの少年のことだ。
フゥイジンは怪訝な顔をする。
「優しい言葉でもかけてやれってか、知るかそんなもん
他人が何を言ったって、これからはあいつ自身がどうにかするしかねぇだろ」
話は終わりだとでも言うように、フゥイジンはまた前を向いて歩きだした。
ダグはどこか割り切れない気持ちをもちつつも、自分でどうにかするしかないという言葉には納得した。
厳しい環境の中で生きてきた自分や少年は、自分自身で道を決めていかなければならないのだ。
しかし、何か声をかけてやってもいいのではないか、とも思うダグだった。
人の言葉には人を動かす力があることをダグは子供ながらに感じていた。
そしてフゥイジンが少年に一度だけ、諦めるなという言葉を言ったのをダグは覚えていた。
今までに会ったことのない類の大人で、ダグは更にフゥイジンのことが気になっていた。
ダグは距離を置きながらもフゥイジンの後について歩いていった。
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