1-2

 ふと、ダグは自分が歩いてきた方向に戻っていることに気付いた。

あっちには昨日通り過ぎた町がある。


「なぁなぁ、この向こうの町に行くのか?」


距離を置いて歩いていたはずのダグは、いつの間にかフゥイジンのすぐ後ろにいた。


「あっちの町はひどかったぞ? みーんなやせ細って死にそうな顔してたんだ、食いもんなんて無さそうだったし、そんなとこに仕事なんかあるのか?」


フゥイジンは返事をしない。


「おい! 無視すんなよ!」

「……お前が、いないと思えって言ったんだろうが」


ダグの身勝手さにフゥイジンはもはや呆れたように言った。



 二人は町についた。

家々の壁はヒビ割れ砕け、コンクリートの塊と化しており、壁には無数の銃痕が散りばめられている。

激しい戦いの跡を伺えた。

空気も相変わらず汚れていて、ダグはマフラーを巻き直して顔を鼻まで埋めた。


 フゥイジンは何も言わず、淀み漂う空気を気にもせずに町を歩き進める。

ふと、痩せた小さな子供が、瓦礫の陰からこちらを覗いていることに気付いた。

その子供を物乞いだと思ったダグは、追い払うようしてまくし立てる。


「なんだよ、おれは何も持ってないぞ!」


このご時世、ダグのような子供は自分自身が生きていくのが精一杯で、いくら自分より小さな子供でも助ける余裕など無いに等しかった。

この厳しい一言から、ダグ自身が今まで自分一人だけで生きてきたということを伺える。

しかしその前に、ダグは本当に食料など持っていない。

子供はダグの言葉を理解しているのかいないのか、表情を変えないままにその場から走り出した。

フゥイジンはその子供の後を小走りで追う。


「あっ、待てよっ!」


ダグも後をついて行った。



 子供は瓦礫をぴょんぴょんと、慣れた足取りで飛び越えて行く。

そのうち、町の少し奥にある小さめの広場のような場所に出た。

昔は綺麗に整えられていたであろう石畳は割れ、土が無残にも掘り返されているような状態である。

その広場には、靴も履いていない子供達や老人達が集まっていた。

ここが現在のこの町の中心地なのだろう、布を縫い合わせたような粗末な屋根や、子供達の遊び作った泥団子等が見える。

行き場の無くなったこの町の住人達はここで暮らしているようだ。

ふと、たった二匹であるが、痩せた牛が生きた姿で見られた。


「牛だ、すごい! こんな場所にもいるんだ!」


最初見た時は食料も何も無い朽ち始めた町だと思っていたが、生きた家畜がいるとなるとそうでも無いのではなかろうか、とダグは思い始めた。

牛に興味津々のダグを置いて、フゥイジンの方は一人の老女に声をかけていた。


「今は誰がこの場所をまとめている?」


老女はフゥイジンを見て首を振った。


「ここにはもう町の長もおらん、残った老人と子供が自然とここに集まったんだよ」


フゥイジンは周りを見渡す。

子供たちの不思議そうな目線がちらちらと自分たちに集まってきていた。


「ここには子供と老人しかいないのか?」


その質問に老女は低い声を吐き出しながら、足元に落ちていた薬莢を拾い上げる。


「みんな戦争で殺された」


老女は哀れげな目で薬莢を見つめ、また地面に落とした。


「子供と老人しかいないならできないことも多いだろう、何かすることは無いか?」


フゥイジンは落とされた薬莢には目を向けず、老女に聞いた。

老女は少しだけ考え、指をさす。


「あそこの家の中にいる子供が、奇形の病に苦しんでおる、どうにかして助けてやれんか」


フゥイジンは少しだけ思案した。


「俺はできるかぎり手を貸してやりたいと思うが、奇形専門の医者じゃねぇんだ、完全に治してやることはできないぞ」


老女はそれでもいいと言った。


「このままでもどうせ死ぬだろう、なら少しでも楽になる方法を、探してやってくれんか」


フゥイジンはそれなら、と頷いた。

そして老女はもう一度、違う場所を指さした。


「お前の目的はその礼だろう、この前傷だらけの軍人がここで死んだ

持っていた食べ物は私たちがとっくに食べてしまったが、銃器はそのままある

子供の事が済んだら、どこかしらに持って行って金にでもすればいい」


フゥイジンは少しだけ口角をあげ、笑った。


「話が早くて助かる」



 ダグは老女と話していたフゥイジンが歩き出したのを見た。


「おい、どこ行くんだよフゥイジン!」


フゥイジンが話している間、ダグは小さな子供たちに何かいい物をくれ、と言われながら囲まれていた。

服をひっぱられ髪の毛をひっぱられ、ダグは怒って叫ぶも、それがなぜか裏目に出ていた。

子供たちはぷんぷん怒っているダグを見て、面白そうに笑っている。


「もういいかげんにしろ! おれは何も持ってないってば!」


なんとか子供たちを引きはがし、ダグはフゥイジンの後を追った。



 他の建物と同様、崩れ壊れている家の中に入る。

部屋の隅の、垂れ下がっている間仕切り用の布を捲り、フゥイジンは中を見た。

ダグもフゥイジンの後ろから恐る恐る、中を覗く。

あっ、とダグは声を上げた。

一人の痩せた少年が大量の汗をかいて寝転がっており、荒々しく息をしていた。

しかしその少年の右腕は、細長いひも状の肉に、植物のツルに巻き付かれるているように包まれていた。

その肉の紐は、少年の肘上の辺りから、血管のように浮き出て、生えている。

生生しい肉の塊であるような赤色をした少年の腕を見て、ダグは思わずフゥイジンの羽織っているマントをぎゅっと握った。

フゥイジンはその光景を見ても顔色を変えず、少年の隣に片膝を付く。


「おい、聞こえるか」


フゥイジンの問いかけに、少年はゆっくりと顔をこちらに向けた。


「じいちゃん……」


少年はフゥイジンのことを自分の祖父だと思ったらしい。


「……俺はまだじいちゃんと呼ばれる歳じゃねぇぞ」


フゥイジンの言葉に、少年は小さく笑った。


「そういえばじいちゃん……ずっと前に死んだんだ」


祖父のことを思い出してか、少年は薄く笑ったままでいる。


「あっちにいた婆さんに言われて来た

少年のその腕をどうにかしてやりたいと思っているんだが、腕を見せてもらってもいいか?」


少年は目を丸くして驚いたような顔をした。


「……治してくれるの?」

「残念だが俺は医者じゃねぇ、完全に治すことはできない」


少年は起き上がろうと、奇形化していない左手を地面に付けるが、中々起き上がることができない。

フゥイジンは小さく溜息を吐き出しつつ、少年を抱くようにして起き上がらせた。

それを見ていたダグも、心配そうに少年に近づく。


「大丈夫か? そのうで、痛そうだぞ?」


少年は自分の奇形化した腕に目を向けた。


「……痛くは無いけど、どくっどくって、熱いお湯が流れるみたいに、熱いんだ」


フゥイジンは少年の奇形化した腕をそっと持ち上げた。

見た通り少年の腕は肉塊のように柔らかく、高い温度の熱を放っている。

肉の紐に巻き付かれている中の腕も調べるために、肉の紐をかき分け、触れる。

その腕も肉の紐と同じ感触がした。

つまり、芯の無い柔らかいだけの物体。

フゥイジンは眉をひそめた。

少年もダグも、心配そうにフゥイジンと肉の紐に巻き付かれた腕を交互に見ている。


「少年、俺が腕を触ってるという感触は、わかるか?」


少年は首を振った。


「この腕はいつからこうなった?」


フゥイジンの質問に答えるため、少年は一度大きく息を吐いた。


「二年くらい前だよ、最初は手に赤い血管みたいなのが浮かび上がってただけで、熱くなんて無かったし、病院なんてここにはないから、放っておいたんだ……」


それが二年の間に紐状の物まで生えてきて、腕を包み込むほどまで成長したということだった。

フゥイジンは難しい顔をしながら、少年の目を見て言った。


「この腕に骨はもう無い、おそらく二年の間に溶けて無くなったみてぇだ」


少年の顔が怯えたように歪んだ。


「きっともう元には戻らねぇ、それどころか、これからもこの紐状のもんが腕だけでなく身体中に広がっていくと思う」


フゥイジンの声は少年に現実を突きつけるような、低く鋭い声だった。

少年はもう片方の細い腕に力を込め、握りしめた。


「やっぱりぼく、死んじゃうんだ、このまま、死んじゃうんだ」


少年はポロポロと涙をこぼし始めた。

その少年の痛々しい姿にこらえきれなくなったダグが、大きな声を張り上げた。


「死なねーよ! まだ生きてるじゃねーか! もうダメだって、自分は死んだって思ったら、せっかく生きてるのに、死んでんのとおんなじになるんだぞ!」


少年は目を丸くしてダグを見た。

ダグ自身は気付いていないが、自分にも言い聞かせているかのように、叫んだのであった。

フゥイジンはダグの言葉を聞いて、僅かに笑った。


「そういうことだ少年、まだ諦めるな」


フゥイジンはもう一度少年の腕を注意深く見つめた。

肉の紐は肘上からは生えていない、他の部位にも移転などはしていないようだ。


「腕を切断、した方がいいかもしれねぇな」


その言葉は、少年には厳しくも、少しだけ希望の見える言葉に聞こえた。


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