電子の妖精

 いつの間にか世間では私のことを“電子の妖精”と呼ぶようになっていました。

 顔も見せない、声も聞かせない、素性もほとんど明かさない。でも、様々な悩みを聞いてくれ、相談に乗ってくれる謎の女性としてそう呼ばれるようになったのです。


「“電子の妖精”か。悪くないな。それこそ物語っぽいじゃないか」と、あの人が言います。

 いつものフードコートであの人と私は会話しているのです。

「フフフ、そうでしょ?予想外の展開に、私自身も驚いているんです。まるで小説みたいだなって」

「なかなかおもしろいことになってるじゃないか。それでこそ、マッチングアプリの企画もやってみたかいがあったってもんだね」

「そうですね。最初あなたに言われた時、『嫌だな』って思ったんですよ。いくら文字だけのやり取りとはいえ、知らない男の人たちと交流するだなんて。それが、今では楽しくて楽しくてたまらないんです♪」


 それは、ほんとうでした。心の底からそう思っています。あの時は不安だったけど、今はこの人に感謝すらしているのです。

 いつもそう。小説を書き始めた時だってそうだったし、Webライターを始めた時も同じでした。最初は怖くても、やってみるといつの間にかワクワクしてる自分に気づきます。

 きっと、この人についていけば、いつだって同じような体験と感動が味わえることでしょう。

 ワクワクするような冒険に巡り合えるはず。まるでピーターパンのように。あるいは、私はウェンディでしょうか?


 もしかしたら、この人はほんとうにおとぎの国からやってきた主人公なのかもしれません。ネバーランドを抜け出して、この現実の世界で大人になったピーターパン。

 そう考えるとしっくりきます。


「ねえ?次は何をやればいいの?」と私は尋ねます。

 あの人はボンヤリと宙を眺め、しばらく考えてから答えました。

「そういえば、君。Webライターとして占いの記事を書いてるっていってなかったっけ?」

「はい。書いてますけど」

 確かに、その通りです。いくつかかけもちしているお仕事の中に「占いの記事を書いてくれ」というものがありました。

 もちろん私は全くのド素人なので、いろいろと占いの本を購入しては片っ端から読みあさり、知識を身につけていきます。知識だけでは味気ない文章になってしまうので、一旦自分の中で吸収した情報をドロドロに溶かして、今度は感性を使って表現します。

 それが、結構評判がいいのです。「まるでほんものの占い師みたいだ」って。


「じゃあ、なっちゃえばいいんじゃない?」と、あの人。

「へ?」と、私。

「だから、占い師になっちゃえばいいんじゃないの?」

「誰が?もしかして、私が?」

「そうだよ。できそうだと思うけど、君なら」

「無理!無理!無理!無理ですよ!」

 あの人はしばらく首を横にひねって見せてから答えます。

「そうかな~?できると思うんだけど、君なら。それに、いい勉強になると思うよ。一流の作家になるための」

 そういわれると弱いのです。「一流の作家になるため」と言われると、ついついなんでもやってしまいます。この人は、私の弱い部分を知っているのです。どこを突けば指示に従ってくれるかよくわかっているのです。そうして、いつも的確にそのポイントを突いてきます。


「わかりました。やってみます。で、どうすればいいんですか?」

 今回も、仕方なく私はそう答えるしかありませんでした。

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