32「対峙」

32―1

 昔々の旧文明。ブリッジという、特別な役割を持ったワンダラーがいました。

 彼らは〝ディセンション〟という、他のワンダラーには成し得ない事が出来ました。

 それは、人類と世界を高次元のものにするアセンションの達成を支える、とても重要なものでした。


 全ての魂がアセンションを果たせるわけではありません。

 魂の汚れ、とでもいいましょうか。それが多い者は、進化に耐えられないのです。

 そして、そのような魂がもしアセンション時に紛れ込んでしまったら…… 残念な事に、アセンションは失敗してしまいます。

 それを防止するのが、ディセンションなのです。

 ディセンションは、魂の次元を低下させ、汚れを浮き立たせる力があります。

 アセンションを達成できる魂は、汚れが浮き立つような事はありません。

 なので、ディセンションによって汚れが浮き出るものが、アセンション不達成者、つまり汚れの多い魂と判断できます。


 ブリッジは、アセンション当日の数年前からディセンションを起こし、汚れの多い魂を見極め、選別して来ました。

 無事に、アセンション当日までに選別を終えたブリッジ達は、最後の役割に移ります。〝アセンションを決行したと同時、選別した魂を他の空間に隔離する〟 これが彼らブリッジの最後の、そして最大の役目でした。

 アセンション決行前に、ブリッジは選別した魂を隔離するための空間を用意します。

〝クラウドの壷〟と名付けられたその空間は、一見、リンクタグで作った思念空間と似ていますが、目で見て脳裏に焼き付いた光景しか再現出来ないそれとは違っていました。

 クラウドの壷にはネメシスウェーブというエネルギーが充満し、その中に隔離された魂達は、一旦フォトンエネルギーに変換され、幾度もの浄化を繰り返し、汚れを落とします。

 その後、洗浄された魂は、フォトンエネルギーとなったままクラウドの壷に留まり、新たな命を夢見て眠ります。


 そんなブリッジ達の手引きもあり、アセンションはひとまず達成されました。

 新たな次元に上った人類は、旧文明時の記憶を無くし、全く新しい命として新世界に誕生していきます。

 ですが、ワンダラーは違います。

 彼らは以前のままで新世界に降り立つことが出来るのです。

 記憶も当然ありますが、中には生前の姿のまま、記憶を無くすという不完全な状態で目覚めたりもします。

 初めて新世界に降り立ったワンダラーは、かつてブリッジとして活動し、その記憶を保持していた人でした。

 彼が地に足を付けた時、既に新人類は繁栄し、歴史を築いていました。

 ですが、彼は悟ります。

 この世界は不完全だと。

 彼は新人類であるレインボーへと進化していましたが、繁栄していた人類は、それに劣るクリスタルだったのです。

 不完全な世界に高次元のレインボーが入れば、その世界に多大な影響を及ぼす危険があります。

 彼はそれを避けるため、自身に、そしてこれから現れるであろうワンダラー達に対し、ディセンションを行いました。

 それにより魂の劣化を起こしたワンダラー達は、バイオレットという種に変わりました。

 月日が経ち、多くのワンダラー達が新世界に降り立ちました。

 平穏な時を送っていた彼らでしたが、記憶を保持したワンダラー達の間で、ある考えが芽生え始めます。

 このままの世界で良いのか、と……

 それは、もう一度アセンションを起こせないかという考えに変わっていきます。

 アセンションには大量のフォトンエネルギーが必要でした。

 それは現時点では到底不可能な量だったので、考えるだけで実行には至りませんでした。

 ですが、可能な方法は一つだけありました。 クラウドの壷、それが鍵となります。

 あの空間は、かつてアセンション不達成者の魂を隔離し、汚れを落とす、いわば洗浄装置。

 洗浄された魂はフォトンエネルギーに変わり、少しづつ新世界にあふれ出しますが、殆どが残留したままでした。なので、アセンションを実行するには十分なフォトンエネルギーがあったのです。

 そこに目を付けた一人のブリッジが居ました。

 彼は、同じブリッジだった者達を呼び寄せ、ある計画を話しました。


 ――世界を変えるには、時間流を操作し旧文明にまで戻す方が確実だ。


 それは、理解しがたい方法でしたが、彼らにだけ感じる説得力があったのでしょう。誰一人反論しませんでした。

 計画はまず、クラウドの壷を解放する方法から始まりました。

 彼らは、プロジェクションタグという独自に作ったタグにより、それを一気に移送する手段を考え付きます。

 ですが、実行するには面倒な手間がありました。

 別の次元にある存在を現実に移送するには、〝シンクロード〟を通じる必要があったのです。

 それは、人が持つ意識の空間シンクロ・シティに通じる為の通り道といえるものです。

 一気に転送するには、より多くの人物と心を通わせ、シンクロードを共有する必要があったのです。


 退化派が、その問題解決にまごつく中、事態は一気に動いていきます。

 クラウドの壺を知ったワンダラー達が、ブリッジの計画を阻止する活動を始めたのです。 それと共に、クラウドの壺に可能性を感じたワンダラーは、それを奪う活動も始めました。

 ワンダラー同士の対立は、いつしか、アセンションを望む進化派、現状維持を試みる存続派、旧文明への逆行を望む退化派に分かれました。

 真っ先に狙われたのは退化派です。

 彼らしか知らないプロジェクションタグを手に入れるため、そして、勢力が一番弱い事が決め手でした。


 数を減らし、遂には数えるほどになりましたが、捕まった者は誰一人としてプロジェクションタグを教えなかったため、それが唯一の彼らの強みとなりました。

ですが、ついにたった一人、進化派へ移った者が現れました。


 このままではプロジェクションタグが伝えられる……

 退化派のリーダーは、決断しました。

 要であるクラウドの壺にあるフォトンエネルギーを、現存の退化派と協力し解放。そのエネルギーで一人の人間をタルパによって作り上げる、そういう賭けに出たのです。

 タルパは本来、進化の到達点であるレインボーにしか行い無い生命増殖方法です。

 退化派のリーダーは、もちろんレインボーでは無く、だいぶ劣るバイオレットでしたが、大量のフォトンエネルギーを用い、擬似的にタルパを行ったのです。

 それは自身が消滅しかねない危険な行為でしたが、成功してしまいます。

 疑似とはいえ、生み出した人間は、この世界ではあり得ない力を秘めていました。

 退化派のリーダーは、その無敵の存在に近い〝息子〟にプロジェクションタグを授けます。

 タルパの持つプロジェクションタグを狙い、多くのワンダラーが彼の命を狙いました。

 ですが、誰一人太刀打ちできませんでした。〝無柳〟という名を与えられた彼は、退化派以外の全てのワンダラーを消滅させる使命を与えられていました。

 無柳はそれを全うしようと活動し、それにより各勢力のワンダラーは数えるほどになりました。

 ですが、突然彼は姿を消してしまいます。

 そして今でも、姿を見せていません。


 三つの意志から生まれた争い。それは、無柳が居ない今でも水面下で行われ、対立を深めていくのでした――







「お話はこれでおしまいです。めでたくないけど、めでたしめでたし」


 リリが、億劫そうに小さく両手を打ち鳴らし、話を終えた。

 自分から話し始めた事だったが、途中で退屈になったらしい。

 背伸びをしつつ、ソファーに向かうリリを横目に、ヤーニは聞いた話を整理する。

 

「退化派からこっちに来た人ってのが、あみさんなんだよね?」


 そして、まだ不鮮明な部分の穴埋めを始めた。


「そうですね。あ、彼女は新しくプロジェクションタグを作った事もあるんですよ。効果は今一つでしたが、それでも僅かにエネルギーを引き出せたので、わたしはそれでタルパを、あなたを生み出したのです」


 リリの返答で、感じた疑問は大方片付いた。


「さて、本題ですが…… なぜ、わたしがあなたを生み出したか、わかりますか?」


 リリが新たな疑問を投げかけて来た。

 だが、それはさんざん聞いてきた話。ヤーニは考えるまでも無く即答する。


 感知の困難なワンダラーを感知し、排除。あらゆる障害を取り除くため、と。



「確かにそれもあります。ですが、ワンダラー感知は、時間と労力がだいぶ掛かりますがわたし達にも出来ることです」


 リリは一旦言葉を切った。

次に話すことが重要なのだと、その表情は語っていた。


「無柳から本物のプロジェクションタグを手に入れる。それがあなたの本当の使命です。だから、ワンダラー感知が出来なくなった事くらいで暗くならないで下さい」


 聞いて、ヤーニは唇を噛んだ。

 怒りのためでは無い。

 リリの心使いが嬉しかったのだ。

 ワンダラー感知が出来なくなった理由は自分でも理解していた。

 ボイセクイテンでパシェルに会ったあの時…… ワンダラーアンチに対する疑問が原因だろうと。

 あってはならない、使命に対する疑念。パシェルに対する惹かれる心。

 それらのわだかまりが、リリの一言で消えていく気がした。


「解った。じゃあ…… 僕は今度こそ行くよ!」


 その後二人は、ジョウントタグでそれぞれ向かうべき場所に飛び立った。


 リリはグリーズへ、進化派に仇なす賊を排除しに。

 ヤーニはクシミへと。ザックと、それからもうひと組、今後の邪魔になりえる者達の排除へと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る