32―2

 パワースポット〝いが三石〟に降る雨音は、轟音へと変わっていた。


「ネム!」


 雨音に負けない大音声。

 明日駆のそれを受け、ネムがペーストタグを綴る。

 現れたものは、朱い棍。

 持ち主に渡った棍は、一振り唸りザックの眼前に翳(かざ)された。


「ザック、お前とは戦いたく無かったが仕方がない。全力で行かせて貰うぞ」


 ザックは何も言わず、ただじっと敵意を眺めた。

 明日駆、ネム、マティス、この三人は、進化派を、〝良い組織〟と感じている。

 そして、こうして対峙する自分を敵だと認識している。

 そこまでの事は、すぐに理解できた。

 全て勘違いな事も、もちろんすぐに。

 だからまずは刺激しないように努めよう…… ザックの戦いは、すでに始まっていた。


「どうした? まさか怖じけ付いたか!?」


 敵意を示さない態度に、明日駆は戸惑いをみせていた。

 よい傾向である。

 ネムも同じような反応だ。このまま落ち着いてくれれば、一段落。

 だが、二つ…… 気になることがあった。

 明日駆の隣に立ったマティスに、まるで動く素振りが見られない事。そして、この場には、もはや誰も居ないこと。


「お前さん。一つ聞いても良いか?」


 気になるマティスが、余計に気になる言動を始めた。

 緊張感がまるで無い話し方に動揺すら覚えてしまう。

 そして……


「無柳と知り合いだそうだな。奴は今どうしてる?」


 聞かれた内容は、ザックを完全に動揺させた。


「無柳…… 知ってるんですか?」


 一瞬生じた隙を狙ってか、明日駆とネムがそれぞれ動く。

 片や棍を手に前進、片や強制リンクタグ作り、後方に。


「まぁ待て。せっかく話し込んでる時に邪魔するとは野暮な奴らだな」


 マティスが二人の動きを制止させた。

 流石の明日駆も痺れを切らし、ネムと共に雨水の如く文句を垂らす。

 だが、それすらも暖簾に腕押し。


「こいつらから昔話を聞いてな。お前さんが無柳と知り合いなのを知った。俺も、まああれだ。奴とは古い知り合いでな」


 お構いなしに呑気が続く。


「だからという訳ではないが…… お前さんがここに来るのも、ある程度予想は付いていた」


 意味深な物言いだった。

 ザックは、罠かも知れないという思慮深さを捨て、詳しく問うためマティスに近付く。

 だが、次の瞬間……


「跳べ!」


 マティスが叫んだ。

 同時、立っていた地面が、浮かぶ上がる様に音をあげ弾け飛んだ。


「な、なんだってんだ」


 驚きを含んだ、明日駆の声。

 なんとか飛び出したためか、息が心なしか荒い。

 一緒に飛び出していたネムは、一転して落ち着いていた。

 その目が見つめる先は、抉れた地面では無く、頭上。

 ……何か居る。

 高く茂る葉叢の隙間、叢雲を背にし、漂う影が。

 それを注視しようとした矢先、明日駆の叫びがやって来る。


「ヤーニ!」


 ザックも今、確認した。

 紛れもない…… 恐るべき力を持った、あのヤーニである。

 突然の襲撃、流石に驚きを隠せない。


「ほんとは君たちがつぶし合った後出てきてもよかったんだけどね。今の僕は本気で暴れたい気分なんだ」


 ヤーニは、瞬間的に地上に降りた。

 ともすれば、今のタイミングでこの場の全員を仕留めることが出来たかも知れない。

 本人の言葉とは裏腹に、まだ遊び気分が残っているのか…… ザックは、焦りを抱きつつも、僅かな活路をそこに見る、


「ふん、音吏の奴だな。お前をけしかけたのは」


 マティスもやはり冷静だ。

 ヤーニの出現に、おおよその事態を把握したらしい。


「おい、どういうことだ?」


 明日駆は依然、浮き足立つ。


「音吏はもやは要らなくなった俺たちを、元々消す予定だったザックもろとも始末しようとしてるって事だ。ここまで言えばわかるだろう?」


 冷静、いや、冷淡に明日駆に言い放つ。


「音吏さんが俺たちを……」


 考え込む明日駆だが、当然、ヤーニはそれを待たない。

 数十もの光球が、殲滅とばかりに放たれる。

 ザックはすかさず動いた。

 がそれより僅かに早く、ネムも動いた。

 思念で操られた光球を、ザックは逆に操り返し、光球へとぶつけ相殺。

 ネムは、ウォールタグで光の壁を作る。


「バカ明日駆。今は目の前の事に集中して」


 ネムは光球を防ぎきり、明日駆を責める。

 うなだれたままの明日駆の表情に、僅かな変化がこの時生まれた。


「それと……」


 小声でネムがさらに言う。

 聞き耳を立てる明日駆に、ハッキリとした明らかな変化が生まれた。


 一方で、変化が無いのはヤーニ側。

 いつものニヤついた顔で、二人の様を眺めていた。

 この様子、やはり油断がある証拠。


「よし、そろそろ本番にしようか」


 大きく両手を広げ、いかにも尊大な態度で、ついにヤーニが動き出す。

 ザックは、臨戦態勢の意を見せる。


「じゃあ、しっかり耐えてくれ……」

「上等だ!」


 ヤーニの含み笑いを兼ねた煽りは、突如響いた大声でかき消えた。

 ザックの闘志も、一瞬消える。

 驚きが勝ってしまったのだ。

 

「前みたく簡単にやられると思うなよ!」


 なにしろ、啖呵を切ったのが、あの明日駆。 萎縮していたはずの、頼りないといえたあの明日駆だったからである。


「よし、行くぜ!」  

「お。おう……」


 明日駆の号令で、皆、横一列に並び立つ。

 マティスの気のない返事が妙に滑稽だった。 ザックは、驚きがあったのは自分だけではないと知る。


「ネム、さっき何を言ったんですか?」


 左方のネムに小さく聞く。


「クレロワさんは敵側、でもザックは味方側。今までクレロワさん側のやることを阻止していた正義の味方だって話しただけ」


 ネムが答えつつ、ウォールタグを瞬時に書く。

 ぎりぎりのタイミングで降り注ぐ、光球。もはや先ほどの比ではない。

 が、ウールタグも並では無い。

 ネムのものに、マティスの作ったそれが加わり、強度が飛躍的に上がっていた。


「明日駆は、あなたが敵じゃない事が何より嬉しかったみたい。その上、今までも正義の味方だって知ったら、ああもなるよ」


 今度はラインタグを書きつつ、ネムが言う。 出来上がった光鞭。マティスがやはり、それに対しラインタグを上乗せする。


「良かったっていうのは、わたしも同じ。だから今のわたしも…… 結構すごいよ」


 ネムは、強度の増した光鞭を、光壁越しに大きく伸ばす。

 降り注ぐヤーニの光球をすり抜け、ネムの放った一手は敵の油断の隙をも突いた。


「ふん、なかなかやるね」


 ヤーニは今、光鞭に身体を拘束された。

 

「見てろよ、お前一人にいい格好はさせられないからな」


 棍を手に、明日駆が動く。

 ザックは察し、連携とばかりにマティスと飛び出した。

 一閃―― 空間を駆け抜け、多数の光球をかいくぐり、棍、短刀、章打の三撃。


「無駄だね」


 ……攻撃は、すべて届かなかった。

 近付こうにも、身は反発する磁石。どうにも届かない。

 そしてそのまま、強い力で勢いよくザック達は吹き飛ばされる。

 宙で受け身を取り、三人同時にネム立つ場所に舞い戻る。


「まったく、君たちは前の戦いで何も学ばなかったのかな?」


 ヤーニの嘲笑は変わらない。


「あ、前のといえば…… あの時みたいに死に逃げなんてさせないよ。君たちがこれから行く場所はクラウドの壺さ。僕にやられてね」


 饒舌な煽りは、マティス達三人に向けてのものか。

 話に身に覚えの無いザックにはまるで通用しなかったが、〝クラウドの壺〟の話には、思わず疑問符を浮かべてしまう。


「あいつはタルパとかいう特殊体らしくてな。で、あいつにやられれば魂はクラウドの壺とやらに行っちまうって話だ」


 明日駆が気を利かせ疑問の答えをもたらした。

 ヤーニがタルパであることはとっくに承知済みではあるが、クラウドの壺に囚われるという話は初耳だった。


(でも妙だな……)


 ザックに新たな疑問が生じる。

 だが、今はヤーニを倒すことが先決。

 気を引き締め、再度戦いに臨む。


「おし! 再戦と行こう……」

「ザック。すまないが少しの間奴の相手をしてくれないか?」


 やる気十分の明日駆を制止し、マティスが言う。

 考えがあるのは明白。

 ならば、応えない理由は無い。

 考えを汲み、ザックは一人ヤーニに向かう。

「まずは一人ずつって事かな」


 ヤーニは自信故が、一歩も動かない。数十もの光球を作り、それだけで戦っていた。

 それ故、スピードでは断然ザックが有利だった。

 そこが付け目。

 あえて距離を取り、光球のみを相手にする。

 迂闊に近付くと攻撃の合図だと見なされ、奇襲しても避けられる可能性がある。そのため、油断が生じやすい遠い間合いでザックは期を伺ったのだ。

 そして、光球の相手だけで精一杯だと演じ、ヤーニにそう思いこませる。


「君の力はこんなものだったかな? いや、今の僕が凄すぎるだけか」


 案の定、ヤーニには大きな慢心と隙が生じていた。

 今が好機。

 ザックは、群をなして飛び交う光球の中にあえて飛びこんだ。


「ん?」


 光球はザックの姿を隠す役割を成したと同時に、ヤーニに対し「倒したか」という錯覚を生じさせる隠れ蓑として機能した。

 今だ、とテレポート。

 ヤーニの背後上空、回り込んだと同時に首元めがけて回し蹴り。

 打ち付けた感触を確かに感じ、吹き飛ぶヤーニを目で確認。

 追撃に、思念波。

 放った一撃は、地を削りながらヤーニの身体をのみ込んだ。

 躊躇(ちゅうちょ)のない、荒らしならば瞬く間に浄化するであろう懇親の一撃である。


「……やっぱり君は並じゃないね。僕を一瞬でも驚かせるなんて」


 どこからか声がした。

 ヤーニの姿は何処にも無い。

 警戒を強め、周囲を見る。

 眼前に、揺らめく蜃気楼。

 光と共に、冷笑が無傷で現れる。


「あいにく、僕は無駄のない完璧な設定で生まれた存在でね。受けた傷は瞬間的に元通りって事さ」


 ヤーニの周囲に、腕ほどの太さのラインタグが作られる。

 地面から生えるように迂曲しながら伸びるそれは、もはやモンスター。

 数は、五〇ほどはありそうか。

 ザックは打ち落とそうと思念波を構える。しかし、先手を取られたのは、ザック。

 背後から現れた別の光鞭が、両手に絡まり、戦意を奪う。

 周囲の光鞭は、フェイントか…… 意外な戦法を見せるヤーニに、妙な悔しさが生じる。


「……無駄のない完璧な存在。それは違いますね」


 極限の状況下、ザックは舌の剣を武器にした。


「あなたに浄化された魂は、皆クラウドの壺に向かうという。それこそ、無駄な設定です」


 タルパとは、自分の望む事を設定し、生命を生み出す能力。

 それは本来、レインボーの持つネメキネシスによって行う能力であるため、それ以外の存在が行えば、一定の〝縛り〟がどうしても発生する。

 オーラを用いて作り上げるわけだが、仮に無尽蔵のオーラを持つものが居ても、レインボー以外の種であったなら、それを活かすことが出来ない。

 つまり〝なんでも設定できる〟では無く、せいぜい三か四、その程度の設定しか行えない。


〝浄化した魂をクラウドの壺に向かわせる〟という高度な設定。

 一見、リリ達が行う〝インディゴの魂の確保〟に貢献する優秀な設定に思えるが、それは無差別に人を襲わないと意味のない事である。

 ヤーニ自身、無差別な殺傷はせず、生みの親のリリもまた、その行いは嫌っていた。


「つまり、矛盾した設定なんですよ。それより効率のいい設定はいくらでもあったはず。それなのに、なんでわざわざ無駄な設定をあなたにしたのか」


 ザックはきっぱり言い放つ。

 ヤーニは、強気な表情を崩さない。が、明らかに余裕は消えていた。


「まだあなたには秘密にされてる事があるんじゃ……」

「君、もういいよ」


 ヤーニが指先を向ける。 そこには、光が集中していた。

 それが、身を貫くほどの強度を持つラインタグであると悟ったザックは、避けるためにテレポート。

 しかし、絡まったヤーニのラインタグの力か、行えない。


 このままでは避ける事は不可能。 

 死は、不可避。


(なにか、方法は……!)


 そして今、ヤーニから殺意の光鞭が放たれた――

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