31―5

 カニールガーデンの最上階。今、そこに居るのは二人だけ。


「よし、じゃあ行くよ。今頃行けばちょうどいいみたいなんだ」


 拳を作り、乗り気のヤーニと、


「いいですか? 無茶はダメですよ」


 どこか浮かない表情のリリである。

 スランプはもう終わったとアピールするヤーニだったが、リリはどうやらまだ腑に落ちないようだ。


「あなたは普段から油断しがちですからね。今回は特に気を引き締めて……」


 心配しがちなのはいつものこと。しかし、今のリリは、いささか過保護。


「大丈夫だって、そんなに心配なら、なおさらすぐに終わらせて証明するよ!」


 胸の辺りで拳を作り、ヤーニは再び強気のアピール。

 握った拳から一本、人差し指を突き出し、 そのまま移動に使うタグを書く。


「ふーん…… じれったいですね、ずいぶんと」 


 訝しむリリの、試すような言。

 ヤーニに「しまった」という焦りが生まれる。同時、リリの鋭い視線と洞察力が突き刺さった。

 いつもはオーラを直接文字に変える〝テンプレート〟の技術でタグを作っていたため、わざわざ指で書いたのは、明らかな違和感になっていたのだ。


「やっぱり、まだ本調子では無いんですね」


 何も反論出来なかった。ヤーニは、肩まで上げていた腕を下げ、そのまま視線も下方に向ける。


「……時間、まだありますか?」


 柔らかい、落ち着いた声色が俯いた頭に入って来る。

 ヤーニは、小さく頷き、頭を上げた。


「わたしも時間は全然ありますし…… そうですね、そろそろ話をしても良いかもしれませんね」


 リリの顔つきは神妙だった。


「わたしたちワンダラーが、どうして争うようになったのか。深く話していきましょう!」


 一転、話す内容とは裏腹に、どこか活き活きとした様子を見せる。

 唖然とするヤーニだったが、リリなりの気遣いだろう事を察する。

 今は黙って話を聞こう…… となれば、椅子に座ってリラックス。


「では、いきますよ」


 リリの昔話が、今、ゆっくりと部屋の中を流れ始めた――

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