31―4
そぼ降る雨が、土に触れる。
森の緑が、ぽつぽつと音を出す。
クシミ一のパワースポット、いが三石。それが鎮座した森の広間には今、自然の力が活きていた。
音はほぼ、風と雨に関わるもののみ。
だが、ここには少ないながらも人は居た。
皆、雨の音より大きい音を出さないのだ。
休息を目的とした者が多いためか、ほぼ眠るように動かない。
「よし、俺たちも決戦に備えて鋭気を養っとこうぜ」
と、雨より大きい音がようやく現れる。
たった今広間に足を踏み入れた、マティス達である。
「ここに来るのは初めてだ…… お、あれだな」
明日駆が陽気を滲ませ、広間の中央を指さす。
そこには太い樹が数本、密集して生えていた。
「あ、聞いてた通り。けっこう凄いかも」
中央に近付いたネムが驚きを口にする。
密集した間の空間には、岩が三つ、三角形状に並んでいた。
周りにある樹木の太い根は、地面を突き出て、岩を押している。
全ての岩が根に押され、押された岩同士がいがみ合うように相撲を取る。
その奇妙な様が〝いが三石〟と呼ばれる由縁である。
明日駆とネムは、備え付けられたベンチに腰を下ろし、休息に入った。
それを遠巻きにし、マティスを広間をくまなく眺めた。
「流石になんか緊張するな。いきなり戦いってことにはならないよな」
隠す気も無い明日駆のコソコソ話がする。
音吏が言うには、世界の敵となりうる相手がもうすぐやって来る。
そのためか、明日駆はいつになく浮ついていた。
マティスは無言のまま、二人が座るいが三石近くに身を移す。
メンタルケアなどいまさら要らないだろうが、念のため、二人の様子を確かめる。
「あみさんの未来予知だと、後一時間後に来るって」
ネムは、明日駆ほど変わった様子は無い。が、いつもの眠そうな顔つきも無い。
鋭い眼光である。やはり思うところはあるらしい。
「マティス、これ」
ネムが、ペーストタグで何かを取り出した。
それは、ここでは危なっかしい、鋭い代物。 装飾が無駄に多い、風変わりな長剣だった。
「これ、前に遺跡で作ったヤツ。切れ味バツグン、見た目もバッチリ」
相当な自信作なのか、自賛するネムは珍しい。
が、マティスは短刀による戦術が得意。
せっかくの品だが、これは別の者が用いるのが良いだろう。
「ネム、お前が使った方が良いだろう。シー・サーペントを切り裂いた時は中々のものだったしな」
素直に褒めつつ、やんわり断る。
「やっぱり」とネムは呟き、ストレージタグで剣をしまい込む。
断られるのは想定内だったのか。それにしてはどこか不満そうな態度だった。
時間がゆっくり過ぎていく。
場に、足音が増えていく。
休息目的のバイオレット達は、全て居なくなる。
恋人同士、旅人、たまたま来た様子の者、新しく来るそれらは皆、クリスタル。
「そろそろ時間だ。彼らを避難させた方が良くないか?」
この人達を巻き込む訳にはいかない、明日駆の意見は最もだった。
が、音吏が言う未来予知の結果では、ここで戦闘になることは無いという。
すぐにリンクタグで場が変わるのか、そもそも争いは起きないのか…… 音吏は詳しくは言わなかったが、いずれにせよ周りの者への心配は無用だという。
「未来予知も絶対じゃ無い。別の未来を見る事だってある」
ネムが、占術師としての意見を言う。
どうやら、明日駆の避難の案に賛成らしい。
「お前たち、ここまで正義感が強いとはな」
マティスは、漲(みなぎ)る二人を頼もしく感じつつも、数一〇年来の付き合いで初めて知った意外な正義感に、少なからず笑いを覚えていた。
「そうだ、アニメのおかげでな。馬鹿にする奴もいるが、俺は素晴らしいメッセージだと思って見てる。立派な表現媒体は、立派な人格を生むってな」
半ば冗談で言ってマティスとは裏腹に、明日駆は真剣な目でそう言った。
「そうか。まぁ、その正義感を利用されないようにしろ」
流石のマティスも、少し気圧される。
「時間。二人とも、用意して」
タグを書く構えを見せつつ、ネムが言う。
人の入りは少ないため、次に来た者が必然的に標的になる。
マティスは身構え、それを待つ。
人影が見えた。
いよいよ、対面の時。
今にも飛び出しそうな明日駆を横目に、マティスは正面を静観。
……来た。
横目にした明日駆の顔色が、次の瞬間みるみる変わる。
「なるほど…… そういうことか」
現れた者の姿に、マティスも思わず声色を変える。
光るレンズ。
古めかしい一眼レフカメラ。
無造作に伸びた、緑がかった黒い髪。
それらは、よく知るものだった。
「ザック…… なのか?」
吃(ども)り気味に明日駆が問う。
ザックの歩が止まった。
そして、明日駆の顔を見るなり、驚きと喜びが混じった表情を見せた。
「明日駆、ネム! それにマティスさんまで。ずいぶん、久しぶりですね」
「ずいぶん久しぶりじゃないか!」
明日駆の姿がフッと消える。
次の瞬間、ザック眼前に迫ったかと思うと、両肩を掴み、嬉々とする。
明日駆とネムは、師弟関係に使い間柄でいた時期がある…… 以前二人から聞いた話をマティスは思い出す。
「明日駆!」
再会の喜びに入り込む、ネムの怒声。
「明日駆。目的を忘れたわけでは無いだろう?」
マティスもネムに乗り、状況を咎めた。
ザックを揺さぶる明日駆の腕が止まる。
そのまま腕をぶらりと下方に下げ、明日駆はやや後方に身を置いた。
「ザック、不躾(ぶしつけ)に質問するが、お前…… ディセンションって知ってるか?」
明日駆にしては、冷静かつ的確な質問だった。
ディセンションは、ワンダラー以外では聞くことの無い言葉。
それを知っていた場合、ザックは何らかの関係者、という事になる。
「逆に聞きますが、あみという人物に心当たりがありますか?」
どこかあっけらかんと、ザックが返す。
対した明日駆は、明らかな動揺を見せる。
これまた見事な対応だ、とマティスは内心、関心した。
ザックはおそらく、明日駆の問いで大体の事情を把握したのだろう。
となれば、次に来る言葉は……
「やはりそうですか。顔を見れば答えは分かります。明日駆、ネム、マティスさん、あなたたちが、進化派に協力してるとは、残念です」
明日駆は茫然としたまま動かない。
そんな体躯は、ネムのラインタグに絡まれ、無理矢理引き付けられる。
「……それはこっちの言葉。話に聞いてた、ディセンションで世界を乱す者がまさかあなただったなんてね」
静かなる、怒声。
発した表情は、反して悲壮。
ザックは変わらず無防備で立ち、明日駆は困惑がちに棍を、ネムは完全に臨戦態勢で指を宙に構えていた。
マティスは、そんな〝いがみ合い〟を無言のまま見つめた――
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