29―3

 霧も晴れた、葉庭の帰路。

 無言が続く、二人の間。


「君を利用する形になってしまって本当にすまない」


 はじめに話かけたのはスイだった。

 どうやら、一人で苦情を言いに行く勇気が無かったため、ザックを利用したらしい。


「嫌気が差したよね? いつもつい熱くなったら止まらなくなるんだ。それで彼女にも愛想尽かされて散々さ」


 スイは落ち込んでいた。

 そのため、丁度今、モヴァを一望出来る絶景の場所にいる事など見えていない様だった。


「ちょっとあそこで休憩しませんか?」


 ザックが示した先には、葉庭に設置されたベンチがあった。

 強風が一声。腰掛ける二人の間を吹き抜ける。


「自分は、アニメについてよく解りませんが、スイさんが言った事はよく解りますよ」


 ザックの目は、自然とスイに向かった。

 他人の創作を真似、結果自分の個性を埋没させる事は確かに良いとは思えなかった。

 だが、ザックはこうも思う。

 他人の影響や憧れから始めた真似事でも、そこから徐々に自分らしさを追求し、個性を開花させる者も居るのでは無いのか、と。

 話す傍ら、手はカメラに向かう。

 内蔵されたデータの中から、ザックは一枚の桜の情景を選び、デジタル画面に映し出した。


「これは…… いい。凄く良いよ!」


 写真を見せるや否や、スイは感嘆の声を出した。

 予想以上の食いつきである。ザックはためらいすら覚え、話を切り出す。


「実はこれ、友人のを真似て撮った、初めての写真なんですよ」


 これは、ザックの原点。

 真似事から始まった、遊び感覚の一枚。

 だが、そこからザックは写真に魅了された。 今ではプロの写真家として活動している。


「スイさんの作った作品が、誰かのきっかけになって、同じようなものが沢山作られる様になった…… まずは、きっかけになれたことを、スイさんは喜んでも良いんじゃないですかね」


 スイは、黙って話を聞いていた。


 葉庭に吹く風は、今だに強い。が、ベンチから立ち上がったスイの表情は、心なしか柔らかくなっていた。


「君の話で思い出したよ。昔、彼女にも同じ事を言われてたって。俺が聞き分けがよかったら、彼女も離れて行かなかっただろうな……」


 スイの恋人も、ザックと同じ写真家だという。

 人の幸せを写す事を心情とし、つい最近、思念写真から一眼レフカメラに切り替えたプロの写真家。

 そう話すスイは、自分の事の様に誇らしげだった。


(人の幸せを…… つい最近一眼レフに……)


 ザックの脳裏に、明確に一人の女性が浮かび上がる。

 カメラを携え、ここモヴァで一緒に一眼レフの訓練をした人物……


「もしかして、そのはハルカって言う名前じゃないですか?」


 途端、スイの驚き声が、風より大きく葉庭を揺らす。

 やはりか、予想が確信に変わった。


(そういえば、モヴァに大切な人が居るって言ってたっけ)


 ザックは、この妙な出会いに感謝し、広い空を仰ぎ見た。

 カメラを手にした両の手が、自然に動く。


 シャッター音は、風の中。

 見下ろすモヴァの街の景は、カメラの中に収まった――







 今、ザックはモヴァの都市内に居た。

 空も見えないほどの、ツタと緑のトンネルが都市の街道を覆い尽くす。いつものモヴァの景だが、先ほどまで見下ろしていた景色の中である、なんとも不思議な感覚を覚える。 


「でもやっぱりこっちの方が落ち着くかな」


 隣を歩くスイもまた、同じような事を考えている様だ。


 結局、あみについては分からず終い。しかし、ザックは焦ってはいなかった。


(……ん?)


 最寄りのチャットルームに着くという所だった。

 数人の旅人らしい者達が、何かを囲むように立ち、話し合っていた。

 囲った中には、巨大な怪鳥。

 迷い込んだ害獣を討伐したのか…… そう思ったザックだったが、なにやら事態は複雑らしい。


「盗人(ぬすっと)だよ。ほんと多いよな」


 盗人は、旅人から所持品を強奪する者達の蔑称である。

 また、今回の様な、使役した獣や鳥類を利用した者は、モンスター盗人とも言われていた。


「最近、モヴァによく現れるとは聞いていましたが、まさかこうして見ることになるとは驚きです」


 すでに解決済みなのは幸いだったが、ザックは不快感を隠せなかった。


「そう言えば、ハルカは今〝クシミ〟に居るんだけど、そこでもなんか盗人が多く出るって話してたな」


 蔑むようにスイが言った。

 それは、独り言に近い、些細な一言。本来ならば聞いた所で数分もすれば忘れるだろうものだったが、それはザックを惹きつけた。


 盗人は、アセンション後のこの世界では、そうそう聞く事は無い廃語と化した者達。

 それこそディセンションや、ミレマでの様な人為的な何かがない限り増えることなど考えられない事だった。

 それがモヴァのみならず、同じような五大都市〝クシミ〟にも多数居ると言う事は……


(彼らはクシミに……)


 進化派の力なら、ミレマの時の様に情報を隠蔽出来るだろう事は、容易に予想が付いた。

 モヴァでの計画はすでに破棄し、クシミを新たな計画の場にしているのではないか…… ザックの次の行き先は、自ずと決定した。


「じゃあ、そろそろこの辺で」


 別れの挨拶を、スイがする。

 色々あったが、得るものは大きかった。

 スイに別れと感謝を告げ、ザックは握手を求める。


「あ、そうだ。良ければさっきの写真貰えます?」


 別れ際、スイが頬を掻いてザックに言った。

 さっき写した写真となると、ホコリナで撮ったモヴァの景か。



「今日の素敵な出会いを忘れないようにと思ってね。あ、これは男にいうセリフじゃなさそうだ」


 笑いながら、スイが調子よく肩を叩いてくる。

 そういうことならば、とザックは快く承諾。

 すぐカメラ内の写真を、現物に変えるべく、チャットルームに向かう。


「あ、ハルカさんと改めて話し合うことをお勧めしますよ。きっと、今のスイさんなら仲直り出来ます」


 スイは笑顔で頷いた。

 小走りで走るザックにも、自然と笑みが溢れていた――

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