29―2

(変だな)


 ザックは今、進化派の計画を止めるため、スパンセを離れモヴァの地を踏んでいた。

 列車を降り、息を大きく深呼吸。

 その時覚えた違和感が、ザックを不安にさせていた。


 クルトから聞いた情報では、進化派は荒らしをここに大勢集めているはず。それならば当然、荒らしの多さから、他の土地とは違う違和感を覚えるのが自然。

 だが、モヴァからはほとんど何も感じることが出来なかった。

 蔦と巨木の根や枝が都市を張り巡る、いつものモヴァの景である。


 既に計画は終わったのか、はたまたクルトの情報ミスか。調査を辞めるべきか、続けるか…… ザックは、思考する。

 結果、クルトの話を信じ、しばらく調査をする事に決めた。

 チャットルームに腰を据え、ここ数週間の内に異変が無かったかをそれとなく聞き込む。

 長い時間を掛け、それは僅かだが確かな実を結んだ。



「そういえば最近、盗人(ぬすっと)まがいの奴らが多くなったな。物騒なもんだよ」


 五大都市に数えられているモヴァは、若年魂の者でも安心して過ごせる地として知られ、大陸一の住みやすさとまで言われている。

 そのような場所に〝盗人〟などという、新世界では廃語と化した者達が増えているという事実は、妙な違和感を覚えさせた。

 そして、気になる情報がもう一つ。


「そういえば最近〝あみ〟がチャネリングしなくなったな」


〝あみ〟とは、モヴァ内全土の情報や吉兆、更に多数占術などのチャネリングをほぼ毎日行っている、都市部では知らない者がいない偉人である。

 多大な情報提供、優れた占術能力でモバンを導く網(あみ)はモヴァのあみと敬愛され、ママンとの愛称でも呼ばれていた。

 当たり前だが、有名人だ。突然姿を見せなくなるのは不自然なほどの。

 しかも居なくなった時が、丁度進化派の計画が始まった時と重なるのでは、疑わないわけにはいかない…… 的は一気に絞られた。

 一旦、お気に入りのコーヒーとりんご飴を注文し、リラックス。

 これまでの情報を整理する傍ら、あみの人物像の聞き込みを始めた。



「モバンの住民にも、あみの姿は解らないよ。チャネリングしても、いつも声しか出さないからね」

「ちょうどミステリアスさ加減はリリに似てるね。彼女もまだ誰も姿を見たことがないし」


 あみについては、それ以外何も情報が出なかった。

 予想異常に掴みにくい相手のようだ。

 長期戦を視野に入れ、プランを練る。


「君、あみに興味があるみたいだね? 僕でよかったら力になるよ」


 突然、声が掛かった。

 伊達メガネをした、若い童顔の男がザックの座席の前に立つ。


「僕はスイ。ここでアマチュアのアニメ作家をしてるんだ」


 スイは、馴れ馴れしい態度で隣に座った。

 そして、モバン名物〝モバコ〟というクッキー状の焼き菓子を注文し、ザックに差し出した。


「お近付きの印ってことで」


 見かけによらず社交的なのか…… 一見した時感じた「内向そう」いう直感は、改める必要がありそうだ。

 ともかく今は、あみの情報を聞く事が先決。 早速スイに聞き込みを開始する。が……


「あ、千年紀カオって知ってます? あれ、僕が作成したやつなんですよ」


 突然の質問だった。

 ザックは呆気にとられるが、半面、それに聞き覚えがあることに気付く。


(確か、サムが話してたな)


 ハッとし、無意識に右手が伸びる。


「思い出しました、俺の知り合いがあなたのアニメのファンでしてね。今度会ったら自慢できますよ」


 そしてザックは、スイの作品について盛り上がった。


 ……


(しまった…… つい話が逸れた)


 話し始めて小一時間。ようやくザックは本来すべきあみの情報収集を思い出した。

 話を逸らしたのはスイだったが、本人に悪気は無いらしい。


「おっと、話がそれましたね。あみ、でしたっけ。彼女に会うには、彼女に近い女性に会った方がいいんです」


 スイも本題を思い出した様だ。

 ここで気になるのは、あみに近い女性。

 スイが言うには、その女性は、モヴァのシンボルツリー〝ホコリナ〟に居るらしい。

 情報に感謝し、ザックは早速準備を始める。 その横で、一緒に行こうと喜々とするスイにどこか不安を覚えながら――







 今、ザックの眼前には、蔦で覆われた巨大な樹があった。

 周囲にあるいくつもの樹の根を一体化させ、天まで届かんと構える巨木。 それこそ、ザック達が向かっていたモヴァのシンボル〝ホコリナ〟だった。


「行きましょう!」


 高揚しているスイの声だ。

 だが、それを小耳するザックの意識は、カメラの中。

 長年旅をしている身。当然、この場所には何度か足を運んでいた。

 が、その事実をもってしても、壮大な巨木の光景には圧倒させられるものがあった。

 樹の全体をなるべく写せるよう、後方に瞬間移動。

 レンズを光らせ、いざ撮影。


「ちょっと待って! 目的はそれじゃないでしょう?」


 スイの呆れ声が届く。

 ザックは「すみません」と一礼するも、写真を一枚、ばっちり収めた。


「それじゃ、いざ突撃!」







「……足元、気をつけてくださいね」


 またも呆れ声が届く。

 が、これまたザックはレンズの中。

 ホコリナに来たことはあっても、ここまで登ったのは初めてだった。

 湧き出る好奇心。これには勝てない。

 周りを覆う緑の景色に、気持ちはすっかりカメラ一色。

 巨大な樹の枝の上、通称〝葉庭(はてい)〟と言われるこの場所は、鳥の巣の様に簡素な小屋がいくつも点在しており、村と間違うほどの面積があった。

 多くの小屋は、チャネリング施設として利用されており、今日もアマチュアのアニメ制作者達が、いつかプロになることを夢見て活動していた。

 そのホコリナの最上部に当たる葉底に、スイが言う、あみと近い人物がいるらしい。


 ホコリナをひたすら登り、そこを目指す。

 霞か雲か、白いモヤが現れ始める。

 登る度に濃くなるモヤを服に纏わせ、数一〇分。無事に最上部へと辿り着いた。

 今、両足で踏んでいるものは、地面では無い。

 葉庭、というだけあり、ここは巨木〝ホコリナ〟の一枚葉の上なのだ。

 風が強く吹いている。音と言えば、ただそれだけ。

 まるで下界とは別世界。旧文明で言う天国も、きっとこんな場所なのだろう…… そんな考えが沸き上がる。


 辺りのモヤも少し晴れ、視界がだいぶハッキリしてきた。

 聞いていた通り、小さな小屋のような建物がいくつもあった。


「僕も初めてきましたよ。ほら、あそこです」


 スイが指さした方に、他の小屋より一回り大きい建物があった。

 足下に気をつけ、前進。

 たどり着き。ドアを小さく一回叩き、中からの音を待つ。

 まずは礼儀正しく挨拶を。そう考えていたザックだったが……


「すみません! ちょっといいですか!」


 お構いなしに扉を叩き、中へ入ろうと意気込むスイ。

 悪気は無いのだろうが、スイの粗雑な面を見、ザックは強い不安に駆られてしまう。


「あ、入って良いですよー」


 部屋の中から声がした。

 女性の、どこかふわっとした呼びかけだ。 ザックは、スイと頷き合い、扉を開けた。


「いらっしゃいませー。お二人様、どういったご用件でしょうか?」


 現れたのは、茶髪を短く整えた、丸顔の可愛らしい女性だった。

 要件を聞きはしたが、まずは部屋に入るようにと労い、優しく迎え入れる。

 壁中が綿のようなもので覆われている室内は、さながら雲の中。

 室内中央。やや奥にある、やはり柔らかそうなソファーに、ザックはスイと腰を下ろす。背後に小さな暖炉もあるため、思いの外心地よい。


「わたくしは、智(とも)というしがない編集者です。承知の上でお越し頂いたのなら、慇懃無礼をお許し下さい」


 智は、モバンで数多く創作されるアマチュアアニメーションのチェック、編集、また、都市中に紹介を行う人物である。

 作品管理は、モヴァにアマチュアアニメが普及し始めた当時から、代々受け継いできた使命らしく、本人はそれを誇りに思っている様だった。

 智の話を聞き、ザックはスイの言っていた〝あみに近い人物〟の意味を改めて理解した。

 智は、モヴァの重鎮。ならば、同じくモヴァに深く関わるあみと、交流があるはずだからだ。


 差し出された、今日で二個目になる焼き菓子モバコを口にし、ザックはあみについて聞こうと構えた。


「智さん! ここに来たのは他でもありません。アニメーションのことなんです!」


 ……先手も打たれた。

 ザックは、口の中のモバコを吐き出しそうになるのをこらえ、スイを見た。

 先ほどまでとは打って変わり、その横顔は真剣そのもの。

 話を割り込まれたザックだったが、その真剣さを組み、止めるのをやめる。


「僕は、千年紀カオの制作者です。僕のアニメがモヴァ以外でも有名になって、評価される様になった時はとても嬉しかった。でもそれ以降、僕の人気にあやかろうとして作ったまがい物みたいな作品ばかりがはびこってるじゃないですか!」


 それは、作品関連の不満らしい。

 世間に受けたからといって、安易に類似した雰囲気の作品を作り出し、人気にあやかろうとする風潮。

 その数が非常に多いことに対する不満。

 さらに、そのような作品ばかりが目立つせいで、本当に素晴らしい作品が日の目を見ていない事の不平等さをスイは訴えていた。


「ですから、智さんからも、あやかるのは控えるよう言ってください!」


 スイは吠えるが、対する智は、変わらぬ笑顔で呑気にお茶を飲んでいた。


「言いたいことは解りました。でもわたくしが皆様に注意した所で、あんまり効果はないと思いますよ。それに、あやかるのだって結構苦労しますし、試行錯誤尾もしてるんじゃないですかねー」


 きっぱりと言い放ち、お茶を飲み干す。

 物腰が柔らかいながらも、どこか威圧的な雰囲気は、モヴァのアマチュアアニメ編集を代々受け継いで来た者が放つ矜持だろうか。


 が、スイにもそれがあるようだ。


「あみさんにも注意してもらえれば、今の状況を変えられるかもしれません! 智さんさなら居る場所、知っていますよね?」


 そう言い、あみと話をしたいと食い下がる。


「実の所、あみ氏はわたくしにもよく解らない人なので。モヴァ歴はわたくしのほうが長いのですが、おかしな話ですよねー」


 スイの熱弁は、暖簾の腕押し。

 が、智の何気ない発言は、空気に徹していたザックを動かした。

 どさくさに紛れ、ザックはあみの居場所について聞き、受け答えを待つ。

 隣で話すスイの声で、質問内容はかき消されそうになるが、何とか智の耳に行き届いた。


「あみ氏は、いつ頃からかフラっと現れて、いつの間にか有名になってました。元々凄い占術の能力があった人でしたからね。才能ですかねー」


 智は、どうやら本当に詳しくは知らない様だった。


「ところであなた様は…… なんて言うお名前なのですか? あなたもあみ氏に用事でも?」


 言われ、そういえば名を名乗っていなかった事にザックは気付く。

 これはしたり、と小さく会釈し、名を告げる。


「ザック、ですか。なるほど…… 素敵なお名前ですねー」


 智がまじまじと見つめ、お世辞を言った。

 適当に相づちを入れ、ザックも「そちらこそ」と笑顔を送る。

 あみの事を知らない以上、もう聞く事は何もない。

 用は無くなった。問題は、スイ。


「ですから、そこを智さんが……」


 会話が、中々終わらない。


 一〇分

 二〇分……


 時折、智が両目をパチパチ繰り返す。

 ……眠いようである。


 このままではいくら何でも迷惑だろう。

 ザックは、スイに帰るよう促した。


「君はちょっと黙っててくれ!」


 当面のスイは、ますます面倒。

 意地でも引き吊り出そうか…… そんな邪心が生まれそうになるが、ザックはこらえカメラを手にする。


「君、それは何の真似かな?」


 カメラを構えたまま静止するザックに、スイの呆れた声が届く。

 意表を突くために取った突拍子もない行動は、スイの感情を見事に抑えた。


「では、失礼しました」


 一言謝り、ザックはしょぼくれたスイを連れ部屋を後にした――

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