28「影纏う」

28―1

 ガーデニングと発掘の都市、グーリ。

 そこは、美しく着飾った庭達が人々の目を惹きつけ魅了する地。

 多くの家は、建物よりも広大な庭を構え、他者に対し華麗さをアピールする。

 だが、中には華やかさとはかけ離れた屋敷も存在する。

 誰も訪れることの無くなった、廃墟の屋敷だ。

 都市の者は「不気味な場所」と蔑み、意図的に遠ざかる、まさに曰くの場。


 そんな屋敷に、一人の男がやってきた。

 頭をむさ苦しく生え揃わせ、無精髭を蓄えたその外見は、廃墟の陰湿さと同化し滑稽さすら感じられる。

 無精ヒゲの男の足取りは軽かった。

 迷いもせずに、長い廊下をひたすら進む。

 視線も変えずにただ歩く。

 と、その足がぴたりと停止した。

 眼前には、大理石の白い壁。

 左右には、再び続く長い廊下が伸びている。 止めていた無精ヒゲの男の足がゆっくり一歩、音を出す。

 右か、左か…… 否。

 選んだ道は〝真っ直ぐ〟だった。

 あるのは当然、壁である。だが、そこに歩は向かう。


「俺です。開けてくれますか?」


 無精ヒゲの男は、誰も居るはずの無い場所に声を上げた。

 ……揺らめきが僅かに起きた。蜃気楼の様な揺らめきが。

 瞬く間。大理石の壁がグニャリと変形し、ちょうど一人分の入り口が現れた。


(よし)


 意気込み、無精ヒゲの男は入り口に向かう。


 中に入り、道を歩けば、聞こえ始める人の声。

 廊下を抜けた先には大きな広間があり、男女が数一〇人、談笑をしていた。


「あなたが来るのは久しぶりだね。それで、

今度は何の用件で?」


 その内の一人が声を掛けてくる。黒い短髪と、細身の骨格が特徴的な男だった。

 周りの者達は、すっかり静まり返っていた。 話しかけてきた男の地位が自ずと見えてくる。


「実は家に帰ることになりましてね。だが、一つ厄介な事が…… そこで以前世話になっった者を貸してほしいんだ。赤毛の、なんていったかな……」


 言いつつ、無精ヒゲの男は辺りをもう一度見渡した。

 ざっと五〇人。部屋には男女が混合するが今し方指名したお目当ての者を見つけられなかった。


「リルアの事か。彼女は今、別の仕事をしていてね。だがもうじき来るはずだ」


 狡猾な笑みで、黒髪の男は返事をした。

 そういうことなら、と、無精ヒゲの男は一礼し、そのまま帰る旨を伝える。


「じゃあ、頼んだぜ」


 再度一礼し、来た道を戻る。

 次第に小さくなっていく談話を背に、無精ヒゲの男は靴音を大きく廊下を歩いた――

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