28―2

「じゃあまたな、そぼろちゃん!」



 客の男に手を振られ、ラーソはチャットルームを後にした。

 一〇件ほどの占術。さすがに体が重い。が、達成感に心は軽い。

 足にも軽やかさを纏わせる。ステップにも似た歩調で、小石の多い土の道を往く。

 空には、たなびく雲の群。気ままに流れ、気ままに消える。

 今日の空は、フォトンエネルギー濃度が地上と随分差があった。そのため、うっすらと雲の影が地に現れていた。

 青い色彩の中に、程よく混ざる白色は、疲れた体を包み込む。


(ザックさんの好きな空だ)


 思うと同時、立ち止まる。

 きっと、隣にザックが居たのなら、さっとカメラを構えるだろう……

 気付けば思念写真を収める自分に、少し恥ずかしくもなり、誇らしくもなる。

 心は今、晴れやかだった。

 以前はザックの身を案じるだけで憂鬱としていたが、今は杞憂より信頼が勝っていた。


(ん?)


 晴れやかさに、陰りが少し現れた。

 

(ルシーさん……?)


 とぼとぼとした足取りの、見たことも無い様子のルシーが反対側から歩いてくる。

 その姿は、憂鬱そのもの。

 占術師の勘が、不穏な空気を感じ取ってしまう。


「あの、どうかしました?」


 声を掛けた直後、ルシーはびくりと肩を動かした。


「ら、ラーソさん!? いえ、あ…… 占術の方はどうでした?」


 一瞬驚いてはいたが、ルシーは平静な面持ちで挨拶を返してくる。

 この、装った態度…… ラーソは確信する。

 何かがあったのだと。

 こうなれば、聞くのみ。

 それとなく、ラーソは異変についてを聞き、見事、すんなりルシーの口を割る事が出来た。

 が……


「テテさんが帰ってきた!?」


 その内容は、すんなりとはいかなそうなものだった。

 

 予定より早く帰ってきた、サムの父、テテ。 帰って来るなり、サムを溺愛したはいいが、問題はその後。

 なんと、これまで看護師として雇われていたルシーを突如やめさせたという。

 理由を聞いても、うまくはぐらかされたとルシーは言う。


「それにもう次の看護師を連れてきてて…… まあ、父親なりに考えがあってのことでしょう。仕方が無いですね」


 ルシーは、諦めているようだった。

 確かに、別の者に任せるという話自体はなんら間違ってはいない。

 しかしそれは、前任の解雇理由が正当であった場合に限る。

 ルシーに落ち度はないはず。それに、解雇理由もはぐらかしたままとなっては納得できない。


「わたし、テテさんに掛け合って来ます!」


 ラーソは勢いに任せ、体を思い切り走らせた。


 疲れを感じないのは、疲労より不安が上回っている為だろうか…… 今はそれすら考えるのが億劫だった――




2020/01/02 18:53


 息を切らし、扉を開ける。

 口を開けて、「初めまして」と火蓋を切る。

「おっと君は…… 初めましてだな。サムの知り合いか何かかな? てことは、俺の事も知ってるのかな?」


 無精ヒゲを生やした男が、挨拶を始めた。

 この男こそ、サムの父、テテ。

 挨拶をしつつ、テテは右手を伸ばし、握手を求めてくる。

 細身の割に引き締まった二の腕に、ラーソは一瞬ハッとする。

 クリスタルの力を生かし、グーリで発掘作業をしている…… 以前ザックから聞いた話を思い出した。

 いかに重労働を強いていたか、その肉体は十分に物語っていた。


「あ、あの、わたし、サム君と、あと、ルシーさんの知り合いで、それで……」


「わたしとは挨拶してくれないのかしら? さみしいわ」


 部屋の奥、眠りに耽るサムの背後付近から声がした。

 現れたのは、ブロンドの髪を肩まで垂らした、顔立ちのよい女性だった。

〝リルア〟と名乗る看護師は、困惑するラーソにはお構いなしに口を開く。

 それによると、リルアこそが以前サムの介護師をしていた人物らしい。


 ラーソは思い出す。

 ルシーによる、サムの看護暦は一年ほど。その前に居た看護師は、サムが一度落命したきっかけの落雷事故をさかいに辞めたという事を。

 落雷の件で責任を感じて辞めたのだろうとザックは言っていたが……


「俺もこういう暮らしだ。ルシー君とはテレパシーでしか会ってはいないが、いい仕事ぶりだったのは解る。彼女が臨時の看護師でよかったよ」


 テテが高笑い混じりで言う。

〝臨時〟という言葉に、ラーソは投げかけようとしていた「なぜルシーを辞めさせたのか」の答えを理解する。 


 ルシーは、はじめからこのリルアの〝つなぎ役〟だったのだ。

 理由はわからないが、リルアは一旦離れる必要があったのだろう。その間の〝つなぎ〟が、ルシー……


「ラーソ君といったか。ルシー君の事で君が何を言いたいのかは解る。その答えを言うには、まず、俺が帰ってきた理由を話さないとな」


 予想外にも、向こうから話を切り出してきた。

 ラーソは一旦落ち着いて、テテの話を聞くことにした。


「リロードの準備が出来たんだよ! だからリルアさんが必要なんだ。彼女はサムの誕生を手伝ってくれた助産師だからね」


 またもや予想外の展開だった。


(リロード!? でもサム君はそれが出来ないはず……)


 リロードは、コラージュという病気を〝産み直し〟に近い状態で完全に消滅させる方法。 それには当人を生んだ両親の生殖磁場が必要なのだが、サムの母親はもう居ない。

 普通に考えれば、リロードは不可能……


「それがそうでも無いんだ! リルアがその方法を見つけてな。今までここを離れていたのは、実際にその方法を自分の目で確かめに色んな場所に出向いてたからなんだよ!」


 テテが鼻息荒くまくし立てる。

 圧倒されそうになるラーソだったが、同時、その話の説得力の高さに気付く。

 確かにリロードは、片親だけでも出来るには出来る。もう一方、誰か多大なオーラを持つ者がいれば。

 そこに、産んだ時に携わった助産師が揃えば、成功の確率がさらに上がる。

 つまりリルアは、全くの非が無くここに居て、ルシーを解雇したテテもまた、サムのことを思えば全く非が無い行動だった。

 これではルシーの顔を立てられない。

 が、ラーソはそれでも食い下がる。


「じゃ、じゃあ、ルシーさんもリロードに携わっては? リロードの成功には少しでもオーラが多い方が……」


「残念だけど、リロードは複数人ですれば良いってもんじゃないの。イメージの揺らぎが起きやすくなるから」


 すかさず来る、最もな反論。

 が、それでもラーソは食い下がる。


「サム君は占術師に興味があります。わたしは占術師です。ですからせめてわたしも一緒のほうが……」


 まはや、駄々である。

 リルアは呆れたような面持ちだったが、すぐに表情を軟化させ、ラーソの前に改めて立った。

 その右手が、ラーソの肩に軽く置かれる。


「ルシーさんもきっと、とても素晴らしい介護士なのでしょうね。今のあなたと、サム君の成長を見れば解ります」


 うんうん、と自分を納得させるように、リルアは優しく語りかけてくる。

 しかし、この時、ラーソはついに感じてしまう。 

 角が立たぬよう言ったのだろうが、リルアから溢れる、どこか嫌みな印象を。そこはかとない不快感を。

 自分があれだけ必死になったのも、これが本当の原因だったのだ、と。


「とにかくだ、リロードはサムを昔から良く知ってる人がいいんだ。たしかにリルアさんの不注意で前にサムは死んだ。だが、それでもだ」


 テテからも、遠まわしの退室命令が飛び出した。

 納得は出来ない。しかし、親の意向には逆らえない。

 萎縮と迷いを浮かべたまま、今だ眠ったままのサムを見据え、ラーソは家を後にした――





 ラーソが今、見つめるものは赤茶色。

 とぼとぼ歩く、土の道。美しく広がる空の青は、今は見れない。

 ザックから託された、サムを見守るという約束。 それを必死に守ろうとしたが、苦労は全て水の泡。

 すっかり骨抜きにされ、自虐だけが残される。

 いっそ、ザックに打ち明けようか?

 思いはしたが、行動には至らない。


 ――ヤーニは、計画を拒むワンダラーにだけ現れます。ラーソさんはこのまま計画の事を考えず、いっそ俺の事も忘れて下さい。


 聞かされた言葉を思い出し、再び地面を覗き見る。


 ザックにはしばらく会わない、いや、もう会えないかもしれないという事実。

 解ってはいたが、追い込まれた今になって、決心が揺らぎそうになる自分に気付く。


(チャットルームに行こうその後は……)


 僅かに伸びた自分の影を憐れみながら、ラーソは力無く歩を進めた――

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