26ー5

 ――蝙蝠が居なくなった。


 その知らせがサムから届いたのは、丁度ラーソが商店に居た時だった。

 蝙蝠を元気付けるため、フォトンボ(体内で高濃度のフォトンエネルギーを生成する虫)から作られた光飴に手を伸ばした時に、不意に入った不穏な知らせ。

 思わず顔がこわばった。


(弱っていたのにどうやって折から……)


 一〇分ほどの帰路、まとまらない思考の中、ひたすら走る。

 着いた時には息が上がり、身体は熱を持っていた。

 家には、事情を聞き写真活動から戻ったザックと、今にも泣き出しそうなサムが居た。

 床に転がる、無惨に破られた檻…… 蝙蝠には予想外の力があったようだ。

 だが、たとえ体力が回復し力を付けていても、完治していない状態での飛行は命に関わる。直ぐに発見する必要があった。


「僕がちょっと眠った時、気付いたら居なくなって……」


 聞いて、ラーソは目を閉じ過去の透視を試みた。

 つとめて冷静に状況を鑑み、蝙蝠の飛び立った方角を確認。

 見えた。

 沼地の方だ。

 水を求めて飛び立ったらしい。与えていた分では乾きは満たせなかったらしい。

 後悔を浮かべ、ラーソは走る。


 見つけた。

 数キロ先の、小さな沼。そのほとりに蝙蝠はいた。

 が…… 

 望んでいた姿では、無かった。

 遅れてきたザックの気配を、背後に感じる

 それが声を発する前に、ラーソは口を開いた。


「お恥ずかしい所を見られちゃいましたね……」


 声の震えが自分でも解った。

 両手に乗せた、冷たくなった蝙蝠を、ザックの前にそっと出す。


「わたくし、本当駄目ですわね。すぐ泣いて、すぐ落ち込んで……」


 ラーソは、そんな自分に嫌悪し一層気持ちを沈ませる。


「私は昔から占術以外取り柄が無くて、その占術だって、ようやく最近自信が付いて……


 滔々(とうとう)と溢れる涙は、蝙蝠の羽をゆっくり濡らす。

 沼の水面が、大きく揺れた。


「間違ってたんです。そぼぼんにあげる水の量が。占術が、間違ってたんです……」


 あの時、占術などでは無く、きちんとした生態を調べるべきだった。そうすれば、コウモリは、そぼぼんは助かったかもしれない……

 慢心していた、とラーソは自分を情けなく見下した。


「ここで泣くだけなら、それこそ失敗になると思いますよ」


 その時、ザックの言葉が風に乗る。


「占術は外れ、依頼も失敗。駄目駄目続きでも、経験までは駄目にはならない。それを生かすのは、ラーソさん、あなたしか居ないんです」


 ラーソは背を向けながら、その話をしっかり耳へと入れた。


 励まし、か。あるいは叱責か。いずれにしても、今のラーソにはそれは救いだった。


 そう。今回は間違いなく失敗だ。

 結果的に死んだコウモリ。その経験を今後に生かす事が、きっと弔いにもなるだろう。


「……お墓、作りますね。手伝ってくれますか?」


 揺れていた水面に静けさが戻る。

 そこに映し出されたラーソの顔に涙はない。 実に、晴れやかなものだった――

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