27「流動」
27―1
カニールガーデン最上フロア。
リリとその仲間専用といえるこの場所に、コーヒーの香りが立ちこめる。
「きゅ、休暇…… いいんですか?」
「あ、ありがとうございます!」
嬉嬉とした声だった。
アニモーションの作成協力者、クロン。その身辺警護を最近になり任されたビンズである。
休暇を喜ぶ二人を前に、クレロワは笑みをもって労いを送る。
「いざとなれば私が用意した護衛の者を送ろう。危険と判断したら忌憚(きたん)なく言ってくれ。クロン君はとかく暴漢が付きまとうからな」
と、忠告を入れた時、ビンズの口元が不敵に動いた。
「大丈夫です。俺一人で一〇人分の働きをしてみせます!」
意気揚々、鼻息荒くビンズが告げる。
それに飽き足らず、これまでの修行の成果を得意げに話し、陽気なさえずりをみせていく。
「もう。騒ぎすぎ」
そんな様子を見かねてか、クロンがやれやれと動き出す。
すっかりおしゃべりな雲雀になったビンズの肩を二、三叩き、少し落ち着いた所で強引にその体を引きずり出す。
「それでは、失礼します」
一度会釈し、クロンはビンズと一緒に部屋を去った。
雲雀が去って、閑古鳥が鳴く静かな室内で、クレロワは、クロンの変化を思う。
以前の内気な性格はどこへやら、ビンズと戯れるクロン姿は、とても明るく活発的だった。
その変化は誰によるものか…… 考えるまでも無く想像が付いた。
クレロワは、ひと呼吸し窓辺に向かう。
遙かな地平線を、独り占め。視線をそのままに、今度は一人、閉めた口をゆっくり動かす。
「……ではそろそろよろしいか?」
窓に僅かに反射した部屋の景。誰も居なかったはずの室内に、ゆらりとたたずむ影があった。
「音吏殿、あなたの〝計画〟を聞かせて頂こう」
視線を音吏本人に移し、クレロワは言葉を続けた。
そもそも、ビンズ達に休暇を与えるよう指示したのは音吏であった。
クレロワはそれに従う形になったわけだが、その真意は今だ知り得て居なかったのだ。
「彼らには反逆者をおびき寄せる、その計画の媒体となってもらう」
迷いの無い返答が来る
いままで若干の戸惑いがあったクレロワだったが、この態度を受け、関心の方が強くなる。
音吏の計画は、実に単純だった。
いつかのリリ生誕日に襲撃を仕掛けた者達をおびき寄せ、一網打尽。そのためにビンズ達をおとりに使うらしい。
「あの時の襲撃者はワンダラーでは無かったが、リリはもとより我々の事も詳しく把握していた。背後にワンダラーが居ることは明白だ。それを叩く」
音吏ははすでに、「ビンズ達は進化派の一員」だという偽の情報を、襲撃者だけが解るように暗号化し世界中にばらまいているという。
後は連中が網に掛かるだけ。
「だが音吏殿…… 知っての通り、クロンには常に蛮人がつきまとう。その輩と襲撃者を見分ける自信はあるのかね?」
クレロワはすぐ反論を加えた。
予想外の展開だったのか、音吏は口を閉ざし、黙り込む。
と、右手が不意に動き出す。
そのまま、思念波を放つ様な仕草で音吏はテーブルの上に掌をかざした。
「これは……!」
何も無かったテーブルの上に、突如小さな石が複数個現れた。
〝ウィドマンシュテッテン構造〟と呼ばれる、特殊な網目模様を持つその石を見み、クレロワは驚きを顔に出す。
「これほどの高品質なギベオン…… 一度に見れるとは驚きだ」
ギベオンとは、パワーストーンの一種でメテオライト(隕石)に属する石である。。
他のパワーストーンより極めて貴重な代物のため、高品質の物は数個として見ることは出来ない。
また、宇宙から伝わりし石のためか、その効力は凄まじく、パワーストーンの王と比喩されるほどである。
「このギベオンは、全てリリを襲った三人の襲撃者が持っていたもの。当のリリから聞いた確かな情報だ。そしてそこが重要なのだ。偶然あの時の襲撃者三人が所持していたとは考えにくい。恐らく組織的に集められたメンバーに支給されたものだろう」
ギベオンに残された力の履歴を調べても、所持していた本人以外に石を使った形跡は無かったという。
が、代わりに〝妙な力〟の働きが内包されていたという。
「それは〝私の力〟によく似たものだ。仮に私と似た者ならば、リリが行う蛮人探査から逃れられるのも納得だ」
「音吏殿と似た力を持つワンダラーが、おそらく蛮人を集めて利用し、我々にあだ名している訳か。予想以上に厄介、か」
クレロワは、ため息交じりに事態を整理した。
ともあれ、計画の成功には、ビンズ達の危険は避けられない。
計画の成功を願うと同時、クレロワはクロン達の安全を保証するよう念を押す。
……その時だった。
入り口を叩く音が強く音がした。
ここを叩く者は数少ない。さらに、叩き方の癖から、クレロワは何者か察しが付いた。
「マティスだろう。音吏殿、ひとまず下がってくれないか? 何かあればわたしから知らせ……」
言い終える前に扉が開いた。
同時、音吏が光と共に消え去った。
「久しぶりだな」
荒々しさを纏い、マティスが現れる。
後ろには、他の二人も控えていた。
「君から来るのも珍しいな。まあ、ゆっくりしていきたまえ」
クレロワは穏やかさを態度に出し出迎えた。 マティスの目は、それに反して荒々しい気を発していた――
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